6
アリシアは第二段階の練習に入っていたが、俺はその日のうちに魔力を出すことはできなかった。
とぼとぼと宿へ戻り、再び魔力を感じ取る訓練を始める。
そして徐々に、身体の中にある魔力を感じ取ることができるようになってきた。
魔力が留まっているのは、丹田だけではなかった。
それより量は少なくとも、魔力が滞留するポイントがいくつかあったのだ。
両腕と両足、それと眉間のあたりに魔力が溜まる場所(俺はこれを、魔力スポットと命名することにした)があることを発見できた。
まずはこれらをしっかりと認識する。
そして次に、これら五つの場所に溜まる魔力の量を、丹田ほどまで増やせないかと考えた。 魔力スポットから別の魔力スポットへ、その魔力を移すことならできるんじゃないかと思ったからだ。
するとこれは、実にあっけなく成功する。
どうやら魔力スポット間で魔力の融通をさせることは問題ないみたいだ。
それなら、魔力スポットから非魔力スポットへはどうか。
これは何度やってもできなかった。
どうやら魔力はその性質上、いっぱいあるところには動かしやすく、そうでないところには動かしづらいらしい。
ここでまた、アプローチを変えてみることにした。
――非魔力スポットを魔力スポットに変えてみる試みをしてみたのだ。
魔力を堰き止めるイメージを強くすることで、擬似的な魔力スポットを作り出す。
この試みも、最初は上手くいかなかった。
ただ今までとは違い、何度か繰り返すと少しずつ留められる魔力の量が増えてきた。
次の日、ギルドに行って魔法の講義は受けずに、この感覚を磨いていくことにした。
すると次の朝日が昇る前に、無事に擬似魔力スポットが作れるようになった。
ここまで来れば、後は簡単だ。
まずは指先に擬似魔力スポットを作り、そこから魔力を放出させようとしてみる。
けれどこれは上手くいかなかった。
どうやら放出ができるようになるためには、まだ魔力量が足りないようだった。
けれど問題はない。
右腕と左腕の魔力スポットから、魔力をかき集めて指先の擬似魔力スポットに集中。
それでも足りなかったので、丹田に両足、眉間と俺の魔力が溜まる場所全てからありったけの魔力を指先に集める。
すると先ほどまでとは違う感覚。
「あ……熱っ!?」
間違って指先を熱湯につけてしまったかのような尋常じゃない熱さ。
俺はつい反射的に、指先をバッと動かしてしまう。
弧を描いて上へ向かっていく人差し指。
そこから靄が――魔力が出ているのを、俺の目がたしかに捉えた。
よし、これで――第一段階、クリアだ!
第一段階をクリアできたのが嬉しくて、そのまま冒険者ギルドへ向かう。
ヴェネッティ先生もまだ帰ってはおらず、アリシアにマンツーマンでレッスンをしているところだった。
どうやらアリシアの方は、第三段階まで進んでいるようだ。
魔力の属性変換も終わり、あとは最後の魔法の創成というところまで辿り着いているらしい。
くっ、すぐにできちゃう天才が憎いぜ。
俺も負けないけどさ。
形而上の地団駄を踏みながら感覚を忘れないように魔力の放出をしていると、どうやらアリシアの方が休憩時間になったらしい。
はぁはぁと若干息を荒くしているアリシアからは、女の子特有の甘い匂いがした。
汗を掻いているのに、どうして良い匂いがするんだろう。
汗って掻いたら臭くなるんじゃないのか。
中途半端な俺の文系脳では、異世界の女の子の神秘は解き明かせそうになかった。
「あ、ハジメさん。おはようございます」
「おうおはよ、アリシアの方は順調そうだな」
アリシアは最後の魔法の創成を始めている。
魔法の発動に王手がかかっているアリシアを見ると悔しいという気持ちが湧いてきたが、他人の才能を羨んでも仕方がない。
俺はコツコツと第二段階へ進むことにしよう。
「第二段階は魔力の属性変換です。身体から取り出したまっさらな魔力を、魔法の行使に必要な属性魔力へ変換させるプロセスですわ。ではその前に、そもそもの魔法の属性について説明をさせていただきましょう――」
この世界の魔法の属性は6つ。
火・水・風・土・光・闇だ。
回復魔法は光属性のみってわけじゃなく、全属性に存在している。
火魔法ならファイアヒール、風魔法ならウィンドヒールってな具合にね。
