第9話
婚約期間は一年とした。
離宮を出ることは少ないが、全くないわけではないためカルサイト王国の行儀を習い、アウインが管理する領地のことを学び、有力者の元へアウインと共に挨拶にも行った。
国王へはアウインの後ろ盾となっているマラカイト公爵家の計らいで―ということで報告した。
スピネル妃はひどく動揺していたが、国王が戸惑いながらも応と言えば異は唱えられない。
「そうか…あれが…。」
スペサルディンが独り言ちた。
「何がだ?」
魔道士が奴隷を買ったことは聞かされていたが、高貴な身である側妃とその子らの元に連れてくるわけもなく、顔を合わせることはなかった。
「何でもない。」
耳聡く聞きつけたビリディンににべもなく告げ、自室へ戻る。
スペサルディンは第2王子で、じきにこの国を出てアゲート国の一粒種の王女の元へ行くため、亡国の貴族が第3王子の手に渡っても特に不利益にはならないことから、母にも兄にも伝えてなかった。
第3王子が憎いわけでもなく、自分を脅かす存在でもないので干渉しない考えだ。
将来的には排除の対象になるのかもしれないし、協力者となるかもしれないが、どちらにせよ切り札を持っておくのも悪くない。
「あの女の魔術は兄上を脅かす存在になるかもしれないけれど。」
兄が焼いた目は、跡形もなく癒されていた。
第3王子はその辺を言及しなかったため、母と兄は第3王子が新たな魔術を編み出したと考えたかもしれない。
残りの余生は報復に怯えて過ごすのだろうか。
「はぁ…凄いですねぇ。」
「お2人とも素敵ですねぇ。」
コーラルに同調する新しい侍女たち。
客分であった時は1人の侍女をつけられていたが、第3王子に娶られるということで、ルチルを含め3人の侍女がつくことになった。
アウインの希望で変わらず菓子は作っているが、茶器や菓子をサロンに運ぶのは今や侍女の仕事となっている。
今、侍女たちと見ているのは、中庭で繰り広げられている、ジェイドとアウインの剣戟だ。
「殿下は大魔術師なのに、剣も振るうんですね。」
目が見えていた10歳頃までは王宮で指南を受けていたというアウインの剣筋は美しいが、怪我を負った7年の間に鈍ってしまったので、今鍛えなおしているのだ。
「きっと姫様に男らしいところをお見せになりたいのですよ。」
「今後は領地訪問なので2人は出掛けることもありますから、コーラル様をお守りしたいのですわ。」
出窓の内側から訓練の様子を見守りつつ、会話に花を咲かせる侍女たち。
「そうなのですかね…。」
コーラルのことを事ある毎に抱き寄せ、甘く囁くアウインは誰よりも雄…男らしいと思うコーラル。
「さぁコーラル様。お衣装合わせをしましょうね。殿下が発注されていた首飾りが届きましたよ。」
ルチルに促され、コーラルは2階の自室に引き上げた。
「昼間の剣技、見事でしたね。」
「見ていてくれたのか、コーラル。」
アウインは膝に乗せたコーラルの髪に顔を埋めた。
「…甘い菓子の匂いがする。」
「今日焼いたドロンマルの香りでしょうか。」
「あれはドロンマルと言うのか。素朴な感じで美味しかった。」
コーラルは花が綻ぶように微笑んだ。
「お口に合って良かったです。」
「使用人達にも振る舞ったのだな。喜んでいたぞ。」
クッキータイプの菓子で作りやすいために多く作り、侍女や家令たちにも配ったのだ。
屋敷を守る女主人は使用人を掌握しておくことが望ましいので、アウインは悪くない行為だと思っている。
「近いうちに冬に備えてジャムをたくさん作っておきたいですね。」
冬場にはジャムを使ったお菓子を作ろう―と考えていたコーラルの耳朶にアウインの唇が触れる。
「こちらも味見したいな。」
甘噛みするように囁く。
「あっ明後日には婚礼じゃないですか…っ。」
「2日後なら今少し味見しても問題ないだろう?」
「殿下が”少し”で止めるとは思いません。」
「…それもそうだな。」
コーラルの服の上を這い回る手を止める。
アウインはふっと、ひどく真面目な顔をしてコーラルを見つめる。
「後悔はないか?」
コーラルの頭を撫でつける。
「後悔するほど昔を憶えていませんし、殿下は私に本来の名前と居場所を下さいました。」
腰を抱くアウインの手に自分の手を重ねる。
「殿下のお傍におります。」
「立場上、私情より鉄の意志を求められる。それでもいてくれるか。」
「はい。」
アウインはコーラルを横抱きにし、優しく唇を重ねた。
2人の魔力が繋がり、互いの魔力が相手を包み込む。
どんな言葉よりも雄弁に語る、相手を大切に思う力だった。
離宮の王子、間諜を拾う 招杜羅147 @lschess
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