第43話 狙撃戦

 刑場に向かって、燕青は駆けていく。左右の屋根の上から矢が飛んでくるが、風雪が邪魔するのと兵士達の腕が悪いおかげで、かわすのには大して苦労もしなかった。


 問題は――正面の防壁上にいる、二人の狙撃手だ。


(また来る!)


 攻撃の瞬間を読んだ燕青は、横の建物の陰に隠れた。一瞬遅れて、降りしきる雪を蒸発させながら、ギョンッと光線が宙を走った。


 狙撃用の武器、宝貝火尖槍。それを持った敵が、正面で待ち構えている。しかも見事な連携攻撃だ。少しずつ前へと進んでいるが、これでは刑場へ到着するのが遅くなってしまう。


 ならば建物の間を縫うようにして進めばいいのかもしれないが、路地に入ろうとする度に、ヒット&アウェイの要領で、突如現れた敵が弩で矢を放っては、陰に隠れる、という攻撃を仕掛けてくる。その動きには隙がない。おそらく討仙隊の所属員だろう。


(やっぱり、真っ向から行くしかないか……)


 せめて盾のような物が欲しい。何もない状態で突っ込むわけにもいかない。


 と、何気なく胸の辺りを触った燕青は、懐に魔星録を入れていたことを思い出した。他人に預けるのも不安だったので、この場に持ってきた。深い考えがあってのことではなかった。


 そこでハッと閃いた。図らずもこの魔星録のおかげで、活路を見出せるかもしれない。


(よし……!)


 覚悟を決めた燕青は、道に飛び出した。


 ※ ※ ※


「勝負に出るつもりみたいなの」

「玉砕を美学と考えているのか、はたまた考えでもあるのか――」


 防壁上の二人、瓊英と葉清は、チャージの終わった火尖槍の引き金に指をかけ、最も効果的な狙撃の瞬間を待った。


 雪道を、多少足を取られながら駆けてくる燕青に、何か策があるとは思えない。


 心なしか降雪の量が増してきた。スコープからの視界はさっきよりも悪い。光線は雪を溶かせるとはいえ、この分では時間が経てばどんどん狙いづらくなる。もう撃つことに決めた。


 引き金にかけた指に、力を込める。


 その時、燕青は懐に手を突っ込んだ。


(何かするみたいなの……⁉)


 瓊英は一瞬警戒したが、彼我の間には相当の距離があり、仮に弓や弩を使ったとしてもここまで相手の攻撃は届かない。


 構わず、引き金を引いた。


 発射された光線はまっすぐ燕青の頭部目掛けて伸びていく。コンマ数秒後には脳を貫通するはずだった。


 キィン! と金属音にも似た鋭い音が響き、光線は掻き消された。


「どうしてなの⁉」


 悲鳴にも似た瓊英の叫び声。


 燕青は、巻物を広げていた。


 自分の顔の前を塞ぐように、両手で全開にして。




「防げた……!」


 若干の不安もあったが、読みは当たった。


 異なる世界から持ってきたがゆえに、魔星録はこの世界の理から外れ、絶対に破壊出来ない物となった。ならばその特性を利用して、重量のある剣や砲弾を防ぐの無理だとしても、光線であれば防げるのではないか――と考えた燕青は、一か八か試してみた。


 見事に、火尖槍から放たれた光線は、巻物に当たった瞬間、消滅してしまった。


(いける!)


 一旦足を止めていた燕青は、再び駆け出した。


 続けて、もう一方の狙撃手から放たれた光線も、魔星録で防いだ。次の狙撃までの間に、出来る限りの距離を詰める。


 かなり防壁に近付いたところで、少女の方が光線を撃ってきた。今度は脚を狙ってきた。が、当然そう来るだろうと読んでいた燕青はすでに跳躍しており、軽やかに光線をかわした。着地してから、防壁へと駆け寄り、出っ張りやくぼみを利用して一気に上へと躍り出た。


