第46話 離れた時間

 訊ねようとして、しかしその話題があまりに危険なものであることに気が付き、言葉を切る。

 軽く咳払いをして言葉に詰まったことを誤魔化し、別の内容にすり替えた話を続けた。


「相手の抵抗が激しかった場合は、やはり被害を覚悟するべきでしょうか」

「こっち側は問題ないと思うぜ。戦うことも視野に入れて行動してるんだし」

「ええ。腕の立つ者を選んでおります。皇国軍が相手でも、同数ならば引けは取りません。保証します」


 元皇国軍の将校であったエイディールが、はっきりと請け負った。

 間違いなく気がかりの一つではあったので、その答えにほっとする。


 しかしアネリナを安堵させる言葉を言った後、エイディールは思案しつつ顎を撫でる。


「ただ、捕まっているだろう生贄の皆の方が心配ですね。彼らは民間人なので、行動の予測がしにくい。上手く誘導できればよいのですが」

「手引きをする者も、保護する者も用意はしたのですよね?」


 踏み込んだ瞬間に生贄として使われては、目も当てられない。

 霧に変じたクトゥラが内側に入り込み、捕らえられている人々を解放する手筈となっているが、上手くいくまでは安心できない。


「ですがどちらにしろ、行動しなければ彼らの命はおそらく明日まで。それを考えれば、一人でも助けられれば上々なのでは」


 エイディール自身の性質なのか、軍人として生きてきた弊害なのか。人命すらも完璧に『数』として処理をする物言いに、アネリナは抵抗を感じる。


「理屈は間違っていないと思いますが、それはあまりに命を、そして一人の命に連なる想いを軽んじた物言いです。最悪よりはマシだった、では、人の心は納得してはくれません」

「つまり?」

「全員救出することのみが成功だと考えてください」


 それを自身で成し遂げる力のないアネリナが口にするには、やや後ろめたい言葉だった。

 それでも号令をかける者として、最高の結果を求める言葉を口にしなくてはならない。


「確かに拝命しました。全力を尽くしましょう」

「頼みます」


 そんな心境はおくびにも出さず、エイディールに静かにうなずいて返す。


「姫さんのそーゆーところ、俺は好きだぜ」

「は、はい?」


 横から唐突に告げられた行為に、アネリナはうろたえた声を上げ、アッシュを振り向く。


「自分に叶わないことを人に要求する申し訳なさとか。それでも立場上命令として、堂々と言わなきゃいけないこととか。そーゆーのの心の在り様が、俺好みだ。真面目で可愛い」

「……アッシュ、一つ、忠告です」


 こちらの心境を読み、さらにその上で肯定の言葉を紡ぐ――

 それ自体は、嬉しい。しかし困る。ついでに気恥ずかしい。


「隠そうと頑張っている物事に対しては、気づかぬ振りをする優しさというものもあります」

「姫さんが嫌がりそうな時は気ィ付けるよ」

(くっ……)


 見透かされた気恥ずかしさはあったが、確かにアネリナは言い当てられたことそのものが嫌だったわけではない。ほっとした部分さえある。

 ――そういう心の内を、丸ごと分かってやられているのが、尚悔しいし恥ずかしい。


「……でも、まあ、そっか。恥ずかしい方が大きいか」

「?」


 少し寂しげに、しかしそんな自分の感情に困った様子で、アッシュは苦笑いをする。

 首を傾げ、数秒考えてからアネリナも気付いた。


(もし。星告の塔にいた時のわたくしなら。もしくは星神殿に来たばかりのわたくしなら)


 きっと理解をしてくれたアッシュに対して抱くのは、安心感の方が強かっただろう。

 たかが一月。されど一月。

 重ねた経験が、少しずつ人を変えていく。


「悪かった。こんだけ離れてりゃあ、ま、意識にもズレが出てくるか」

「……アッシュ」

(違う)


 謝られたくなどなかった。けれどアッシュを謝らせたのは他でもないアネリナだ。

 生まれた感覚のズレ――溝とも言い換えられるそれの存在を自覚して、胸の内に寒風が通り抜けた気がした。


(わたくし。わたくしは――……)

「ま、悪いことばかりじゃない。その方が姫さんにも意識されやすくなるだろうしな」


 軽い口調で話を締めくくったアッシュに、アネリナは答えを返せなかった。

 それでよしと、同意する気持ちが持てなかったから。




 アネリナ達を乗せた馬車が皇宮に到着したときには、すでに場は騒然とした雰囲気に支配されていた。


「ユリア様、こちらへ」

「ええ」


 皇宮内部をよく知っているエイディールは、地図で見ただけの場所へ向かうのにも、足取りに迷いがない。

 目的地が近付くにつれ人が増えてきたが、アネリナに気付くとはっとした顔をして、全員が道を空けた。

 勿論顔ではなく、着ている神官服での判断だろう。加えて、エイディールの存在も力になってくれていると思われる。


「――これは一体、何の真似だ!」


 中心を遠巻きにしている人垣を抜けると、ぽっかりと空間が出来上がっていた。

 そこにいるのはヴィトラウシスと彼の護衛の神官兵たち、そして皇帝と近衛騎士たちだ。

 少し離れた所に、縄で打たれた魔術士らしき恰好の集団が座り込んでいる。


「陛下。貴方はここで彼らが行っていた研究内容と、その実践をご存知か」

「当然だろう。どの研究にいくらの予算を割くか、知らない王がどこにいる」


 ヴィトラウシスの言葉に、皇帝は苛立ちながらも真っ当に答えを返した。心持ち、ユリアに対してよりも対応が柔らかい。

 と言っても、『大神官ユディアス』も甥であると同時に彼の母親を殺した敵の身。その自覚がきちんと皇帝にもあると見えて、血族としての温かみは皆無である。

 それでもユリアよりもマシなのは、ユディアスに星の血族として目立った力がない――自分の劣等感を刺激しない相手だからだろう。


「では、こちらも?」

「?」


 ヴィトラウシスが目配せをすると、部屋の手前にいた神官兵が手招きをする。それから、待つこと数秒。

 周囲を神官兵によって護られながら、ぞろぞろと人々が進み出てくる。


「!?」


 さすがに予想だにしていなかったか、皇帝はぎょっとして僅かに仰け反る。

 居並ぶ顔ぶれは老若男女関わりなく、身に着けている服もほとんど同じ。簡素なシャツとズボンだけである。

 その恰好は、貴族の職場である皇宮内では、まず目にしないものだった。


「な、何だこいつらは。なぜ平民が城の中にいる」

「無論、連れ去られてきたからです。彼らに」


 ヴィトラウシスが示した手の先を追って、皇帝は半身を捻る。そこにいるのは、彼もよく知るだろう魔術士たち。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る