第38話 狂言と、混ざった事実
「ですが、星神殿が旅人把握するのは難しいですよね?」
「はい。完全に管轄外です」
星神殿は星の導きを受けて、国家の大事となるような大きな転機の際に道を示すのが役割だ。個々人の事件は、国の軍が対応する。
「組合を通じて、宿に注意を促すことは可能かと思いますが……」
「できても、あまり上手い手ではありませんね」
星神殿が生贄探しを警戒していると、襲撃者たちに喧伝するようなものだ。
先方に警戒されれば探り難くなるし、実際に動いているクトゥラが一番危うくなる。
「……別件を仕立ててみる、というのはどうでしょう」
「別件とは?」
「星神殿が関わって、旅人への警戒を要請してもおかしくない事件を捏造するのです」
「言い方がもの凄く不穏ですね」
「他に言い様がないので仕方ありません。とりあえず、耳を貸してください。――こんな手段であればいかがでしょう」
ただでさえ他に人のいない、しかも至近距離での会話。
そこからさらに密やかに、互いの顔を近付けて囁きを交わす。
――その日の夜、星神殿に賊が侵入した。
翌日の午前中。聖女の部屋にはリチェルの姿はなく、代わりにヴィトラウシスが訪れていた。
今頃リチェルは商業組合を訪れて、話をしているはずである。
「話を受け入れてくれるとよいのですが」
「あれでリチェルは話巧みだ。きっと上手くいく」
「ええ。そうですね、きっと」
リチェルは、必要があれば嘘を平然として突き通せる人だ。
以前から聖女の世話をしていたリチェルの態度が変わらないおかげで、姿が見えなかったアネリナを聖女ではないと疑う者はいないし、ラーミ山林に出かけて不在だったと知る者もいない。
おそらく今も、誠実な顔で、声で、協力を訴えているところだろう。
「彼女は、己の正義に忠実ですね」
この半月、星神殿の中で最も多い時間を過ごした相手に対するアネリナの感想が、それだった。
「そうだな。精霊族には己の道を迷わない傾向があると私も思う」
「羨ましがっているように聞こえますね」
「耳聡いな。……少しだけだ」
ばつが悪そうに、しかし素直にヴィトラウシスは認めた。
これもアネリナに心の内に仕舞っていた『相応しくない思い』を騙ることができたゆえの変化だろう。
「わたくしも、少しだけ羨ましい。けれど迷って悩むことのできる人族の資質も好きなので、少しだけです」
迷う、悩むということは、可能性を広げる機会を得ているということでもある。
迷わないことも迷えることも、どちらも強さだ。
「迷える資質、か」
「初めに思い付いた案よりも、悩んで考えて後に出した案の方が優れていることは、よくありますからね」
そして直感的に出した初めの答えが優れている場合もある。
「要は、確定的に優れたものなどない、ということか」
「どのような物事にも、善い面と悪い面がある。それだけのことですね」
(己にとっての最善はある。けれどきっと、正解はない)
立場が変われば、求めるものも変わってくるのだから。
「上手く犯人が捕まればいいんだが」
「ええ、本当に」
昨日、星神殿に侵入した賊は――実際のところ、存在しない。完全な狂言だ。
リチェルは今、星神殿に侵入した賊が外から入ってきた旅人である可能性を訴え、怪しい者がいないか注意するよう要請しに行っている。
特に、建国祭の前に姿が見えなくなった客がいたら教えてほしい、と。
星神殿に賊の侵入を許したことがすでに汚点。さらに建国祭を控えている状況。騒ぎにはしたくないため、内密に――とも頼んである。
こちらは徹底されることを期待してではない。だが話が出回るのを多少遅らせるだけの効果はあるだろうし、それで宮廷の耳に入る時間が少しでも延びれば上々。
口止めすることで、信憑性も出るだろう。
そして秘密の話となれば、おおっぴらに話す者は多くあるまい。建国祭の雰囲気を壊すこともないはず。
「ですがわたくし、心配はしておりません。相手はきっと動くと思います」
「送った襲撃者が帰って来なかったからな」
「はい」
帝国の――大陸の大地を安んじるために、星の血族が『本当に』儀式を行わなくてはならない十年の節目。
今まで音沙汰のなかった聖女が姿を見せ、魔族の少年を救い、災害を予見して人々を護った。そして、確かめるために送った人員は帰って来ない。
きっと、考えただろう。
聖女は星の導きを受け取っていて、だから襲撃が予見されたのではないか、と。
「闇の帳とやらの効力に、不安を感じたかもしれません。聖女が死んだと侮っていたのなら、禁術を当時のまま維持していたとも考えにくい」
犯行は、重ねれば重ねるだけ証拠を残す。禁術が帝国法で禁止となっている以上、明るみに出るのは避けたいはずだ。
「それならば、次の襲撃の前に万全を整えようとするな」
聖女が星から導きを受け取れないようにしてから、実行する。
「そしてそのための生贄を調達するのに、旅人は都合が良い――。と、考えた次第です」
「理に適っていると思う。業腹ではあるが」
「はい」
人の命を何だと思っているのか――と、問いただす必要もない。何とも思っていない輩しか、やるはずのない行いだ。
「聖女を害そうとしているのは、何者なのだろうな」
「リチェルは宮廷内の協力者に情報収集を頼んでみる、と言っていましたが。進捗は聞いていませんか?」
「進展なし、という報告は受けている」
「……仕方ありませんか」
相手はかなり昔から帝国内部に食い込んでいたと思われる。人族ぐらいの寿命の持ち主からすれば、とうの昔に国に溶け込み切ってしまっている、という感覚だ。
それを踏まえても、相当の執念を感じる。
(つまり一代二代の話ではない。それだけ代を隔てても、彼らの決意は揺らいでいないと見受けられる)
ならばおそらく、星の血族を打ち滅ぼすまで諦めない。
理由は不明だ。だがヴィトラウシスの代で起こったこの争いは、滅ぼすか滅ぼされるか、そういう類のものなのだろう。
「今のところ、一番期待できるのがクトゥラだ。彼には苦労を掛ける」
「ですがきっと、成し遂げてくれるでしょう」
他でもない。己の意思のために。
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