プロローグ 2
「おっと、さしもの勇者殿と言えどどうやら混乱されているご様子。それではまずは状況の説明からさせていただこう」
この光景には見覚えがあった。
RPGゲームなんかでよくある、勇者が最初に金だけもらって世界を救えとほっぽり出されるあれにそっくりなのだ。
誰かと競うPVPゲームはやらないけど、一人用のロールプレイングはたまにやってたからある程度の知識はある。
頭に冠を被っているいかにも王様という風体の男は、やっぱり王様だった。
絨毯よりもふかふかしていそうな素材のローブを身につけ、手には金色の錫杖を持っている彼は、ギュスターブ三世。
このクリュアント王国の王様らしい。
「女神様に祝福を受けた勇者殿に、魔物達の王である魔王を倒し、この世界を救っていただきたいのです」
この世界の人間は、魔物達によって大変な被害を受けている。
その軍勢を率いているのは、魔王という強力な魔物らしい。
危機に瀕している現状を打開するために、クリュアント王国は古来より伝わる一つの儀式を使うことにした。
それが勇者召喚の儀――この世界ではない異世界から勇者を召喚する儀式。
今のところは一方通行だが、魔王の持つ魔石を使うことで地球への帰還が可能になる……らしい。
「この次元の扉は、異界の勇者の方々をこちらに呼び寄せるためのものなのです」
『方々……?』と思い、王が指で指し示している後ろを振り返ってみる。
するとそこには、四つの扉があった。
どうやら次元の扉というやつは使うと消えてしまうようで、俺の後ろにあったはずの扉は既にどこかへ消えてしまっている。
あの扉をこちら側から通れば、地球に戻れるんだろうか。
気付けば俺の足は、まだ開いていない次元の扉の方へと向かっていく。
ガガッ!
俺の足を止めるように、脇に控えていた兵士達が動き出す。
全身には甲冑を着込んでいて、ヘルムに隠れて顔は見えず、その手には身の丈よりも大きな槍を持っている。
修学旅行先で見たことのあるようなレプリカじゃない。
本当に使われているものなんだと一目見てわかった。
だって穂の固定されている胴の部分に、赤黒い色がうっすらと残って見える。
あれは間違いなく血痕だ。
この世界が決して生ぬるいものではないと、突きつけられた気分だった。
兵士達は槍を構えることはせず、ただ数歩動いただけだ。
けれどそれだけで、これ以上動いてはいけないと頭の中で警鐘が鳴っていた。
そのまま元の位置に戻ると、兵士達も定位置へと戻る。
それを見て満足げに頷く王を見れば、その思惑が透けて見えた。
彼は俺達異世界の勇者達を、支配しようとしているのだ。
国で一番偉い自分には、全てが従って当然。
そんな傲岸さが見てとれる。
丁寧なのは口調だけで、彼の目の奥はまったく笑っていなかった。
俺への説明が終わると、他の四人の勇者達が順々に次元の扉を渡ってやってくる。
内訳は男が二人で女が二人。
四人とも学生服を着ていて、みんな高校一年生らしい。
俺だってまだまだ若いはずなのに、この中では最年長だった。
王は彼らへ、俺へしたのと同じ説明を繰り返した。
四人とも、目をキラキラと輝かせている。
自分が選ばれた人間であると言われて、舞い上がっているようだった。
俺は自分の分というものを弁えている。
第一志望に受かることもできず、バイトをしながら浪人すると決めたばかりの無能。
落ちたショックから立ち直れておらず、自己評価が低いからか、俺だけは彼らよりもずっと冷静に話を聞くことができていた。
王が目配せをすると、後ろにいた誰かが急いでこの部屋を出ていく。
そしてすぐに戻ってきて、王の隣に立つ。
そこにいたのは、ずいぶんと若い女性だった。
金髪碧眼で、恐ろしいほどに顔立ちが整っている。
彼女がニコリと笑うと、二人の少年は頬を赤らめた。
単純な……と思うが、俺だって浮かれたままだったら、同じような反応をしていたと思う。
そして二人の少女は、自分よりも優れた容姿をした彼女を見てむすっとしていた。
自分達が選ばれた人間なのだと全能感に浸っていたところに、水を差された形になったからだろう。
「お初にお目に掛かります。私はネーゼル・フォン・クリュラント……この国の第二王女でございます」
明らかに外国人だが、話しているのは日本語だった。
だがよく見れば、口の動き方が日本語よりずっと激しいのがわかる。
まるで吹き替え映画を見ているようだった。
「こちらは鑑定球と言いまして、人の持つステータスを可視化させるマジックアイテムでございます。女神様の祝福として強力な才能を授かった勇者様のお力を、ぜひ見せていただければと思いまして」
