第46話 まだ終わらない

 林冲と打ち合っていた陸謙は、早くも押され気味になってきているのを感じていた。


 もともと直接戦闘を得意としないから、林冲のようなタイプの敵は相性が悪く、不意打ちでも使わない限りは勝ち目が薄い。


(さすがに身体能力に差がある……戦闘技術でカバーするのも時間の問題か)


 仕方なく、宝貝を使おうか――というところで、通信が入った。


 耳に装着した通信機のスイッチを入れる。ノイズ混じりに、興奮した凌雲の声が聞こえてきた。内容を聞いた陸謙は、口元を歪めた。


「よくやった。巻物を回収したら、あとは好きにしろ」


 それだけ指示を出して、スイッチを切る。


「林冲、お前のおかげだ。礼を言う」

「……何がだ」

「たったいま、燕青は死んだ。これで二度目。お前が暴走して一回殺してくれたおかげで、楽に始末することが出来た。その礼だ」

「燕青が……死んだ?」

「ああそうだ。お前の妹を危険に巻き込み、死に追いやった、あの少年が死んだ。どうだ、嬉しいだろう?」


 皮肉のつもりで陸謙は言った。


 ところが林冲は声を立てて笑い始めた。刑場に響くほどの大きさで。そこまで精神が壊れていたかと陸謙は面食らい、一瞬だけ不快そうに顔を歪めたが、


「ク……ククク」


 やがて自身もつられて笑い出した。


「あはははは」

「クククク」


 二人は笑い合った。実に、愉快そうに。


「……驚いた、本当に驚いたぞ、陸謙」

「そんなに喜ばしいか」

「喜びよりも、面白くて笑いが止まらない――お前達があまりにも間抜けすぎてな」

「なに?」


 陸謙は眉をひそめた。


 ※ ※ ※


 凌雲はニコニコと笑いながら、倒れている燕青に近付いていく。


「うっふふー、姉様の体♪ 姉様の体♪ 私のものだぁ♪」


 魔星録を拾ってから、混天綾を解く。あとはこの遺体を腐らせないようにしながら都へと持ち帰って、自分の中身を移植してもらうだけ。今後のことを考えると、心が躍って仕方がない。


 と、凌雲は燕青の体を見た途端、固まった。


 衣服はボロボロに裂かれているが、粉砕されたはずの肉体には、傷ひとつついていない。混天綾の超振動を喰らって、こんな綺麗な状態であるはずがないのに。


 その意味に気が付くよりも先に――異変が起きた。


 完全に死んだはずの燕青が、いきなり起き上がったのだ。そして、足場の上に垂れ落ちたままになっている混天綾を、ガシッと荒々しく掴んだ。


「やば――」


 何が起きるかを察して、混天綾を引き戻そうとした凌雲だが、それよりも早く、混天綾が波打つように蠢き始めた。次の瞬間、羽衣状にして両肩に巻きつけている部分が、キュッと締まってきた。振動音が燕青の方から伝わってくる。


(兄様が操ってる⁉)


 それは混天綾の致命的な弱点。どこを持っていても操作出来るという利便性ゆえの、落とし穴。


 相手が同じ仙人だったら、混天綾を掴み返せば――カウンター攻撃が、可能だ。


「砕けろ!」


 燕青が怒鳴るのと同時に――凌雲の両肩は、粉砕された。機械で作られている体ゆえに、一度砕けると脆い。両腕が肩口からもぎ落とされるようにして、足場の上にガランと転がった。


「あ、ぐ!」


 痛みを感じない凌雲だが、さすがに両腕を失っては、呻かずにいられない。


 数歩下がり、距離を空けてから、燕青を睨みつけた。


「なんで……!」


 確かにあの時、林冲に首を斬られた。仙人は、短時間で二度命を落とせば、死を迎えるはず。なのに、なぜまだ生きているのか。


 燕青は、ゆっくりと歩を進めてくる。凌雲の問いかけには答えようとしない。スッと両拳を上げ、戦闘態勢に移る。


「ケリをつけよう、凌雲」

「……!」


 それまでの余裕の表情は消え去り、初めて、凌雲は焦りの顔を見せた。



 ※ ※ ※


「斬っていなかっただと⁉」


 林冲から真実を聞かされた陸謙は、あからさまに動揺した。


「そうだ。槍先でギリギリのところをかすめただけ。実際には攻撃は当たっていない」

「暴走したように見せかけたということか⁉ だが、いつそんな作戦を伝えられた! お前と燕青は、さっき会うまでは接触がなかったはずだ!」

「ひとつ誤解があるようだから教えておく、陸謙」

「誤解……?」

「これはもともと、私がやるはずではなかった。魯智深が本来やるべきものだったんだ」

「あの女が……⁉」

「ただ燕青達にとって誤算だったのは、お前の横槍が入ったことだろう。事実、実に効果的なタイミングで小倩の死を伝えてきたものだ。正直、私も、あの時は本当に自暴自棄になりかけたさ。……だが、お前はもっと大きな過ちを犯していた」

「何が、私の過ちだというのだ……!」

「この林冲、姉である以前に、武人だ」


 槍の穂先を陸謙に突きつける。


「甘く見ないでもらおうか。いまは戦時、この地は戦場。優先すべきは敵の殲滅。たとえ妹の死といえども――戦いの場にいる限り、私の心胆は決して揺らがない!」

「く……!」


 陸謙は頭にかぶった帽子型の宝貝「金霞冠」のスイッチを入れた。宝貝の効果が発揮され、周囲の光を屈曲し、林冲から姿を見えなくさせる。


「姿を隠そうと無駄だ、陸謙。私は仙姑だぞ」


 林冲はズ……と雪を踏み締め、全神経を集中させた。


「小倩の仇を、取らせてもらう――!」

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