第49話 パレードの開始
「では、わたくしたちは馬車で待機するとしましょうか。――ときに、アッシュとクトゥラ殿はどうしていますか?」
「アッシュはすでに馬車の中に。そのまま護衛として同乗することになる」
「ユリア様の乗る馬車が大丈夫だと断言できるのは、彼のおかげでもありますね」
「……そう、ですか」
アッシュがそこまでしてくれる理由を思い浮かべてしまったとき、アネリナの顔に僅かに朱が差した。
同時に安心もしてしまう。
(わたくしと同乗することを、皇宮の人たちの目にあまり留まらないようにするために、でもあるのでしょうね)
誰よりも信頼しているアッシュが側にいてくれることを、とても心強く思う。だがそのために、彼にはずっと苦労をさせている。
(……わたくしは……)
ヴィトラウシスに手を引かれながら、馬車へと乗り込む。聖女の補佐という名目が大神官である彼には無理なく存在するので、同乗や同行を訝しがられることもない。
「よう、姫さん。おお、普段の恰好も清楚でいいが、正装はより聖女感増すな。綺麗だぞ」
そして同行にさえ存在する壁を強引に乗り越え、何でもないように隣にいてくれるアッシュは、やはりそんな苦労はおくびにも出さず、軽い口調でそう言った。
「ありがとうございます」
言ってから、あまりにも素っ気ない気が自分でもする。
では何を続ければいいのか――と考えると、自分の気持ちさえ定まっていないアネリナには、答えるべき言葉が分からなかった。
(喜びすぎるのは、好意を持ってくれていると知っている相手に返すには、思わせぶりすぎる気がしますし……)
結果、唇を少し震わせただけで、発される言葉はない。
しかし付き合いの長さは、アネリナの葛藤をそのままアッシュに伝えてしまった。多少離れていても、共に過ごしてきた時間もまた、嘘をつかないのだ。
意識しているからこその葛藤に、アッシュは僅かに笑んだだけで、それ以上は求めない。
「儀式には参加してもらわないとなクトゥラだが、そこまでは後ろの馬車で付いてきてもらうことになってる」
「アッシュの在籍年数はどうとでも誤魔化せるから、聖女の護衛として同乗させても問題ない。しかしクトゥラが星神殿に所属したいきさつは、知っている者は知っている。あまり貴女の近くに置くことはできなかったんだ」
「時勢を考えて、ですね」
「そうだ」
半ば敵対が表面化している星神殿と皇帝であるが、まだ完全に決裂したわけではない。その一線を越えるつもりは星神殿にもない。
だからこそ、相手の法に従う姿勢を見せることには意味があった。
(面白くはないでしょうが、クトゥラ殿は飲み込んでくださるでしょう)
アッシュとクトゥラの所在については確認できた。後気になる疑問は一つだけだ。
「昨日感じた殺気は、まだ継続されていますか?」
「残念ながら、されてる。ずっとピリピリしてて、疲れないもんかね」
城内からは動いていない――動けないのかもしれないが、諦めてもいないらしい。
「いや、あちらさんが疲れんのは勝手だ。好きでやってるんだろうし。ただ付き合わされるこっちの身になれってだけだな」
「全くです」
心の底から同意する。
そうして城側の情報を共有させてもらっている間にも時間は過ぎ、外に動きが生まれたのを感じた。
窓から覗いてみれば、護衛を連れた皇帝が庭に現れた所だった。彼はいつも通りどことなく不機嫌な様子のまま、馬車へと乗り込む。
皇帝が乗る馬車に屋根はない。人々に姿を見せ、声に応えるためである。
逆にアネリナが乗っている馬車は、四方がしっかり囲われた物。アネリナの姿をなるべく民に見せたくない皇帝からの指示だったらしいが、安全性を考えれば悪くない。
(けれど、がっかりする方もいるでしょうか?)
例年を知らないアネリナだ。自身で比べて判断することはできないが、リチェルの言を信じるのならば――きっと『聖女』を目的に、わざわざ遠方から足を運んだ人もいるのだろう。
もしパレードの順路の集まった人々の中にいるのだとしたら、彼らに応えられないのは残念に思う。
そっと息をつくアネリナの視界からは皇帝の一群が消え、代わりに従者らしき青年が走って来た。
彼は御者台のエイディールに何事かを告げ、そのまま去っていく。
「出発だそうです」
「分かりました」
アネリナの言葉が終わるか終わらないか、そんなタイミングで広場からファンファーレが鳴り響いた。
人々の耳目を一気に集める管楽器の一節の後は、勇壮な行進曲へと移っていく。
上がる歓声と拍手と音楽の中、馬車がゆっくりと動き出す。
アネリナからは見えようもないが、きっと今頃、皇帝が民衆に向かって手を振り、歓声に応えていることだろう。
「ああ、やっぱり。少しがっかりされていますね」
窓に張り付いて覗くわけにはいかないので、アネリナたちには外の景色がよく分からない。代わりのようにエイディールがそう教えてくれた。
「以前は聖女も姿を見せていたのですよね? だとしたら、期待を裏切ったことでしょう。少々、申し訳ないですね」
四方の壁を取り払い、政変以前の様相に形だけでも戻すことは、強引にやればできたかもしれない。
しかし自分たちにも都合のよい部分があったので、あえて皇帝に従った。
その気持ちがあるからこそ後ろめたくもあり、抱え込んでいた気持ちをつい、アネリナは口にしてしまう。
「十八年も前の話です。皆分かっていますよ。それで憤りが向かうとしたら皇帝にでしょうし、問題ないかと」
「その通りだとは思いますが」
抱かれた感情によって実際に起こる事、以外への関心が薄いエイディールの言は、現在とても正しい。
認める言葉を答えて、アネリナは己の罪悪感にはもう蓋をしてしまう事にした。
「しっかし、それじゃあますます皇帝は不機嫌になりそうだな。側にいる奴の苦労が忍ばれるぜ」
「そちらも否定できませんね」
もし今皇帝の側に控えているのが、望んでそうしているわけではない人であるなら同情する。
「ところで、聖女様。落ち着いて聞いていただきたいのですが」
「はい」
「殺気が濃くなりました。来ますよ」
「え!」
平時と変わらない口調でエイディールが言った直後、窓の外が赤一色に塗り替わった。
同時に響く、爆発音と振動。
アネリナはとっさに身を縮めて目を閉じてしまったが、しばらくして馬車そのものには然程の影響が出ていないことに気付く。
「狙われてるって分かってて、防衛手段取らない奴はいないだろ。まして火だ。俺を抜いて火で姫さんを襲おうなんて、失策もいい所だぜ」
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