第51話 星の導き

「状況を報告してください」


 衝撃と炎で崩れた馬車を取り囲み、呆然としている騎士の一人にそう声を掛ける。


「聖、ユ、ユリア様。その……っ」

「陛下のご様子は」

「……お亡くなりになりました」

「……そうですか」


 皇帝の周辺は、爆発を受けた後の動きが鈍かった。その時点で護るべき相手がいなくなってしまったため、動きようがなかったのだろう。


 目を閉じ、黙祷を捧げる。


 立場的にも個人的にも、好ましい人物ではなかった。いずれは自分たちの手で、と考えていた相手でもある。

 それでも、死者に石を投げるような真似をするつもりはない。

 祈りを捧げてから目を開くと、すぐに現実としての指示を出す。


「いつまでも骸を晒しているのは、あまりに無惨です。丁重に、城へとご帰還なされるよう手配を始めてください。後日、慣例に沿って葬儀を行います」

「は……っ。いや、しかし……いえ! 承知いたしました!」


 何も考えずに指示にうなずきかけた騎士は、途中で聖女が皇帝の葬儀――政に分類される部分を決定事項のように話したことに違和感を覚え、ためらった。

 しかしすぐに彼も気が付く。

 皇帝に、皇位継承権を持つ子どもはいない。

 血縁上の子どもはいるのだ。しかし彼は己の子どもたちを、皇族として認めなかった。おそらく、星の血族としての力を持たなかったがために。

 そのため今もなお、皇位継承権は先帝の娘であるユリアにしか存在しないのだ。


「聖女様……っ。まさか、まさか己が帝位に就くために、陛下を見殺しにしたのではありませんか!? 星がそう告げたのではないのですか!」


 集まった騎士たちの中でも一段身形のいい一人の青年がそんな声を上げる。どうやら彼は皇帝の側で上手くやっていた人物らしい。


「今回の件において、わたくしは星から導きを受け取ってはいません。その理由は追って明らかになることでしょう」


 皇帝が優遇していた魔術士たちが、一体どのような研究をしていたか。またかつての政変の折り、なぜ聖女が皇家の危機を見通せなかったか。

 一時保留となっている捜査が進めば、皆が納得する理由が出てくることだろう。


(先代聖女様の汚名も、晴らせそうですね)


 すべてが明らかになれば、多くの者がこう考えるはず。

 星の導きを禁術によって阻害して帝位を奪った簒奪者は、己の行いのために自らを救う術も失った。――ただ、報いを受けただけであると。


 公式に発表はされていなくとも、皇帝が禁術を研究していた魔術士たちを厚遇していた事実は、皇宮内の多くの者の知るところとなっている。

 先の政変の不審点と繋ぎ合わせるのは難しくない。


 目の前の騎士もそうだった。聖女を糾弾する口実など皇帝が自ら投げ捨てていたことにようやく気が付き、顔を青ざめさせる。

 瑕疵が出てこなければ、次の皇帝は自動的にユリアが継ぐ。

 すぐに最高権力者となる相手に言いがかりをつけた失態に、彼はおののいているのだ。


「亡き主への忠節は、騎士として誇るべき在り様でございましょう。願わくばその忠義心は、これより国に対して尽くしてもらいたく思います」

「はッ。か、必ずや!」


 騎士とアネリナのやり取りに聞き耳を立てている者は多かったが、逆に手を止めている者は少なかった。

 布に包まれた皇帝と、特にその近くにいて巻き込まれた者たちの遺体が、ヴィトラウシスの指示によって運ばれていく。


 現場から離れていく一団の中に、クトゥラがこっそり紛れ込んで一緒に立ち去るのを、特別に見咎めた者はおそらくいない。

 すべての指示を出し終えて一段落着いた頃には、パレードの予定時間などすっかり過ぎてしまっていた。もちろん、祭りを続行しようという空気でもない。


 しかし、それと儀式はまったく別だ。


「ユリア、祭壇へ行こう」

「ええ」


 半壊した馬車に戻り、見物人など誰もいなくなった順路を進む。馬の蹄と、その馬に引かれた車輪の音だけを虚しく響かせて、用意された祭壇へと向かう。

 そこはかつて、ステア王国の初代国王が星の導きを受けたとされる聖域。

 帝国領内で最も神聖な場所として、常の立ち入りは禁じられている。


 植物――聖花シャロアの蔓によって覆われた柵の中、白大理石の道へとアネリナ達は足を踏み入れた。

 瞬間、奇妙な感覚が生まれる。

 右手を左手が何かを訴えるように、仄かな熱を持った気がしたのだ。


「――?」


 だがそれは決して、不快なものではなかった。自然にアネリナは己の左右へと首を巡らせる。

 右手側にいたアッシュと、左手側にいたヴィトラウシスと、それぞれ目が合う。

 目が合ったということは、二人もまた、アネリナを見ていたということだ。

 その証であるかのように、アッシュは己の左手を、ヴィトラウシスは右手を、確かめるように持ち上げている。


「……今のは」

「……何だ?」


 確信を持ったヴィトラウシスと、戸惑うアッシュ。


「十八年前、逃げる道筋を私に示した感触と似ていた。私にはっきりと星の導きを受け取る力はない、が……」

「あァ。そういう事な。俺が左手、お前が右手か。いやーー」


 言ってから否定するように緩く首を振り、アッシュはアネリナを見詰める。


「この場合は、姫さんを中心に考えるべきなんだろうな。その右手には、武器となる俺を」

「では左手に持つことになる私は盾か?」

「……初代、ステア皇帝は――」


 向かうべき祭壇、その奥に設えられた皇帝の像へと視線を送り、アネリナは呟く。像が指し示していること、そして学んだ歴史に語られる事実を。


「右手には己の道を切り開くための剣を持ちましたが、左手は救いを求める者の手を取るために、何も持たなかったそうですね」


 その姿勢が、こうして像になって残っている。


「ふうん。ま、俺は構わないぜ」

「元より、私の望む形と差異はない」


 啓示のままに、アッシュとヴィトラウシスはそれぞれの手をアネリナに差し出す。


「……己の歩んだ道の先に現れた、新たな道です」


 幾度も道を変える機会はあった。だがここに繋がる道を選び、進んできたのはアネリナの意思だ。


「いいのですね、ユディアス」


 ヴィトラウシスの名前も、立場も、この決断によって彼は永久に失うことになる。公式に、というだけのことではあるが、充分に覚悟が問われる決断ではある。


「構わない。名前も立場も、表面上の何が変わろうとも、私が私であることは変わらない」


 アネリナを見詰め、はっきりと、迷いなく言い切る。


「この道が私に託されたステア帝国の未来にとって、最善の選択となると信じている」

「努めましょう」


 その覚悟に応じ、アネリナも彼の瞳を見詰めながら、左手を伸ばす。

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