第36話 明かされる世界の秘密

「な……」


 絶句する。不可能、と断言された。つまり打つ手は無いということだ。この結果は十分予想出来ていたとはいえ、いざ突きつけられると辛いものがある。


「すみません。ですが、嘘はつけませんので」

「どうして壊せないんだよ! まだちゃんと話も聞いてないのに、わかんのかよ!」

「もちろん、私がこれまでに見聞きした全てが、正しいのであれば。でも、間違いはないでしょう。まだ燕青さんには理解しがたいことかもしれませんが、その巻物はこの世界とは異なる所から持ち込まれました。そのため、この世界の理から外れている。ゆえに壊せないのです」

「そんな……だったら、最初からこんな巻物、仙姑にでもくれてやればよかった……それで、この国をさっさと脱出してれば、小倩は……」


 燕青は崩れ落ちた。そこへ慰めるようにして、柴進は優しい声をかけてくる。


「人の生き死には天命に基づくものです。どのような道を選んでも、定めは変えられません。それに、きっと敵は、魔星録を持っていなかったとしても、あなたを襲い続けるでしょう」

「あいつらは……そんなに、俺のことを始末したいのか……?」

「魯智深さんから聞きましたが――燕青さん、あなたは不死身の体を持っているそうですね」

「……それが、何だよ」

「私の推測が正しいなら、あなたは記憶を失っている。違いますか?」


 どうしてわかったのかと、燕青は息を呑んだ。まだここでは誰にも話していないのに。


「これまでに違和感を感じたことはありませんか? まるで自分がこの世界の住人でないかのような感覚を、ずっと抱き続けていたのではないですか?」

「何でわかるんだ……?」

「あなたと同じような人と、一度出会っていますから」


 パンッ、と柴進は強く手を叩いた。彼女の意思で自在に映像が変えられるのか、燕青の左横の壁に、過去の映像と思われるものが映し出された。


 背の高い、遊女のような格好の妖艶な女性が、ガラスを挟んで柴進と対峙しているものだ。


「こいつは誰だ……?」

「名は王倫。一年前、百八の魔星が落ちたのと同じ時期にこちらへやって来ました。彼女は私の屋敷を訪れた時に、『いずれ燕青という名の少年が現れる』と教えてくれた。つまり、すでにあなたが来ることを予見していたのです」

「どうして……!?」

「それについては詳しく教えてくれませんでしたが、他のことは色々と話してくれました。そこからわかるのは、あなたが、向こう側からやって来た人間ということです」

「向こう側?」

「――仙人、という存在はご存知ですか?」

「宝貝を使ってたとかいう、伝説の連中だろ。それがどうしたんだよ」

「仙人は不老不死です。一度命を落としても、体内から湧き出るエネルギーが肉体を修復し、魂魄をつなぎ止めます。それゆえにたとえ心臓を射貫かれたとしても、一回では、決して死ぬことはない。……そう聞いて、何か、心当たりはありませんか?」


 燕青は言葉を失った。それはまさに、自分のことではないか。


「世界は、一つではありません」


 柴進が手を叩くと、両側の壁が鏡のようになった。合わせ鏡状に、燕青達の姿が無限に展開されている。


「このように並行して、いくつも似た世界が存在している。全く同じ顔、同じ名前の人間がいる世界もあれば、ほとんど異なる世界もある。それこそ男女の性別が入れ替わることだってありえます。それが、王倫さんから教わった、この宇宙の真の姿です」

「待ってよ、じゃあ、俺は――」

「はい。受け入れがたいとは思いますが、これは事実」


 柴進は悲しげに眉をひそめ、小さく頷いた。


「あなたは、こことは異なる世界からやって来た――『仙人』なのです」


 あまりにも途方もない話を聞かされて、燕青はただ呆然とする以外に、どう反応したらいいのかわからなかった。


「仙人は、あなたと、王倫さんと――わかっている中では、さらにもう一人います」

「誰……?」

「高俅です」


 殿師府太尉にして、討仙隊の総隊長。命を狙った相手でありながら、いまだその顔すら思い出せない人物。その男が、自分と同じ境遇の人間なのだと知り、思わず燕青は身震いした。


「もともと王倫さんは、高俅を追ってこの世界にやって来たとのことでした。三人の中では、彼が一番最初に来て、次に王倫さん、そして燕青さんという順番で来たようです」

「どうして高俅は、そんなことを」

「王倫さんから聞いた以上のことはわかりませんが――元の世界においても、高俅は禁軍のトップに昇り詰め、反乱軍と戦いを繰り広げていました。そして、その反乱軍の幹部達は、伝説上の百八魔星の名を語っていた。その中の一人に、燕青さん、あなたもいたそうです」

「なら、この魔星録は……仙姑の名前を記したものじゃなくて……」


 床に落ちている巻物を拾い、広げてみる。


 これは仙姑のリストではない。元々燕青がいた世界においての、反乱軍の幹部達の名前を記したものなのだ。


「反乱軍と国の戦いは熾烈を極めたそうです。ですが、次第に反乱軍の方が劣勢になり、ついには都へ玉砕覚悟で攻め込んだのですが――結局、全滅したとのことです」


 燕青は、いままでに蘇ってきていた記憶を振り返ってみた。林冲と魯智深は、どこか戦場のような場所で命を落とそうとしていた。あれはつまり、最終決戦で自分が見た光景、ということなのだろうか。


「それでも、反乱軍が国に打ち込んだ楔は大きかったようです。激戦に次ぐ激戦で国力は低下しており、兵士達の士気も落ちていたところへ、北の国が攻め込んできました。そして――」


 前の世界における宋国は、あえなく滅亡してしまったというのだ。


「国が滅んだ後、高俅は最後の手段に出ました。それが、世界を移動する秘術です」

「何でそんな術が使えたんだ……?」

「それは知りません。王倫さんは肝心なことを話してくれませんでしたから。とにかく高俅は術を行い、成功した。そうして新しい世界――こちらへやって来た高俅は、さっそく宮中に潜り込み、この世界においても実権を握りました」


 そこで、柴進はこちらに背を向け、後ろ髪をかき上げた。


 うなじに白い文字で「貴」と入っている。仙姑の証だ。


「『世界は違っても、大きな歴史の流れは変わらない』。これは、王倫さんが教えてくれたことです。あなたが元々いた世界では、反乱軍によって国は弱体化した。すなわち百八の魔星を名乗る者達によって、宋国は滅びました。そしてこの世界では、百八の魔星を宿した私達仙姑が存在している。もしも同じ歴史を辿るのだとすれば、この国は、私達の手で滅ぼされることになる。だから高俅としては何としてでも私達仙姑を殲滅したいはずです」

「待って。高俅は反乱軍と戦ってたんだろ。だったら何で、魔星録を必要としてるんだ? 仙姑の中には、禁軍に所属してる奴もいる。同じ歴史の流れだっていうなら、そいつらは前の世界でも元々は禁軍だった、ってことじゃないか。それくらいのこと、何で憶えてないの?」

「確かにそうです。少なくとも、三年前にこの世界へ来た時点で、憶えている範囲の仙姑は抹殺出来たはずです。けれども、そうしなかった」


 そこで柴進は、燕青の目をしっかりと見据えてきた。


「おそらく――術が失敗して、そのせいで記憶を失ったのかもしれません」

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