王女様はその手に、水晶球を持っていた。
占いの館にあるものよりも一回りくらい大きな、ドッジボールサイズだ。
なんでもこの世界は、才能が目に見えるらしい。
その話を聞いて、なんて恐ろしいのだろうと寒気が走った。
自分が才能のある人間だとはまったく思っていない。
俺は人の倍努力しているから、人の1.5倍の成績が取れているだけ。
そんな男に、才能なんかあるはずない。
自分の才能なんて見たくない。
見るのが怖い。
……自分に何もないことを改めて突きつけられるのは、大学受験に失敗したばかりの俺にはあまりにも酷だった。
だが四人の勇者達は、そうは思わなかったようだ。
「じゃあ俺が!」
「私が最初に!」
みんな我先にと、水晶へ群がっていく。
水晶に触れると、光が浮かび上がるのが見える。
どうやら玉の内側に、自分の才能が見えるようだ――。
「賢者、聖戦士、剣聖、破壊王……さすがとしか言いようがありません。みなさまが次元を超える際に与えられた才能は、王国の歴史の中でも数えられるほどしか例のないような、とても強力なものばかりです。持っている才能とスキルを磨いていけば、どなたも王国騎士団の精鋭にも負けぬほど強力な力を手に入れることができるでしょう」
四人は嬉しそうな顔をして、王女の話に聞き入っていった。
王女は二の足を踏む俺の方ではなく、才能があるとわかった四人のことを褒め讃えていた。
彼らをひとしきり満足させてから、彼女が俺の方へ向き直る。
そして俺の方へ歩いてきて、スッと水晶を差し出してくる。
「どうぞ、勇者様。怖がることはありません」
恐る恐る手を伸ばす。
水晶に触れると、俺のステータスが文字になって浮かび上がってきた。
神崎 肇
レベル1
攻撃 10
魔攻 10
防御 10
敏捷 10
魔防 10
才能
なし
スキル
『努力』
『不眠不休』
「勇者様の才能を教えて下さい」
にこにこと笑う王女様。
俺は背筋に冷たいものを感じながら、彼女の方を向く。
そして脂汗を流しながら、強張った笑顔で告げた。
「ありません……自分には才能が、ありませんでした」
俺には才能はない。
そしてできることは、努力だけ。
どうやら異世界にやってきても、人間の本質なんてものは何一つ変わらないらしい――。
俺の才能がないことがわかると、王と王女の俺を見る目が変わった。
才能というやつが目に見える分、この世界は非才な人間に厳しい。
どうやら才能のない勇者を育て上げるつもりは彼らにはないようだった。
「それでは勇者の四名の方々はこちらへ……」
王女は俺を除いた四人を案内しようとする。
どうやら俺は、勇者ではないという扱いになってしまったらしい。
四人は部屋を出る際、俺のことを見て笑っていた。
「ぷっ、ダッサ」
「ぶっ、笑っちゃダメだって……ダメだ、こらえきれんっ」
「異世界にきたのに才能の一つもないなんて、あっちじゃあ相当悲惨だったのね」
「じゃあね、おっさーん」
どうやら元から老け顔なせいか、社会人か何かだと勘違いされているらしい。
別に年上を敬えなどと言うつもりはない。
才能に満ちあふれる彼らには、是非とも魔王討伐を頑張ってもらいたい。
世界を救うことはきっと、才能がある彼らにしかできないことだろうから。
俺を案内するのは綺麗な王女様ではなく、脇で控えていた一人の騎士だった。
彼に先導されるままについていくと、そこは王宮の出入り口だった。
「フッ」
騎士は鼻で笑って、俺に袋をよこす。
どうやらもう王宮では面倒を見ないからと、手切れ金をくれるらしい。
問答無用で殺されたりしないのは助かった。
才能のない俺にも当座の金を渡してくれるだけでもありがたいよな。
巾着袋を開いてみると、金貨が五枚ほど入っている。
試しに爪をグリッと押し当ててみると、結構簡単に凹んだ。
昔の人はこうして傷をつけたり噛んだりして、金貨の金の含有量を測っていたらしい。
一般的な硬貨にしか触れてこなかった俺に詳しいことはわからないが、こんな簡単に変形するってことはかなりの量の金が使われているはずだ。
多分この金貨五枚は、大金だと思う。
スリにあったりするのが怖かったので、左右の足に一枚ずつ、ポケットに一枚ずつ、そして袋に一枚という形でバラけさせて入れることにした。
とりあえず下手な勘ぐりをされたくなかったので急ぎ王宮から離れる。
まずしなくちゃいけないのは、情報収集だな――。
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