第30話 禁軍の中に入り込む仙姑

 途中で小休止しながら進んでいくうちに、夜は明けてきた。一度、森の中の村に辿り着いたが、ここでは水と饅頭を買うだけで、すぐに通過した。出来るだけ先へ進んでおきたかった。


 だが無理がたたったようだ。昼飯を食べてから、数時間歩いたところで、目に見えて小倩の調子が悪くなってきた。ほとんど歩き続けなのだから、無理もない。


「そろそろ限界だな」


 林冲がそう言ってから、しばらく谷間を歩いていると、ちょうどよく村が現れた。


 地図を見ればこの先は野猪林という森が続いており、次の村へは距離からして一日はかかりそうだ。歩行スピードも落ちていたので、ここで仮眠を取ることにした。


 村は中継地点となっているからか、それなりに栄えている。旅に必要な物を売っている道具屋や、衣料品店もあり、都の一角のような賑わいを見せている。ひとまず買い物を済ませてから、宿に泊まることにした。


 部屋に入ってから、林冲は、「先に魔星録の内容を把握しておきたい」と頼んできた。考えたら彼女にはまだ中身を見せていなかったし、ここまで来て隠す必要もないだろうと、燕青は机の上に巻物を広げてみせた。


「こうして見てみると、禁軍の中にも仙姑は大勢いるな……」


 巻物の上を指で追いながら、林冲は呟いた。


(いいのかな)


 狭い室内で、肩を並べて椅子に座っている林冲の、よく整った横顔を見ながら、燕青はカチコチに固まっている。後ろを向けない。なぜなら小倩が着替えている最中だからだ。


 都から着てきた服はかなり目立つので、村で買った服に着替えることにした。それはいいのだが、場所がないからと、小倩は部屋の中でいきなり脱ぎ始めたのだ。いくら燕青が同じ女性だからって、ちょっと無頓着すぎないか、と思っていた。


「けっこう禁軍の中にも仙姑はいるのだな。関勝に、秦明、花栄までもか……呼延灼もいる」

「呼延ってことは、凌雲と関係が?」

「彼女は呼延家の三姉妹の長女だ。真ん中に鈺という次女がいて、一番下が凌雲、だな」

「ひょっとして、さっきから名前の出てる禁軍の奴らって、みんな十代の女なの?」

「そうだが、何か変か?」

「え、変だろ」


 むしろ林冲が不思議に思っていないのが信じられない。こんなにも多くの十代の少女達が、大人の男達を差し置いて武官になっていることが、燕青は納得出来ない。


 ということをそのまま林冲に伝えたところ、彼女は「ああ」と納得したように頷いた。


「女が武官として活躍しているのは、むしろ当然のことだろうな」

「なんで?」

「まず前提として覚えておいてほしいのは、『女性は文官になれない』ということだ」

「え? 文官なんて、逆に女の方が向いてるんじゃないの?」

「この国では武官のほうが地位は低いんだ。なぜだかわかるか」

「いや……命のかかってる仕事をしてる奴のほうが、貴重だと思うけど……」

「もちろん、有事の際はな。ところがその必要がないとしたら? 他国を攻める必要も、他国に攻め込まれる恐れもないとしたら? 武官は役に立つと思うか?」

「それは……いらないかも」

「この宋国は金品を使った外交によって、平和を買っている。おかげで武官が必要となる変事は長いこと起きていない。むしろ武力を持った人間がいると、クーデターを起こされる恐れもあるから、皇帝は武官に権力を与えないようにしてきた」

「ふうん。だから女の軍人が多いのか。必要のない官職だから」

「そういうことだ」


 林冲は頷いたが、すぐに魔星録をトントンと指で叩いた。


「とはいえ――いまは状況が変わってきている」

「仙姑が現れたから?」

「そうだ。これまで蔑ろにされてきた武官達に役目が与えられるようになってきた。……もっとも、活躍しているのは主に討仙隊に雇われた、得体の知れない者達ばかりだがな」

「得体の知れない?」

「ほとんどが新たに登用された者達だ。山賊上がりの者や、単なる武芸者などもいる。とにかく強ければいい、という方針でスカウトされている。元からいる武官達にとっては不愉快極まりないことだが、軍の最高責任者である高俅の方針だから、どうしようもない」

「だけど、どれだけ強くても、仙姑には敵わないんじゃ……」

「そのために宝貝があるんだと思うよ」


 後ろから小倩が声をかけてきた。振り返れば、着替えは終わって、村娘風の地味な服装になっている。寝台の上に座り込んでる小倩はニッコリと笑い、「似合う?」と尋ねてきた。


「小倩の言う通りだ。討仙隊の幹部クラスは、全員宝貝を使える」

「あれ? だけど、宝貝って仙人か、人造仙人じゃないと扱えないんじゃないか?」

「もちろん」

「だったらどうして全員宝貝を使えるんだよ」

「奴らは体を改造している」

「改造?」

「必要となる部分を機械化したり、補助具を付けたり、様々な形で人造仙人の技術を応用している。肉体の強化もあるが、主な目的は機械化した部分にエネルギーを蓄積することだ。そのおかげで、無尽蔵というわけにはいかないが、数回程度であれば問題なく宝貝を使える」

「どうして、そこまで」

「私は彼らではないからわからない。なんであれ戦い好きな連中であることは確かだ」

「とにかく対仙姑に特化した肉体に改造した、ってことか……」


 ますます敵集団の異常性が浮き彫りになってきた。なんだか気分が悪い。


「さて。話はこれくらいにしよう」


 ポン、と林冲は手を叩いた。


「休んだほうがいい。交代で三時間ずつ寝て、それから出発だ。先に燕青と小倩が休んでいてくれ。その間、私が見張りをしている」

「わかった。よろしく」


 床に敷かれた茣蓙の上に、燕青はゴロンと横たわった。小倩も寝台の上で布団にくるまる。二人とも寝不足だったので、すぐに寝息を立て始めた。

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