第47話 建国祭の朝
「……馬鹿な」
「お疑いであれば、部屋の中をご検分ください。年単位で使い込まれた魔法陣や、道具があります」
星神殿の陰謀だと見ぬ振りをして目を塞ごうとしても、それが叶わない年月という証拠がある。
何より皇帝には、心当たりがあるはずだ。
「……馬鹿な……」
だが余程現実を見たくないのか、小さく呟き、弱くはあるが首を横に振る。
最中、佇むアネリナの姿が視界に入ったのだろう。皇帝ははっと目を見開いた。
「ユリア……!」
その瞬間に瞳に宿ったのは、畏れと羨望、嫉妬だ。
(できれば、気に留めずにいてほしかった……)
ヴィトラウシスの指揮だけで納まるのがアネリナにとっての最善だが、人々の意識に上って尚、他者に丸投げするような姿は見せられない。アネリナの中の聖女像が拒絶する。
ここに来ている以上、ある程度覚悟の上のことでもある。
「陛下、ご判断を」
「判断、だと?」
「捕らわれていた人々を見れば、お分かりいただけるかと。彼らは禁術に手を出していたのです」
あえて、聞かせるように断言をした。あたかも星から答えを与えられているかのように。
アネリナが発した『禁術』の言葉に、周囲に集まった人々が大きくざわめく。ほぼ同時に、助け出された中の数人が、声を上げて泣き崩れた。
近しい誰かを、すでに生贄として奪われてしまったのだろう。
「彼らに帝国法に基づいた処罰を。それとも許されざる領域に足を踏み入れた者共を、まさかお許しになると?」
「そんなことは……そのようなことは、せぬ。だが間違いがあってはならぬ。処遇は精査を終えてからとする」
皇帝は彼らに対して、己が帝位に就くために力を借りたという致命的な弱味がある。そのせいか、この期に及んでも歯切れが悪い。
この場の誰よりも禁術の行使を知っているのは、生贄にされかけた人々だ。小さく、さざめきのように、皇帝への反感の声が上がる。
そちらに皇帝の怒りが向きかけたので、再度アネリナは口を開く。
「結構です。ですが、疑わしき者への対応が正当であることを願います。――ユディアス殿、エイディール殿」
「はッ」
「不運にも犯罪に巻き込まれた方々の保護をお願いします。では、戻りましょう」
「承知いたしました」
ユディアスとエイディールが頭を下げたのにうなずくと、アネリナはそのまま踵を返した。
聖女の退出を悟った人々は誰からともなく動いて左右に割れ、アネリナのための道ができる。
その中心を、アッシュを伴い歩んでいく。
後は振り返らない。どのような結末になるか聖女は知っていなくてはならないし、自信を持っていなくてはならないから。
だが、心配もあまりしていない。
皇帝は集められた人々の姿に驚いていたし、禁術を否定した。ならば被害者でしかない彼らを、どうやって留め置くことができようか。
(精査をするという言い分で、襲撃者たちを庇う時間を作りたいのならばそうすればよい)
結果がどうなろうが、もう明日の建国祭には間に合わない。第三者が関われば、その分だけ安心感も増すというもの。
(とにもかくにも、生贄にされそうになっていた人々の命は助けられたでしょう)
とりあえず、一番重要だった部分は成し遂げた。まずはそれで良しとする。
アネリナが無表情の奥で内心ほっとしていると、後ろでアッシュが非常にピリピリして周囲を窺っている気配がした。
「アッシュ?」
「姫さん、気ィ抜くな。かなり強い殺意の匂いがする」
「……往生際の悪いことですね」
半ば隣に立って囁かれた言葉に、鳥肌を立てつつも強気に応じる。
「ただ――強いくせに曖昧だ。位置さえよく分からねえ。だから、油断するな」
「はい」
悠然と歩かなくてはならない聖女の振る舞いに、これほど焦燥を覚えたことはない。走り抜けられたらどれだけ気が楽か。
だが、その警戒が功を奏したのかどうか。
ともかくアネリナを始めとして星神殿の者、そして救出した市民全員が、何事もなく星神殿まで戻ることができた。
アッシュ曰く、城を出た時点で殺気は遠のいたらしい。
(つまり、追っては来なかったということですね)
皆と別れてリチェルと二人で自室に戻ったアネリナは、その意図について考える。
(……駄目ですね。正体も主義も分からぬ相手です。その考えが分かるはずもない)
手を打てるのは、分かっていることに対してだけだ。
「リチェル。急で申し訳ありませんが、今日は貴女の部屋に泊めてください」
突貫で部屋を強化するより、居所を変えてしまった方が安全に思えた。
「はい。本日はその方がよろしいかと」
アッシュが感じた殺意はエイディールも感じ取っており、星神殿でも共有されている。
禁術の被害者になりかけていた民間人を保護していることもあり、現在、星神殿は厳戒態勢だ。
(よからぬ事を企んでいようとも、警戒が厳重な中で事を起こすのは難しいはず)
そう思ってはいても、不気味な気持ちは消えはしない。
(ともあれまずは、明日ですね)
仕掛けてくるのも、おそらくは。
今年の建国祭は、例年にない賑わいを見せている。
つい昨日、国の中枢で大事件が発覚したばかりではあるが――厳しい緘口令の成果か、城の外には情報が回っていないようだ。
皇帝派が醜聞を嫌がったのは勿論、そうでない者も、祭りの空気に水を差すのはためらったのだろう。両者の思惑が一致したため、命令以上の効果で守られた結果だ。
星神殿はといえば、実に平和な一晩を過ごした。拍子抜けでさえある。
私室に戻って朝食を済ませ、正装に着替え終えた今に至るまで、アネリナの身辺には何も起こっていない。
「……何者かがいつ襲ってくるともしれないというのは、気疲れしますね」
「ええ、まったくです」
護衛として、いっそアネリナよりも気を張っていたかもしれないリチェルは、息をつきつつ同意する。
初めて襲撃を受けたその日から常にそうだったとも言えるが、直接感じ取ってしまった敵意はまた別格だ。
「それだけの強い思いです。捕まって、ただ諦めるとは考え難い。まして、今が最後の機会かもしれませんから」
たとえ皇帝がやらずとも、反対派の派閥が手を組み、確実に禁術使用の全貌を暴き出す。
貴族の中にも不興を買って降格させられた者が少なくないのは、アネリナ達も見てきた事実。そうした者たちは復讐の機を逃しはすまい。あわよくば、自身の復権を狙うはず。
壊滅させられるかはどれだけ巧妙に紛れ込んでいるかにもよるが、確実に大打撃は受け、今後の活動は鈍くなる。
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