第39話 もしも帝冠を取り戻せたら
「ですがきっと、成し遂げてくれるでしょう」
他でもない。己の意思のために。
「そう思う。……やはり、星の導きに間違いはないのだろうな」
「異論はありません。しかし、なぜしみじみと?」
星の導きがどれ程正しいかは歴史が証明している。だが同時にそれだけとも言える。
「貴女を私の元に招いてくれたからだ」
「間違いはないのでしょうが、正しく確実に、星の導きとも言い切れないのでは。あのとき身代わりを召喚しようと思ったのは、貴方の意思でしょう?」
星が身代わりを用立てろと告げたわけではない。いや、告げていたかもしれないが、それを聞き取れた者はいない。
「ああ。そして最近、思うことがある。もし私がもっと早く、あるいはもっと遅く、召喚の魔法を行使していたらどうだっただろうか、と」
「そうですね……。状況によっては、違う誰かが選ばれていた可能性は充分にあるかと」
そしてアネリナは、塔の中で開放を待っているだけでよかったかもしれない。
「ですがそれは、永遠に分からないことですね」
「選んだ今しか生きられないからな」
「はい。……後悔していますか? それとも」
ここでもしもの可能性に思いを馳せるとしたら、理由は二つのうちどちらかでしかない。
アネリナの問いの続きを、ヴィトラウシスは柔らかく微笑して否定した。
「最善であったと思っている。少なくとも、私にとっては」
「光栄ですが、まだ何も成し遂げていませんよ?」
「そんなことはないだろう。貴方のおかげで星神殿は――私は、動き出すことができた」
アネリナが勝手に行動したいくつかが、事態を動かしたのは間違いない。
「けれど星の導きに沿っているかは不明です。この先、動いたことを後悔するかもしれない」
勿論、そのような事態に陥らないよう、全力は尽くす。
だが先に待っているのが成功だとは言い切れない。
「構わない。なぜなら今、私はとても清々しい気分だからだ」
「……は、はあ」
「どう足掻いたとて私に星の導きなど受け取れようもないのだから、貴女の言うようにさっさと動き出せば良かったのだ。星が私を残したのだと信じるのなら、尚更」
「信じていなかったと?」
「いいや。私は間違いなく、星の導きによって救われた。なのに、私は私が成し得る事を信じなかった」
混乱の中、何を成せると告げられたわけでもない。ただ生き延びただけ。
「勿論、今でも分からないし自信はない。もしかすれば息を潜めて、次代に血を繋ぐだけが私の役割かもしれないのだから」
血を継ぐ者がすでにヴィトラウシス一人だけである以上、ないとは言えない可能性だ。
「星には感謝している。だが聞こえないものを待っていても仕方がない。そのことをようやく、思い切れた。貴女のおかげだ」
背中を押した――よりももう少し強く、叩いて前に押し出した自覚がアネリナにもある。
「どのような結末になろうと、後悔はしない。これは私が選んだ意思なのだから」
「では、どのような結末になろうと、わたくしは最後まで付き合いましょう。共に責任を負うと言いましたし」
「共に喜んでくれる、とも言っていたな」
「そうでした。そちらの方が良いですね」
つい悲観的な方を口にしてしまうのは、これまでの人生経験から、自分を護るための防衛本能が働くせいだろう。
(変わっていかなくては、ですね)
聖女が常に悲観的では、士気も下がろうというものだ。
それに何より、明るい希望を口にする人の方が好ましいとアネリナ自身が思っている。
どうせなら、自分が好ましいと思う人柄に自分を近付けたい。
始めは意識して言葉を選ぶ必要があるだろう。だがそうしているうちに、いつか身に馴染んでくる。
身に馴染ませるのは、人を少しだけ幸せにできる、楽しい言葉を口にできる姿でありたいから。
「……もしも。帝冠を奪い返せたその時は――……」
遠い『もし』だ。しかしその地点に辿り着けたときのことを想像するのは悪くない。
願いや望みは、人に進む力を与えてくれる。
だからアネリナはヴィトラウシスが思い描く『その時』の可能性が口にされるのを、黙って促す。
「……いや。何でもない」
「言いかけることができたのです。言ってしまえばどうですか」
結局途中で先を飲み込んでしまったヴィトラウシスに、アネリナはやや不満気な調子で言う。
内容が気になったのもあるが、何より、そうしてヴィトラウシスが己の望みを未だ飲み込んでしまう事が不服だった。
「気が早すぎだ。今はいい」
「ただの希望でしょう? 口にするぐらいは構わないではないですか」
「……」
再度アネリナに問い詰められ、ヴィトラウシスは気まずげに視線を逸らしつつ――
「……では、言うが。貴女は帝冠を被るつもりはあるか?」
「はッ!?」
とんでもないことを言って来た。
愕然とした声を上げ、アネリナは硬直する。
「民にとって、先帝の血を引く聖女ユリアは貴女なのだ。だからもし帝冠を取り戻した暁には、貴女がそのまま帝位と聖女を兼任するのが一番混乱がないかと。勿論、実務においては私も補佐するつもりだ」
「そんな無茶苦茶な! 貴方が生きていたと公表すればよいだけではないですか!?」
「聖女の功績にあやかって帝位に就いた皇帝が、臣民を従えられると思うか?」
うろたえるアネリナとは正反対に、投げかけられた疑問に淡々とヴィトラウシスは答える。用意されていた答えが返ってくるが如くだ。
「こ、功績、ですか?」
「そうだ。機が許せば名乗り出るのに否はない。だが現状で私が生存を公けにすれば、皇帝は間違いなく私を殺しに来る」
一部の――ステア王国の人間、しかもその中でも更に思想が偏った者たちからしか支持されていないことは、皇帝も感じ取っているだろう。
ヴィトラウシスが名乗りを上げれば、人心が向かうのは確実だ。
だがそれが形となり力となるのを待つほど、皇帝も優柔不断ではないだろう。もしかすればもっと早く、別の相手が動き出すかもしれない。
そう、聖女を殺したがっているのと同じ輩が。
「貴方の生存を公にする機、ですか……」
確かに、難しい問題だ。
「何もできなかった皇子など、今更いない方が具合よく治まるのではないか?」
「貴方はそれでよいのですか。そもそも、それでは星の血筋が残りませんよ? 貴方の子を密かに養子として迎える、という手段はありますが、必要のない歪みを生み出すのは抵抗があります」
己で道を選んだ大人は、自分で責任を持つべきだ。だが生まれる場所を選べない子どもの人生を、親の都合で歪ませるのは反対だった。
「……だからその時は、私を婿に迎えてもらう必要がある」
「はぅい!?」
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