第29話 宝貝

「二年前のことだ。誰が最初に提唱したのかは知らないが、宮中である計画が立案された。遙か古代に使われていたという伝説の兵器、『宝貝』を発掘しようというものだ」

「『宝貝』……」


 その名は、たしか凌雲が口に出していた。あの伸縮自在の羽衣がそうだったはずだ。


「宝貝とは古代語で、伝説上の古代兵器の総称だ。誰もそんなものは実在しないと思っていたが、いざ計画が実行されると、各地から本当に発見された。宮中は沸き立った。ひとつひとつが一城を落とせる威力を持つと言われている宝貝だ、どんな国が攻めてこようと恐るるに足らず。むしろこちらから侵攻することも可能だと。……そう、国の者達は思っていた」

「実際は違った?」

「使えなかったんだ」

「使えない?」

「宝貝は普通の人間に扱えるものではなかった。テスト運用の際、兵士達は一回使えるか使えないか、というところで次々と倒れていった。中には命を落とした者もいる」

「その宝貝を使おうとした、本人が、死んだってこと?」

「研究の結果わかったのは、宝貝は人間の生命力で作動するということ。それも一回の使用で一人分の生命力を消費する。要は、一回使うだけで瀕死になるか、死んでしまうわけだ」

「そりゃ確かに使えないや」

「だが、それでは計画を遂行する者達としては困ってしまう。反対する一派もいるから、絶対に成功させなければならなかった。その流れで出てきたのが、『人造仙人計画』だ」

「『人造仙人』……?」

「伝説において、宝貝を使っていた者達は普通の人間ではない。『仙人』と呼ばれる者達だ」

「『仙人』って何?」

「この世界とは異なる世界に住むと言われる存在。人間よりは神に近く、決して死なず、決して老いない、この世の理を外れた者達。それが伝説上の『仙人』」

「伝説って言っても、宝貝が本当にあったんだから、そいつらも実在したってこと?」

「そういう理屈になるだろうな。また、仙人なら宝貝を扱えた、というのも筋は通る。不老不死なのだから、言い換えれば生命力は無限大、ということだ」

「なるほど」

「だが、どこにいるのかもわからない仙人にしか使えない、というのでは話にならない。だから国の研究者達は、発掘した宝貝からヒントを得ながら、自分達の手で人工的に仙人を作りだそうとした。その結果、最初に生まれたのが――凌雲、というわけだ」

「え? じゃああいつは、いちから人の手で作られたってこと!? 人間が、人間を作った!?」

「……だったら、あまり問題はなかったんだがな」


 突然、林冲は黙ってしまった。しばらく無言で歩き続ける。様子がおかしいので、燕青と小倩は互いに顔を見合わせた。


「姉様。『だったら』ってどういうこと?」

「ここから先の話は……小倩、お前には辛いことだぞ」

「いいよ。教えて。ちゃんと聞かせて」

「わかった」


 ためらいがちに林冲は頷いた。


「最初から人間の全てを作るのは難しかったようだ。理屈は知らないが、無から生み出すのではなく、元々あるものを改造する。そういう形でなければ人造仙人は作れなかった」


 燕青は背筋に寒気が走るのを感じた。


 わかってしまった。林冲の話の結末が。


「いくらでも素材は集まったことだろう。が、なかなか成功しなかったようだ。こうして計画開始から半年が経った頃――都の近くで、旅に出ていた名門呼延家の兄妹が殺された。都へ戻る途上で山賊に襲われたんだ。そのうち妹の死体は運良くあまり傷がついていなかった」

「それって、つまり……」


 と尋ねた小倩の声は、ハッキリとわかるほど震えていた。


「想像した通りだ。その妹の名は、呼延凌雲。死体は素材として運び込まれた」


 林冲は忌々しげに語り続ける。


「呼延家の当主からも費用の提供があり、『何としても娘を復活させてくれ』と依頼があったそうだ。その時もまた失敗に終わるものと、研究者達も覚悟していたことだろう。ところが――技術の積み重ねゆえか――成功した」

「呼延凌雲の死体を基に、人造人間が、完成した……!?」

「性格は生前と違い、記憶も失っているため、結局は呼延家の係累から外されてしまった。本当は、呼延家としては全てを無かったことにしてもらいたかったんだろうが、それは軍の方が認めなかった。なぜなら、凌雲の後も同じように人造仙人を作ろうとしたが、結局いまに至るまで成功は無し……彼女だけが、唯一の成功例だからだ。昨日の夜、私が『凌雲が仙姑であるはずがない』と言いながら、すぐに考え直したのは、いま話したような事情があるからだ」

「凌雲は、他には存在しない貴重な人造仙人だから……?」

「そうだ。彼女を失うことは、大きな損失になる。だから殺せない。しかもいまや彼女は討仙隊第二隊の隊長であり、対仙姑においては欠かせない戦力だ。仙姑であるならば、逆にその力をもって仙姑を制す――討仙隊、というか高俅の思惑は、そのようなところだろうな」


 重い空気が流れた。


「信じられない……人の体を、そんな風に道具みたいに使うなんて……」


 小倩は青い顔をしている。心優しい彼女にとって、この狂気に満ちた話は、あまりにも毒が強すぎたようだ。しかも素材になったのは、自分の大切な友人なのだ。


「燕青。君が敵に回したのは、そういう輩だ。強大で、冷酷無比。だから警告しておく。高俅との間に何があったのかは知らないが、これ以上関わるのはやめたほうがいい。こちらの被る被害の方が大きい。……それに、もしまた凌雲が襲ってきたら、次はきっとどちらかが――」

「やめて!」


 小倩が、林冲の話を遮った。


「すまない。私は、ただ」

「わかってるよ、姉様の気持ち。ありがとう。でも……」


 もうこれ以上いやなことは聞きたくない、とばかりに小倩は自分の腕を抱いた。唇を震わせて、いまにも泣き出しそうだ。


「んー……」


 ガリガリと燕青は頭を掻く。


「気にすんなよ。この道中であいつと戦うことになっても、殺しはしない」

「ほんと……?」

「無力化すればいいだけの話だ。何も命を奪わなくたっていい」

「燕青……」


 小倩は、しばらく潤んだ目で燕青のことを見つめていたが、唐突に駆け寄ってガバッと抱きついてきた。


「お、わ!? しょ、小倩!?」

「ありがとう……そう言ってくれて、すごいホッとした……」

「ど、どういたしましてだけど、離れろって! 早く! じゃないと――」


 ワタワタとうろたえているうちに、林冲の形相がどんどん変化していった。最終的に悪鬼か羅刹か、といったくらいに恐ろしいものになり、


「貴様……妙なことを考えたら、貫くぞ……」


 槍先をこちらへ向けて、威嚇してきた。


 たしかに正面から胸の膨らみを感じるとか、髪の毛からいい香りがするとか、色々と意識してしまっていただけに、燕青は肝を冷やした。だけど、力任せに小倩を引き剥がすことも出来ず、ひたすらにこの恐怖の時間を耐え抜くしかない。


(どんだけ妹のことが大事なんだよ……!)


 心の中で、叫んでいた。

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