第47話 暴かれる真実

 昨夜、燕青が提案した作戦は、まさに奇策そのものだった。


『討仙隊は俺が仙人だってことを知っている。なら、俺を殺すには二回命を奪わないといけない、ってこともわかってるはず。だから逆にそこを突く』

『どうやって?』

『まず魯智深が裏切ったフリをするんだ。あいつらからしてみれば、お前が魔星録を奪うために土壇場で心変わりして、俺を殺したとしてもおかしくない』

『いくらなんでも不自然すぎねーか? それに燕青が死んだって見せかけるのに、何かいい方法はあんのか? ただ倒れるだけじゃ、本当に死んだのかどうか相手は判断できねーだろ』

『たとえば頸動脈から派手に血が噴き出したりしたら、どう?』

『それは……さすがに死んだな、って思うかもしれないけど……そもそも本当に斬るわけじゃないのに、どうやって血を出すんだよ?』

『安先生。今日俺の治療に使った、血の袋があるよね。あれが欲しい』


 大事な輸血用の血を要求され、ほんの少し安道全は迷っていたが、やがて頷いた。


『これで作戦は決まりだ。まず、俺が正面から突撃して敵を引きつける。その間に魯智深は刑場に飛び込んで、先に林冲を助けてほしい。その時、ついでに作戦のことを林冲に伝えて。何も知らないでいたら、きっとビックリするから』

『で、お前が刑場に来たら、オレが寝返ったフリをするわけだな。どこを斬ればいい?』

『襟付きの外套を着る。左襟の裏に血の袋を仕込んでおくから、そこを狙って斬ってくれ。二人の動きがピッタリ合えば、奴らは俺が本当に殺されたと勘違いするはずだ――』


 この作戦は、しかし、実際には失敗しかけていた。


 まず、思った以上に燕青の突入が難航してしまい、その間に魯智深がかなり追い込まれてしまっていたこと。ある程度余裕の状況でなければ、燕青を裏切るのは不自然に見えてしまう。


 そして陸謙が、小倩の死を暴露してきたことだ。場の流れは全て陸謙に持っていかれてしまった。とても作戦を実行するどころの雰囲気ではなく、さらに林冲が暴走してしまった。


 全て水泡に帰したか、と燕青は本気で観念していた。


 ところが――燕青に襲いかかってきた林冲の目には、確かな意思が宿っていた。


(正気だ……!)


 瞬時に相手の考えを理解した燕青は、彼女の動きに、何とか合わせることに成功した。


 斬撃が、外套の襟を切り裂いた。中に仕込まれていた血の袋も真っ二つになり、派手に血をまき散らせる。それに合わせて燕青はやられたフリをし、よろめき、倒れた。まるで一撃で仕留められたかのように見せかけて。


 全ては、林冲の機転のおかげだった。


 妹が死んだというショックを短時間で乗り越えて、魯智深から伝えられた作戦の趣旨を理解した上で、場の空気に合わせて自ら策を仕掛けてくれた。並の者なら絶対に不可能なことだ。


