第44話 暴走

「な……に……⁉」

「驚くこともあるまい。ここまで戦ってきたんだ、もうわかっているだろう?」


 陸謙は額に空いた穴を、コンコンと人差し指で叩いた。バヂッと火花が走る。


「討仙隊の幹部は、肉体の一部を機械化している。私の場合は、頭部。それだけのこと」

「よりによって頭かよ……!」


 火尖槍を構える。距離は近いので、スコープは覗かない。よく見れば火尖槍の銃身に赤く点灯しているランプがある。撃つ前はたしか青色だった。ということは、これが赤から青に戻ればチャージが完了し、再度撃てるようになるのだろう。


(早く……早く青になれ……!)


 陸謙と対峙しながら、燕青はひたすらに祈り続ける。


 その必死な様子を見て、陸謙はクッと笑った。


「私が憎いか、燕青?」

「憎いに決まってるだろ!」

「なぜ憎い? 言ってみろ、なぜ私を憎んでいる?」


 横目でチラッと林冲のことを見てから、おもむろに大声を放った。


「聞きたいな、燕青! 何かあったのか? 私を恨むようなことでも!」


 空気が凍りつく。その原因となっているのは、主に林冲だ。何かを察したか、強張った表情で、燕青のことを見ている。


「小倩は……どうなった……?」


 いきなり核心を突かれて、燕青は戸惑う。


「なぜ黙っている! 言え! 小倩はどうなった!」


 正直に言うべきか迷う。この大事な局面で余計なトラブルは引き起こしたくない。だけど、いまにも襲いかかってきそうなほど、林冲が殺気立ってきた。もう、言うしかなかった。



「……死んだよ」

「シ……ン……ダ……?」

「谷に落ちた時、岩に頭をぶつけて……蘇生しようとしたけど、もう間に合わなかった……」


 燕青は目を閉じ、絞り出すようにして、その事実を告げた。


 刑場内に、重い沈黙の時が訪れた。


「ウ……ア……」


 やがて低い唸り声のようなものが聞こえてきた。林冲の喉奥から湧き上がってくるものだ。それは次第に大きくなり、ついには獣の咆哮と化した。


「アァアァアァアァアァアァアァ!」


 ビリビリと空間が振動する。ちょうど燕青を追って刑場の中に入ってきた兵士達は、何が起きているのかとギョッとした様子で、足を止めた。


 林冲の姿が掻き消えた――と思った次の時には、兵士達の前に現れていた。


「わ⁉」


 驚く最前列の兵士の手から、槍を奪い取る。そして林冲は、燕青の方を向いた。槍の穂先は、まっすぐ、燕青のほうへと向けられている。


 何をするつもりかと狼狽していた燕青は、振り返った林冲の目を見て、全てを理解した。彼女が何を考え、このような行動に出たか。


(まずい! 間に合わな――)


 ヒュッと風を切る音が聞こえた。


 槍先が首の横を通り抜けた後――頸動脈の辺りから、バシャアアと鮮血が激しく噴き出す。


「が……!」


 燕青はビクビクと体を痙攣させながら、白目を剥いて、倒れてしまった。


「てめえ!? 何してんだ、バカヤロウ!」


 魯智深は怒鳴り、身構えた。


「こいつさえいなければ……小倩は死なずに済んだ……」


 倒れている燕青を槍で指し示し、林冲はボロボロと涙をこぼす。すでに正気の表情ではない。


「燕青さえ現れなければ! 小倩は変なことも考えず! 平和に生きていけたんだ!」

「ふざけんな! そんなの燕青のせいじゃねーだろ!」

「うるさい! 小倩のいないこの世界に意味など無い!」


 後ろを向き、ザンッと槍で一閃。並んでいた兵士達の服が、横一文字にまとめて切り裂かれた。あわやのところで命拾いをした兵士達は、ヒイイと叫び、後退した。


「皆殺しだ……! この滄州城にいる全ての奴らを、血祭りに上げてやる……!」


 その様を眺めながら、パチパチと陸謙は手を叩いている。


「素晴らしい! 実に素晴らしい! もっと暴れるがいい、林冲!」

「黙れェ!」


 次なる標的を陸謙に定め、林冲は突進していく。陸謙は剣を構え、正面からの斬撃を受け止める。やがて二人は打ち合いを始めた。戦闘力の差で優勢とはいえ、冷静さを失っている林冲は、極めて危うい。いつ足元をすくわれてもおかしくない。


「ざけんな……! これじゃあ、何もかも――」

「作戦続行だ!」

「え」


 魯智深は驚きの目を向けた。


 早くも起き上がっていた燕青は、もう一度叫んだ。


「まだ俺は戦える! 諦めるな、作戦続行だ!」


 そう言われてもしばし迷っていた魯智深だが、増援の兵士達が次々と刑場内に入ってくるのを見て、キッと顔を険しくした。


「わかった、てめーを信じるぜ! 露払いは任せろ!」


 豪快に禅杖を振り回しながら、敵兵の中へと突っ込んでいった。


 とりあえず兵士達は、傷ついていても魯智深なら何とかしてくれるだろう。あとは陸謙と凌雲をどうにかして撃破しなければ――と辺りを見れば、凌雲の姿だけが見当たらない。


「姉様ってば、わかってないなあ。もう終わりの時間なんだよ」


 飛行音とともに、背後から声が聞こえてきた。


「く――⁉」


 振り返りざまに、火尖槍を凌雲に向けようとしたが、引き金を引く前にバシンッと蹴り飛ばされてしまった。


「悪あがきしないでよ、姉様。おとなしく死んで」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る