 登り切ったすぐそこに、狙撃手二人がいた。


「くっ⁉」


 男の方は火尖槍を捨て、剣を抜いて斬りかかってきたが、燕青はその攻撃をヒラリとかわすと、服を掴んで脚を払い、防壁の外に向かって投げ飛ばす。


「うわあああ……!」


 叫び声を上げながら、男は下へと落ちていった。


 少女は火尖槍を構えようとした。が、それよりも先に燕青は接近し、彼女の腕を押さえ込んだ。接近戦は得意ではないのか、観念した表情で、少女は燕青のことをジッと見ている。


「……殺すなら、殺せ、なの」

「物騒なこと言うな。殺すのは別に好きじゃない」


 とは言え、厄介な敵だ。ここで始末しておかなければ、後悔することになるかもしれない。


 そこでふと、小倩の言葉を思い出した。


――殺さなくても済むなら、お願いだから、人は殺さないで


「しょうがないな……」


 軽くぼやいてから、少女の頸脈の辺りに当て身を入れた。「うっ」と呻き、少女は気を失う。


「約束は守るよ、小倩」


 火尖槍を拾う。せっかくだから、男の方が落としたもう一挺も拾う。これらが仙人のための武器だというなら、自分なら扱えるはずだ。


 そして防壁の上から、刑場の方を見た。


 最初に燕青が目にしたのは、魯智深が最後の機械兵を破壊するところだった。


 白雪の上に、粉々に砕けた機械兵が何体も散乱している。林冲は素手だから、どうやら魯智深が全部壊したようだ。


 だが状況は芳しくない。たった一人で全部を相手していたせいか、僧衣はところどころ肌が見えるほどにボロボロになっており、額からも血を流している。息も絶え絶えの満身創痍。いまは林冲をかばいながら、陸謙と一騎打ちをしている。


 飛行音が聞こえる。奥に見える塔の裏側から、凌雲が飛んできた。そして上空で静止すると、斜め下に向けて、火尖槍を構えた。狙いはきっと魯智深だ。


(やらせるかよ!)


 急いで燕青は自分の火尖槍を構える。使い方を確認している暇はない。見様見真似で敵が使っていた様子を思い出しながら、狙いを定めた。


 スコープを通して拡大された凌雲の姿が見える。撃つべき箇所はどこか。体が機械で出来ている以上、普通の人間と同じではない。どこに当てても意味がないように思える。


(なら――!)


 凌雲の周りを浮いている風火輪のひとつに照準を合わせる。六つ揃って空中に浮かぶように制御しているというのなら、ひとつでも壊せれば、バランスを崩せるはずだ。


 引き金を引く。


 放たれた光線が風火輪を貫いた。その途端にガクンと凌雲の体は傾き、彼女の火尖槍から発射された攻撃は魯智深に当たらず、傍らの積雪を溶かす程度にとどまった。


「ぐ……!」


 一発撃った瞬間から、全身を気怠さが襲ってきた。人間の生命力を削ることで使えるという宝貝。我が身をもって、そのことを実際に理解出来た。けれども、慣れで克服出来そうだ。


 もう一撃、と引き金を引いた。しかし、発射されない。続けて撃つのには時間がかかるようだ。仕方なく脇に置いてあったもうひとつの火尖槍を取り、構える。


 二発目の狙いは――陸謙だ。


 小倩を死に追いやった、憎き敵。


(お前には容赦しない!)


 頭部に照準を合わせ、引き金を引いた。


 凌雲への狙撃に気が付いた陸謙は、回避しようと動きかけていたみたいだったが、燕青が撃つ方が早かった。


 まっすぐ飛んでいった光線は、陸謙の眉間を貫いた。


 驚愕で目を見開いた陸謙は、力を失い、雪の上にドサリと倒れる。


「よし!」


 防壁上から飛び降りる。下は柔らかな雪が積もっているから、難なく着地出来た。他に敵がいないことを確認して、林冲と魯智深のそばに行こうとした。


 が、二歩も進まぬうちに、燕青は足を止めた。


 即死だったはずの陸謙が――起き上がったのだ。

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