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先生を探してみると……あ、いた。
疑問に思ったので聞いてみると、どうやら一週間程度は滞在しているらしい。
そんなに急ぐ必要はなかったみたいだ。
「い、いったいどうなさいましたの?」
「実は、魔力が知覚できるようになったんです」
「――まあっ!」
口に手を当てて驚いた顔をするヴェネッティ先生。
そう、その顔が見たかったんだ。
してやったりって感じだな!
「これで二人目です、一度の講習で二人も魔素を感知できたのは始めてですわ」
ありゃ、一番乗りじゃなかったのか。
さいですかさいですか。
どうやら講習に、女神様の恩恵を得ずとも魔法熟達の第一歩を踏み出した天才がいるらしい。
まあいいさ。
そいつも一緒に魔法を学ぶ学友、つまりは同じ予備校生みたいなもんってことだろ。
わからないことがあったら聞けたりするわけだし、仲良くしといて損はない。
……なんて、ちょっと打算的過ぎか?
「あ、あ、ど、ども……」
指定された部屋へ入ると、先客がいた。
長い金髪を紐でくくってポニーテールにしている女の子だ。
俺の胸の方を見たかと思うとすぐ俯いて、まったく顔を上げようとしない。
ちらっと見えた顔は、かなりかわいかった。
人見知りみたいだ。
あんまり距離を詰めすぎたらダメだな。
「どうも、俺はハジメ。同じ魔法を勉強する者同士、仲良くしようぜ」
「は、はひ……アリシアと言いましゅ」
動転しすぎてまともに受け答えもできなくなっている彼女。
下手に話しかけても逆効果かな。
でもやっぱり同級生として、最低限は付き合っておきたい。
「今回は俺達二人で頑張るみたいだな、よろしく頼むよ」
「う、うぅ~、はい、よろしくお願いします」
手を差し出すと、おっかなびっくりあっちも手を出してくれる。
シェイクハンズをして、軽く縦に振る。
アリシアは少しだけ顔を上げるが、俺と目が合うとすぐに逸らしてしまった。
シャイというか、ここまで来ると人間不信にすら見えてくる。
「アリシアはさ――」
「俺が魔法を習得するまでは――」
「ヴェネッティ先生の縦ロールってさ――」
俺のコミュニケーション能力なんてさして高くない。
なのでビクビクしているアリシアから言葉を引きずり出すなんて芸当は、当たり前だができはしない。
とりあえず俺にできたのは、自発的に自己開示をして向こうが打ち解けてくれるのを待つことだけだった。
アリシアは最初、カクカクと油の切れたゼンマイ人形みたいに頭を動かすだけだった。
けど俺が若干無理してでも明るく振る舞い、頑張って仲良くなろうとしているということを理解してくれたのか、話をしているうちに態度がちょっと軟化してきた。
コクコクと頷いてくれるようになったかと思うと、もう少し距離が近付いてからは、ふんふんと相槌まで打ってくれるようになったのだ!
俺にしてはよく頑張ったと思う!
どうやら嫌われはしなかったようで、一安心。
アリシアが自分が魔力を感じ取ることができるようになった時のことを話していると、ヴェネッティ先生が来た。
「ハジメさん、アリシアさんごきげんよ……あら、お二方とももう打ち解けられているのですね。良きかな良きかな、仲良きことは麗しきことですわ」
ヴェネッティ先生の言葉に、アリシアが顔をちょっと赤くする。
耳なんかゆでだこみたいに真っ赤だ。
お、俺と仲良いって言われたことそんなに嫌だったのかな?
友達に見られたら、恥ずかしいし……的なあれなのか。
ときめ○メモリアル的な気恥ずかしさを感じられてしまってるんだろうか。
俺とアリシアとの間の空気が微妙になったことを察してか、ヴェネッティ先生がパンパンと手を叩く。
俺達二人の視線を浴びた彼女は、そのまま教壇に立った。
「それでは魔法の訓練に入ります。と言っても魔素を知覚したのなら魔力を知覚するのはそう難しくありません。魔力はとっても簡潔に言えば、体内に溜め込まれた魔素のことを指しますので」
「先生、自分はあの魔法学院生のやり方で覚えましたので、今はもう魔力も魔素もわかるようになりました」
「まあっ、ハジメさんもですの!?」
さっき聞いたんだけど、どうやらアリシアの方も俺と同じく体内にある魔力を知覚するやり方で魔力と魔素を感知できるようになったらしい。
ってことは彼女もかなり魔力が多いってことだよな。
もしかすると、どこかの貴族家の令嬢だったりして。
……なんて、そんなわけないか。
「こほん、それでは二人は一足飛びで第二段階に進んでいきましょう。まずこれを見てくださいな」
ヴェネッティ先生が人差し指を立てる。
そしてそのまま動かなくなった。
いったいなんなんだと思ったが、すぐに意識を集中させてジッと観察することにした。
するとヴェネッティ先生の指の先に、何か靄のようなものがあるのがわかった。
魔力が指先から放出されているんだ。
これは魔法……なのか?
「そもそも魔法の発動までにはいくつかのステップがあります。具体的に言うと三つ。魔力の放出、魔力への属性変換、魔法の創成ですわ。魔法を使うための次のステップは、魔力の放出ができるようになること、ということになりますわね」
今のヴェネッティ先生がやっているのは魔法発動のための一つ目の段階である、魔力の放出らしい。
どうやら指先から魔力を出しているようだ。
それ以外のことを覚えようとしても今はノイズになるから、今はとにかく指先から魔力を出すことに集中してくださいまし、と彼女は続けた。
指先から魔力を出す……今もこうしてお腹の中に感じる魔力、これを指先に集める感覚だろうか。
試してみる。
お腹のあたりにあるポカポカした魔力を、腹から肺に、肺から右腕に……とやろうとして失敗する。
左右を逆にして何度か試してみたが、どれも腕に移るまでに失敗に終わる。
ってことはアプローチが間違ってるんだ。
ヴェネッティ先生が言っていたことを思い出す。
彼女は魔力というものは全身を循環していると言っていたっけ。
てことは腹から動かそうとするんじゃなく、腕にある魔力を指先へ。
いやもっと言えば、指先にある魔力をそのまま外に押し出すみたいなやり方の方がいいに違いない。
となれば今の俺がやるべきなのは、魔力を体内で自由に動かせるようにする訓練じゃない。
全身を回っているらしい魔力。
これを今よりもしっかりと認識する訓練だ。
「あ、で、できました」
右を見れば、既にアリシアが指先から魔力を出していた。
その出ている量はヴェネッティ先生と比べれば少ない針金くらいの細さだが、たしかに魔力が出ている。
くそっ、アリシアはめちゃくちゃ有能だな。
何もしなくても授業を受けるだけで点数の取れる天才タイプってわけか。
でも負けないぜ。
アリシアはまだできていない俺の方を見ると、なぜかペコペコと頭を下げ始めた。
おい、そんなことしなくていいから。
俺より先にガンガン進んじゃってくれ。
その方が俺もやる気が出るから。
果たしてアイコンタクトでどこまで伝わったかはわからないが、アリシアは真剣な俺の眼差しを見て、コクンとしっかりと頷いた。
そしてヴェネッティ先生から、第二段階の教えを受け始める。
あの調子なら、多分そう遠くないうちに魔法が使えるようになるだろう。
ふん、でも俺だって負けないぜ。
俺はしっかりと自習と復習をして、最終的に結果を残すタイプなんだ。
天才に秀才が勝利するカタルシスってやつを見せてやる。
異世界でだってきっと、努力は俺を裏切らないからな!
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