この属性分類は魔物にも適用させることができる。
魔素を大量に取り込んで生まれた魔物の中には、人間と異なり魔物それ自体が属性を持つ場合も多い。
各属性には、相性がある。
例えば火属性の魔物であるファイアエレメントは、水魔法をぶつけることができれば簡単に倒すことができる。
逆に水属性であるスワンプバードは、火魔法でそれほどダメージを食らわない……といった具合に。
ちなみに光と闇の場合は、どちらもお互いにいわゆる『こうかはばつぐん』というやつになるらしい。
相性があることからもわかるように、戦闘においてはより多くの属性が使えた方が有利になる。
だが人には各属性ごとに適性があるようで、複数属性を使える人間はそれほど多くないらしい。
ちなみにアリシアは、火・風・光の三属性を既に使えるようになっているらしい。
ちくしょう、この天才め。
俺もヴェネッティ先生に言われるがまま、属性変換というやつを試してみる。
まず、最初よりずいぶんとスムーズになった魔力放出を指先から行う。
今では魔力スポットを軽く意識するだけでも発動できるくらいに習熟ができていた。
「属性変換のコツは、それに近く、かつ大きな自然現象をイメージすることですわ。例えば火属性なら強い山火事、水属性なら街を飲み込む津波なんかが具体的でいいかと思います」
大きな自然現象、と言われて俺が一番最初に思い浮かんだのは台風だった。
日本人にとってはかなり身近だし。
直近で来ていた台風は、ええっと……何号だったか。
リポーターの傘が持っていかれるようなやつをイメージ。
それだけだと足りなかったので、次は屋根が吹っ飛ぶサイクロンなんかのようなめちゃくちゃに激しいやつなんかを想像してみる。
するとひゅうっと風が吹くような感触。
見れば指先にある魔力の靄が、少しだけ緑がかって見えた。
とすると、これが――。
「お見事、これが風属性の魔力になります。どうやらハジメさんは、風属性に強い適性があるようですわね」
ステータスプレートを見てみる。
魔力を指先から放出するのに消費するMPは1、そして風属性に変換するのでもう1。
合わせてMPを2使っていた。
ちなみに回復するMPは、数分に1回復する感じだ。
魔法使いはあまり連戦が得意ではない感じなんだろうな。
戦闘ごとにしっかりと休憩を挟まないと、すぐガス欠になってしまいそうだ。
他の属性も考えてみる。
大きな津波の映像はあまり見たことがなかった。
なので次にやってみるのは火属性。
山火事、大文字焼きなんかのことを強く想起しながらやってみる……けど属性変換は上手くはできなかった。
それならと、次は前に理科の実験ビデオで見たことのある炎の色の変わり方についてのビデオの映像を思い出すことにした。
普通はオレンジ色の火、それより温度が高いと白色の火、更に温度が高いと青色の火。
温度なんか高いほどいいだろうから、想像するのは青色の炎だ。
すると――無事に属性変換に成功した。
指先が少しだけ熱く感じ、オレンジ色の靄が出る。
「驚きました……複数の属性持ちというのは、なかなか出ませんのよ? ここまで来ると、私も初めての経験です」
「お、おめでとうございますハジメさんっ!」
ヴェネッティ先生の驚いた顔に、俺はたしかな満足を覚えた。
そしてアリシアから祝われて、有頂天になりかけた。
けれどアリシアが既に風魔法と光魔法が使えるようになっていたことを思い出し、気を引き締める。
俺一人だったら、ヴェネッティ先生に一泡吹かせてそこで満足して、慢心してしまっていたかもしれない。
途中から俺の訓練を見てくれていたアリシアのおかげだ。
ジッと見られながらというのはちょっと緊張したが、かわいい子に見られて奮起しないやつなんて男じゃない。
でも俺は火と風が使えただけでは、まだまだ満足できなかった。
『努力』のスキルは、どんなスキルであれ習得可能となるスキル。
であれば、きっと頑張り次第では……。
そんな俺の想像は、無事に的中した。
結果的にそこからまた時間がかかってしまったが、三日ほどの時間をかけることで、俺は六属性全ての魔力の変換に成功したのだ――。
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