第48話 巻き起こる爆炎

 バヂバヂバヂと両肩の切断面から電気がほとばしり、工場内に網を張るように広がっていく。それとともに、工場の各所に設置されている機械が、一斉に作動し始めた。


「いい加減にしろよ! 人の話を聞けって!」

「まだよ……仙姑には……星化登神って……能力を全開放する力があるもの」


 両肩から激しく電光を放ちながら、凌雲は鬼気迫る表情でギロリと睨んできた。その全身は青い光で包まれている。


「これが私の全開放――周囲にある機械全てを、自在に操れるわ!」


 ガガン! と背後に長い管のような物が倒れ込んできた。穴の奥から熱気が伝わってくる。


(来る――!)


 燕青は横へ跳んだ。


 先ほどまで立っていたところを、管から噴き出した火炎がゴウッとなめていく。あと一秒判断が遅ければ、黒焦げになっていた。


 もうすでに一回命を落としている。ここで即死級の攻撃を受ければ、今度こそ終わりだ。


「私は悪くない! 私は正しい! だから!」


 どこかでバギィッと何かが砕ける音が聞こえた。回転音がこちらに向かって近付いてくる。燕青が危険を感じて身を屈めた直後、頭上を高速回転するプロペラが通り抜けていった。


「小倩ちゃんが死んだのは私のせいじゃない!」


 パン! パン! パン! と天井から破裂音がし、ガラスの破片が落下してくる。鋭く凶器と化した破片群を、何とか燕青は全部かわす。そうしながら、凌雲との距離を詰めていく。


「来ないでってばあ!」


 凌雲が金切り声を発した。


 ゴ、ゴ、ン……重々しい音が工場内に響く。横にある溶鉱炉がメキメキと音を立て、本来なら傾くべきではない方向――燕青の立っている通路側に向かって、急速に傾いてきた。中に溜まっている溶けた鉄が、ゴバアッと流れ出てきた。溶鉄が燕青の体を飲み込もうとした瞬間、凌雲は顔を腕でカバーして熱気から守りながら、後ろへと飛び退いた。


 顔を守っていた腕を、そっと下ろす。目の前には、赤く溶けた鉄が広がっているだけ。燕青の姿はどこにもない。


「私は……悪くない……」


 虚ろな目を向けたまま、うわごとのように呟いた。


 そこへ、頭上から、燕青の声がかぶさってきた。


「目を逸らすなよ」

「――⁉」


 上を見上げる凌雲。


 溶鉄に飲み込まれたはずの燕青が――空中に浮かんでいる。


「な……ん……で……!?」


 驚き顔の凌雲の前に、トン、と着地した。燕青の両手から、二つの風火輪がコロンと転がり落ちる。先ほど全部投げ捨てたように見せかけて、実はこの二つだけ隠し持っていたのだ。


「俺、才能あるみたいだな。初めて使ったけど、二つだけでも上手く飛べた」

「くっ!」


 凌雲はハイキックを放った。燕青のこめかみに鋭い蹴り足が叩きつけられる。燕青は軽く頭を揺さぶられたが、大した威力ではない。


「凌雲――蹴りってのは、こうやんだ」


 フッ! と息を吐き、燕青の体が跳ねた。


 斬撃にも近い蹴撃が胴を捉え、内部の機械ごとへし折る。たまらずに弾き飛ばされた凌雲の体は、横の制御盤にぶつかった。ガクンと頭が垂れ下がり、動かなくなる。


 すぐには追撃せず、燕青は様子を見た。まだ敵に余力があるのなら、迂闊に近寄るべきではない。どんな奥の手があるかわからない。


 だが――その慎重さが災いした。


 カッと目を見開き、頭を上げた凌雲は、肩の傷口から電気を発して制御盤にアクセスする。途端に、工場全体が揺れ動き始めた。


「まだやる気か――!」


 攻撃が来るのを警戒し、八方へと意識を走らせる。


 だが次に起きたのは爆発だった。それも、こことは関係ない場所で立て続けに起きている。火薬でも爆発させたのか。こちらには何も仕掛けてこないとわかり、燕青は首を傾げた。


「……目を逸らすな、って言ったよね」


 ポツン、と凌雲は呟いた。


 そして――笑った。


 本来の彼女のものと思われる、穏やかで、温かみのある笑顔で。


「そうする」

「待て! 死ぬ気かよ!」


 止めに入ろうとしたが、真上で爆発が起き、瓦礫が落下してきた。咄嗟に後方へと退避し、何とか押し潰されずに済んだが、気が付いた時には凌雲は瓦礫の下に埋もれてしまっていた。


 ※ ※ ※


 凌雲は、自分の体にのしかかる瓦礫の重さを感じながら、やがて来る死の瞬間を待っていた。


 自分には大切な友人がいた。なのに、自分はその友人を死なせてしまった。大好きだった兄を殺されて、我が身を人造仙人計画の素材とされた挙げ句に、その張本人達に従わされて。


(ごめんね、小倩ちゃん……)


 この罪が許されることはない。


 だから、死ぬ。せめて国の兵器工場を巻き添えにして、諸共、粉々に――


「死な……せる……かァ!」


 ガラン、と瓦礫がのけられた。


 すり剥けた手の平から血を流して、燕青がさらに他の瓦礫を取り除いていく。


「え……なんで……?」


 もう間もなくこの工場は爆発して跡形も無くなる。こんな状況なら普通は逃げるはずだ。なのに、なぜ燕青は留まり、自分なんかを助けようとしてくるのか。


「いいよ! 姉様は逃げてよ!」

「俺は……お前の……姉様じゃない!」


 脚の上の瓦礫を、燕青はどかした。


「やめてよ! 私なんか助けたって――」

「『なんか』言うな!」


 凌雲の胸部を押し潰している瓦礫に、手をかけ、吼える。さっきの風火輪を応用すれば瓦礫なんて楽々持ち上げられるのに、使おうとしないのは、きっと、仙気の残量がゼロだからだ。使いたくても使えず、仕方なく素手で瓦礫をどかしているのだろう。


「お前は小倩の友達だったんだろ! 助ける理由なんて、それで十分だ!」

「でも、もう姉様は一回死んでるじゃない! これで死んじゃったら、二度と生き返ることはないんだよ! 本当に死んじゃうんだよ!」

「関係……あるかァ!」


 グッ、と腕に力を込め、何とか瓦礫を持ち上げた燕青は、横へと放り捨てた。これで凌雲の上にあった瓦礫は全てどかされた。


 直後、近くで爆発が起き――爆風と煙に巻き込まれた燕青は、真横に吹き飛ばされた。


「姉様ッ⁉」


 凌雲は跳び起き、倒れている燕青のそばへと駆け寄った。耳を胸に当て、鼓動を確認する。


 何の音もしなかった。

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