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宿に帰ってきたから、ここから色々と試していこう。
まずは情報の整理から。
あの魔素を感知するやり方は、魔力が少ないものでも成功する可能性がある。
だがその代わり、そもそもの成功する確率が体内の魔力を知覚するやり方よりも低い。
元々の素養が必要だが成功率の高い、体内にある魔力の知覚。
これが今の俺にできるのかどうか。
今日の目的は、それを確認することだ。
幸い俺には『不眠不休』がある。
寝ずに色々とやってみよう。
さっきヴェネッティ先生から、体内の魔力の知覚のやり方も教えてもらった。
少しかわいそうな人を見る目で見られたからな。
次に会った時は、魔力を知覚して度肝を抜いてみせるぞ!
『魔力というのは、血液と同様体内を絶え間なく循環していますの。一箇所に留まればこれまた血液と同様、凝り固まって身体に異常を来してしまうのですわ。なので体内の魔力知覚の場合において必要なのは、点ではなく面で魔力を捉える感覚ですのよ』
点ではなく面で捉える。
口で言うは易いが、実際にするとなるとなかなかに難しい。
まずは文字通り、目を瞑って瞑想状態に入りながら、身体に意識を集中させてみるか――。
……ダメだな、結構長い時間頑張ってみたけど成果なしだ。
ちょっと足が痛い以外に何にも気付くことはない。
そもそも普通に暮らしている最中に、ああ今体内で血液が流れているだなんて思ったことはない。
血液みたいに流れている魔力を理解するのは今はまだ無理そうだ。
それならヴェネッティ先生から銀貨二枚で教えてもらった、もう一つのアプローチをしてみよう。
『魔力を持つ人間の身体は、実は絶えず魔素を皮膚から吸い込んでいますの。なので全身の表皮に意識を集中させて、何かを吸い込んでいるような感覚を感じ取れるようになる、というやり方もありますね』
こちらの方が、現実的なイメージはしやすい気がする。
想像するのは、一般的な皮膚呼吸だ。
だがこれも数分やってみて無理そうな気配がしてくる。
それなら少し考え方を変えてみよう。
皮膚呼吸も血液循環同様、普段意識することがあんまりない。
もう少し具体的なイメージが湧いてくるような何か……それこそ、皮膚の水分吸収なんかならどうだろう?
皮膚が水分を吸い込んでいくあの感じで魔素を吸い込んでいるイメージ。
これをしばらくの間繰り返していく。
ヴェネッティ先生曰く、魔法の学習においてもっとも大切なのはイメージと創造性らしい。
その初歩の初歩である魔素の認識だってその例には漏れないはず。
具体的に思い浮かべることのできるような形でしっかりと自分の中に落とし込んでいけば、魔素を知覚できるようになるまでの時間は早まるはずだ。
まだまだ夜は長い。
夜が明けるまで、頑張ってみようじゃないか。
だがこれでもダメだった。
外から、よくわからない生き物が朝を告げてように元気に鳴いている。
近い言葉で言い表すのなら、「オンドルオンドル」って感じだろうか。
この世界におけるニワトリみたいなものなんだろうか。
集中が切れたので外を見ると、既に朝になっている。
当然だが一日では、魔素の知覚も、体内にある魔力の感知もできなかった。
けれどその分、イメージ力というか、これなら魔素や魔力を感じ取るのに感覚が近いんじゃないか、みたいな発想力が身についてきた気がする。
もう何時間もぶっ続けでやっているから、さすがに疲れた。
でも『不眠不休』のおかげで、まったく眠気はない。
ずっと座って目を瞑っていただけなので、肉体的な疲れもない。
なんだか不思議な感覚だ。
けどこの世界で生きていく以上、この有用なスキルには慣れないといけない。
魔法の上達に必要な発想力の研磨は、目を瞑りながらでもできる。
他のスキルの習得のために必要な時間だって、睡眠が必要ないんなら人よりも多く取れるはずだ。
とりあえず『不眠不休』スキルによる精神的な疲れを、朝から夜までの通常時間で回復させるためのやり方を見つけていかなくちゃな。
さて、今日は何をしようか――。
基本的な身体の疲れの取り方というのがわかってきた。
外を半日程度出歩かなければ、夜通しぶっ通しで行動していても問題なさそうだ。
この『不眠不休』があれば、護衛任務なんかの時はかなり有能扱いされると思う。
とりあえず午前中にできる配達や荷運びの仕事なんかをして銅貨数枚ほどを稼いで、あとの時間は魔法を使えるようにするための訓練にあてた。
こちらの方は、相変わらず難航していた。
大学受験の俺のイメージとしては、数学で色々な解法を試している感じに似ている。
正弦でやって余弦でやって、それでも無理なら三角関数でやるといった感じだ。
色々とイメージを思いついてはトライアンドエラーを繰り返し、また次のものに飛びついていく。
ようやく変化が起こったのは、三日目の夜のことだった。
実際にあるものから連想させることが難しいとわかったので、地球にあった考え方を拝借させてもらったのだ。
俺がイメージしたのは、旧約聖書に出てくる吸うだけで空腹が満たされるマナと、霞だけを食べていれば生きられる中国の仙人の話だった。
この世界にある魔素を霞のようなものと仮定して、それを吸い込んで腹が溜まるという方向で想像を深めていったのだ。
するとある日、本当に腹が膨れたような感じがした。
だがご飯は少し前に食べていたし、何度見てもお腹は膨れてはいない。
これはなんなんだと思い、期待しながら再度繰り返してみる。
すると繰り返すうち、丹田のあたりに何か温かいものを感じるようになった。
これが魔力なんだろう。
吸い込んで魔力と合流しているものの方も、はっきりわかるようになる。
多分こっちが魔素なんだろうな。
二つをしっかりと認識できるようになっていたときには、朝日が昇っていた。
眠気がやってこない感覚は、やっぱりまだちょっと慣れないな。
って、そんなこと考えてる場合じゃない。
急いで冒険者ギルドに出掛けなくちゃ。
ヴェネッティ先生、まだいるといいんだけど。
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