第54話 いざ梁山泊へ

 自分達の傷がある程度癒えてから、小倩の埋葬をした。木桶の中に入れての土葬だった。


「息苦しそうでかわいそうだ」


 林冲は少しだけ抵抗感を示したが、火葬や他の葬送では亡骸を損ねるからと安道全に説得されて、不満げながらも何とか納得したようだった。


 早朝、朝焼けが白銀の森を赤く照らしている中、燕青、林冲、安道全の三人は合掌し、小倩が安らかに眠れるよう祈りを捧げる。


 瞑目を終えた燕青は、東の空へと目を向けた。


 燃え上がるような赤色が天蓋一面に広がっている。それはいつか小倩と見た夕暮れ時の空とよく似ていた。過ぎ去った大切な時間を噛み締めるように、燕青は長いこと空を眺めていた。


 ※ ※ ※


 柴進の屋敷にはそれから三日ほど滞在した。その間に次の目的地を検討していた。


 例えば前の世界で、燕青に武術を教えたりしてくれた元反乱軍リーダー王進を、こちらの世界でも探してみる案もあったが、彼はすでに禁軍から姿を消して行方知れずになっているとのことだった。


 他にも魔星録の第一位に書かれている「宋江」という少女について柴進は知っており、そこから当たってみることも考えてはみたが、地方とはいえ役所勤めの身とのことで、お尋ね者の燕青と林冲では接触するのは厳しいため、とりあえず後回しにした。


 こうして結論が出た。


「先にこの世界へやって来た、王倫さんを頼るのが、現状では最良の道かもしれませんね」

「俺と同じ仙人の、王倫か」

「あなたのことを知っているようでしたし、何よりも彼女は強いですよ。ここより南東の済州に梁山泊と呼ばれる水塞があり、今年の二月ごろ、王倫さんは三人の仙姑を従えて、反乱軍を立ち上げましたが――いまのところ禁軍相手に、負けなしですから」

「たった四人で⁉」

「それだけ仙姑や仙人の力は凄いのですよ。まだ、あなた達は上を行く人達を知らないだけ」


 意味深に柴進は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「さあ、どうされますか? 梁山泊へ行くというのでしたら、紹介状を書きますが」

「そんなの決まってるだろ。なあ、林冲」


 聞くまでもないことだが、燕青は一応声をかける。


「もちろん、行くさ」


 林冲はしっかりと燕青の目を見据え、力強く頷いた。


 行き先が決まったことで、さっそく二人は旅の準備に取りかかった。


 ※ ※ ※


 早朝に柴進の屋敷を出発した。


 二時間ほど雪の深い中を馬で進んでいった。晴れてはいるものの足場が悪く、なかなか滄州から出られなかった。


 だけど一度滄州を抜けると、広々とした草原が目の前に現れた。


 青空の広がる平野に、どこまでも道は伸びている。生い茂るのは枯れ草ながらも、開放感があって気持ちがいい。清々しい冬の空気に心洗われながら、燕青と林冲は馬に鞭当て、飛ぶように目的を目指した。


 梁山泊のある湖のほとりには、馬を走らせ続けて、丸一日ほどで到着した。


「あの向こうに、梁山泊が……?」


 湖全体に朝靄がかかっている。特に中央の方は濃霧が張っており、その奥に何があるのか全くわからない。


 強い風が吹いた。


 霧は一瞬にして晴れ、湖の中央の様子が露わになる。


 大小様々な島が入り組んでおり、真ん中にある一際大きい山のような島の中腹に、要塞が構えられているのが見える。岸から見ているだけでは、島々の間のどの水路から入れば要塞まで辿り着けるのか、まるでわからない。まさに天然の要害だ。


 湖上に、銅鑼の音が鳴り響く。やがて鬨の声が聞こえてきた。


「あれは禁軍の部隊か⁉」


 帆船の一団が、水の上を勢いよく滑っていく。遠目では数はわからないが、声の大きさから察するに、相当な戦力を注ぎ込んでいるようだ。


 成り行きを見守っていると、突如、湖に異変が起きた。


 ザ、ザ、ザと水面が盛り上がっている。ちょうど船団が向かおうとしている先だ。


 ザバアアア! と山のような水柱が上がった。


 その水柱の中より――帆船を抱え込めそうなほど、桁違いに大きい――島とほぼ同サイズの巨大な人型の機械兵が、拳を振り上げて飛び出してきた。


 兵士達の絶叫が岸まで響いてくる。


 巨大機械兵は、先頭の帆船の横腹に、拳を叩きつけた。ドーンと爆発でも起きたかと思うような破壊音が湖上にこだまし、船は真っ二つに砕けて、宙を吹き飛んでいく。


 他の船団から雨のような矢を受けるも、巨大機械兵はビクともせず、湖の中へ身を隠した。


 続いて、船団の真後ろから水柱が上がった。


 また巨大機械兵が現れた。だがさっきの一体とはデザインが違う。先程の巨大機械兵は胸部に「模着天」と大きな字で書かれていたが、今度のは背中に「雲裏金剛」と書かれている。


 そして、拳を振り回して、次々と船を叩き壊していく。


 途中から、一番最初の機械兵が再び現れ、参戦した。二体揃って暴れ出したものだから、もう誰にも止められない。圧倒的なまでの蹂躙ぶりだ。


 燕青も林冲も、ポカンと口を開けている。


「あれも、仙姑の、能力……?」

「わからない。そうかもしれない。だけど、あんなスケールの力……信じられない!」


 その内に、戦いは一方的に終わってしまった。


 二体の巨大機械兵は、また湖の中へと沈み、戻っていった。


 兵士達が湖の上でバシャバシャと泳ぎながら逃げ惑っているのが、遠目でもわかる。壊された船の残骸が水面に浮いているから、あれらに掴まれば何とか生き延びることは出来るだろう。


 いまだに目の前で繰り広げられていた光景が信じられない。何もかもが、規格外。


「ふふふ」


 急に笑い出した林冲に、燕青は怪訝そうに目を向ける。


「どうしたの?」

「いや……正直、国や討仙隊を相手にどこまで抗えるのかと不安になっていたのだが、そんな風に弱気になっていた自分を反省したんだ」


 スッと手を上げ、梁山泊の方を指さす。


「あそこには、私達の想像を凌駕する仙姑がいる。心強い味方は大勢いる。だから――まだまだ希望を捨ててはいけない」


 そして、燕青の方へと顔を向けた。


「本当に……私達とともに戦ってくれるのか?」

「いまさらやめろよ」


 燕青は肩をすくめた。


「ここまで来たんだ。むしろ素直に言えよ。『頼む』って」

「そうだな」


 はにかんだ笑みを浮かべて、林冲は照れくさそうに下を向いたが、やがて顔を上げた。


「じゃあ……これからも頼むぞ、燕青!」


 たとえこの先どのような敵が待ち受けていようと、絶対に負けたりはしない。


 その想いを胸に秘め――燕青と林冲は、まだ見ぬ仙姑達のいる地、梁山泊へと足を踏み入れようとしていた。

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