第24話 蘇る新たな記憶
「うっし、そんじゃあいただくとするか」
魯智深は禅杖を傍らに置くと、息絶えている燕青の体に近付き、その懐に手を差し入れた。しばらくまさぐっていたが、やがて、その顔を曇らせた。
「ない……?」
バッと襟を開き、よく見てみるが、燕青の体中探ってみても、巻物は見つからない。
「どうして……こいつが持ってるんじゃないのかよ……!?」
混乱している間に、体から立ちこめていた青いオーラはかき消えてしまった。急速に全身から力が抜けていくのを感じつつ、魯智深はやれやれとかぶりを振った。
「時間切れか。仕方ねーな……」
燕青の体から手を離し、立ち上がろうとした、その時だった。
死んでいたと思われた燕青が、突然、目をカッと開いた。
そして、服の裏に差し込んでいた簪を引き抜くと、魯智深の首に手を回してしがみつきながら、その頸動脈に尖端を押し当ててきたのだ。
「な……に!?」
完全に予想外の奇襲を受け、反応出来なかった。あと少し押し込めば、血管をブツリと切ってしまうところに、簪が当てられている。魯智深の額から汗が垂れ落ちた。
「自分でも驚いてる」
魯智深に抱きつき、簪を突きつけた状態で、燕青は話しかけてきた。
「どうやら俺は死なない体を持ってるらしい」
「死なない体……だと!?」
「もうこれ以上戦う意味ないだろ。魔星録はいま俺は持ってないし。さあ、どうする?」
「待てよ――まさか、てめえ」
魯智深は唇を噛んだ。ようやく、巻物がいまどこにあるのか、理解出来たのだ。
※ ※ ※
満福楼で曹正を呼び出す直前、燕青は小倩に魔星録を渡した。
『これから先、どんなことが起きるかわからない。だから、小倩に渡しておく』
『え? でも、燕青が持ってた方が安全じゃない?』
『凌雲みたいな奴が一度に二人も三人も襲ってきたら、正直厳しい。だから、一番狙われやすい俺は、あえて巻物を持たない。その代わり、敵の注意は全部俺のほうに引きつけておく』
『そんな……ダメだよ、燕青ばかり危険な目に遭うなんて!』
『俺が巻物を持って、お前が陽動、なんてことは出来ないだろ。だから俺が囮になるしかない。その間、お前は安全な場所に隠れてる。そういう作戦で行こう』
『わかった。でも、絶対生きて帰ってきてね』
※ ※ ※
綱渡りではあったが、敵の誰にも気が付かれることはなかった。つまり作戦はほぼ成功だということだ。
「さっき、『時間切れ』って言ってたよな。あの馬鹿みたいな力は、もう使えないんだろ」
「く……」
わかりやすいくらいに、魯智深は表情で答えてきた。
「じゃあ――傷も、もう回復しない、ってことだよな」
簪を握る手にグッと力を込めた。頸動脈さえ切れば、相手を倒せる。
「……わかったよ」
目をつむり、忌々しげに魯智深は言い捨てると、諸手を上げた。
「オレの負けだ。てめーにしてやられた、ってわけだ。だったらこの場は引いてやるさ」
「この場、だけじゃない。二度と俺に近寄るな。いいな?」
「おいおい、随分と厳しい条件だな」
魯智深は苦笑した。
不意に――ピリッと燕青のこめかみに痛みが走った。
(まさか!?)
何度も我が身に起きていたことだ。これは前兆だと感じた次の瞬間、脳髄を切り裂かんばかりの痛みが頭の中を襲ってきた。
「ふざ――けんな――こんな時に――!」
※ ※ ※
あちこちから煙が立っている市街地で、弱り切って足がふらつく燕青を支えながら、『魯智深』は先導していく。禿頭に汗を浮かべ、周囲を警戒している。
「しっかりしろ! 何とか都から脱出するんだ!」
背中をバシンッと叩いて活を入れてきた、その『魯智深』の胸を、どこかから飛来してきた矢が貫通した。グブッと血を吐きつつも、禅杖を構え、燕青の体を突き飛ばす。
「ここは、俺が食い止めてやる! 行けぇッ!」
※ ※ ※
(この記憶は――一体、何なんだ――!?)
まるで林冲の時と同じだ。今度は魯智深に組み付いている最中にまた記憶が戻ってきた。それもやはり同じく同姓同名の、僧形の男に関するものだ。
(待て――二人の、共通点――もしかして)
ズキンズキンと痛む頭を押さえながら、記憶が戻るからくりについて考えているうちに、自然と解放される形になった魯智深はすでに船の縁へと移動していた。逃げられてしまう。
「待……て……!」
「何が起きたのかわからねーけど、おかげで助かったぜ」
ニッ、と魯智深は爽やかに笑う。
「じゃーな。また会えたらよろしく」
ヒラヒラと手を振った、その刹那――魯智深は急に、血相を変えた。
「よけろ!」
「え?」
それは、いきなりのことだった。
倒れている燕青の体の上に、陽光を受けてギラリと光る刃が現れたかと思うと、その切っ先がまっすぐこちらに向かって突き下ろされてきたのだ。
「わ!?」
あわやのところで、何とか体を動かすのが間に合い、燕青は横転して攻撃をかわすことが出来た。甲板にドスンと刃が突き刺さる。
いつの間にか――船の上に、陸謙が立っていた。
(気が付かなかった……!?)
何の前触れもなく、突如姿を現して、いきなり斬りかかってきた。足音や気配がわからなかったのは、魯智深に気を取られていたせいだとしても、仰向けに倒れていたのだ、姿くらいは目視出来てもおかしくない。なのに、攻撃される直前まで、わからなかった。
「やれやれ、邪魔をしてくれたな」
奇襲に失敗した陸謙は、肩をすくめて、甲板から剣を引き抜いた。
「優先すべきは燕青だが……ついでのお前から、先に始末しておこうか」
「『ついで』ってなんだ、てめぇ!」
憤怒で顔を真っ赤に燃え上がらせた魯智深は、ゴウッと禅杖を振り上げた。
が、陸謙は大上段に剣を構えると、届かない間合いであるにもかかわらず、ブンッと力強く振り下ろした。
たちまち――剣から熱波が放たれた。
あまりの熱量で空間を歪ませながら、勢いよく飛んでいった熱波は、魯智深の体に正面からぶつかった。ドゴンッと重い音が船上に響く。
「うぁあっ!」
熱波の直撃を喰らった魯智深は、甲板から弾き出された。運河の中央あたりに向かって落ちていき、やがて水の音が聞こえた。
「これで邪魔者は排除した。あとは――」
陸謙は、再び燕青の方を向き、剣先を向けてくる。
「――お前を始末し、巻物を回収するとしよう」
「やってみろよ……!」
震える足腰に何とか力を入れ、燕青は頑張って立ち上がった。ジリジリと後退する。
背中側の、沿道の方を見てみれば、すでに弓を構えた兵士達が待機している。船から岸まで距離があるから、運河に飛び込まざるを得ないが、そうなれば格好の的になってしまう。
できればこれ以上の戦闘は避けたい。とはいえ、勝って切り抜ける以外に道はない。覚悟を決めるか、と思った、その時だった。
沿道に並んでいた兵士達が、その中心で何かが爆発したかのように、急にドンッと吹き飛ばされた。悲鳴を上げながら、バラバラと、兵士達は運河へと落ちていく。
「何事だ!?」
陸謙は咄嗟に剣を構えた。
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