 おかげで、形勢は逆転しようとしている――


 ※ ※ ※


「容赦はしないよ」


 カンカンと足場を踏み鳴らしながら、燕青はまっすぐ凌雲に向かって突き進んでいく。


「来るなぁ!」


 肩から腕を無くした凌雲は、それでも残っている脚を使って、蹴りを放ってきた。が、燕青はその攻撃を片手で受け止めた。


「全然、効かない」

「き――」


 悲鳴を上げかけた凌雲の首に、前へ踏み込んでの、体重の乗った手刀を叩き込んだ。


 ズンッ! と足場が衝撃で揺れる。凌雲の体は吹っ飛び、手すりを越えて下へと落ちた。頭から床に叩きつけられ、「きゃうっ」と悲鳴を上げる。


 燕青もまた足場から飛び降りた。凌雲のコントロールから外れたか、風火輪が床に転がっている。それらを拾って、遠くに投げ捨てた。これで空を飛ぶことは出来ないはずだ。


 そして追撃をしようとして――相手の様子がおかしいことに気が付き、足を止めた。


「あ……ぐ……」


 機械で出来ているから、体は痛まないはず。なのに、凌雲はなぜか顔をしかめて、苦しそうに呻いている。


 彼女の頭部から、キュルルルと、何かが空転するような異音が聞こえてくる。


「こ……の……記憶……は……!」

「凌雲?」


 たまに、ザザザ、ガガガ、と雑音も聞こえる。そのうち、キュウウンという甲高い駆動音も聞こえ始めた。


『やめてええ! 殺さないでえ!』


 突然、彼女の口から悲痛な叫び声が飛び出してきた。真に迫った命乞いに、燕青はギョッとしてたじろいだが、いまの声はどこかおかしかったことに気が付いた。


「な、何よ、いまの……!? 私の、声……!?」


 本人が一番動揺している。そのうち、また声が漏れ出てきた。


『いやあああ! 兄様ぁぁぁ!』

『まさか見られてしまうとは。どうしますか』

『殺せ。元よりその予定だ』


 他人の音声まで流れ出してきたことで、ようやく、これは凌雲の中にある記憶が再生されているのだとわかってきた。しかも、最後の男の声には聞き覚えがある。


『仕留めたか、黄』

『はい陸謙様。心臓を刺しました。もう終わりです』

『我々を恨むなよ、呼延凌雲。全ては世のためだ――』


 そこでブツンと音声は途切れた。


 凌雲の瞳は泳いでいる。再生された記憶を聞いて、だいぶ混乱してるようだ


「……そんな……はず……『私』の記憶は、全部、消えたって……それに、いまの……」

「いまの、お前が殺された時の記憶か?」


 断片的にしか聞けなかったが、何が起きていたのかを類推するには十分な内容だった。


 山賊に襲われて殺されたという呼延凌雲。だが、もしもいま凌雲の口から漏れてきた過去の音声が真実だとするのなら、全てが根底から覆されてしまう。


「お前を殺したのは――陸謙だったんじゃないのか」

「違う……!」


 凌雲は頭を振る。


「いまのは、頭打ったから、機械が壊れただけだもん! 私には『私』の中身はもう残ってないはずだもん! 博士がそう言ってた! だから、いまのは違う! 絶対に違うからあ!」

「そしたら、その博士って奴がウソついてんだろ」

「ウ……ソ……?」

「騙されてたんだよ、ずっと。お前は国に殺されて、体を人造仙人の素材にされた。その本当のことを隠されて、敵であるはずの連中に、まんまと従わされていたんだ」

「違う……! 違う違う違う……違ぁぁぁう!」


 子どもが駄々をこねるように地団駄を踏み、燕青の言葉を拒絶し続ける。


「そんなことあっていいはずがないもん! だって、だって、それが本当だったら、私は兄様や小倩ちゃんを殺した奴らに仕えてたってことに――!」


 そこまで言ってから、ハッと凌雲は息を呑んだ。


 記憶が混ざってきている。


「完璧な作り……とはいかないみたいだな」


 燕青は、凌雲の頭を指差した。


「取り去れなかったんだろうな、人間だった頃のお前の記憶。それでとりあえずは封印した。でも、さっき足場から転落した時に衝撃を受けて、その封印が壊れた。そんなところだろ」


 凌雲の顔には深い絶望の色が浮かんでいた。ずっと笑ってばかりいた彼女が、底知れぬほどに暗い表情を見せている。それはまた、本来の感情が戻ってきていることの現れだろう。


「凌雲。もうやめよう」

「やだ」

「俺達が戦う意味ないだろ。敵は別にいる。これ以上はただの――」

「やァァァだァァァァァァァァァァァァァァアァァァァァアアアァァア!」


 天を仰ぎ、凌雲は泣き叫んだ。

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