第23話 魯智深との死闘2

「逃げてねーで、少しは攻めてこい!」



 魯智深は怒号を上げ、力強く踏み込んでからの、渾身の突きを放ってきた。当たればひとたまりもない。が、難なく燕青はヒラリと体を捻って、その攻撃をかわす。空を切った禅杖は、奇岩に突き刺さった。尋常ではない力で刺さっただけに、なかなか岩から抜けない。



「くっ! これが狙いかよ!」



 汗を流しながら禅杖を抜こうとしている魯智深の言葉に、燕青は何も返さない。ただ体勢を低くして、次に来るであろう攻撃に対して身構えている。



「けど――考えが甘えーんだよ!」



 引き抜くことを諦めた魯智深は、グッと柄を握る手に力を込め、「うおらァ!」と大喝一声、真上に向かって禅杖を振り上げた。その勢いで、奇岩はバカッと縦に割れてしまった。



 岩を壊すことで無理やり禅杖を抜き出した魯智深は、呼吸を整え、力を溜め始めた。



「小細工やめろ。どうせ、てめーの攻撃ではオレは倒せねえ。そろそろ詰みだって自覚しな」

「知ってるよ。そんなこと」



 ここに至って、燕青は口を開いた。



「だからお前に岩を壊させた」

「は? どういうこ――」



 魯智深の言葉は、途中で止まった。



 ギョンッ! と宙を走る怪音とともに、光線が、彼女の胸を貫いたのだ。



「……?」



 胸に空いた穴から流れ出る血を手で拭い、赤く染まった手の平を見て、魯智深は呆然と立ち尽くしている。ツ……と口の端から、血がこぼれた。




「なん……だと……?」



 光線が飛んできた、斜め上方を見上げる。高過ぎて視認できないが、攻撃は、確実に運河の脇に並んでいる高層楼閣群のどれかの屋根上から放たれてきた。




 さらにもう一撃、今度は燕青を狙って光線が放たれてきたが、すでに警戒していた燕青は攻撃を読み、甲板を転がって回避した。いままで立っていた場所を光線が貫き、穴を穿ったが、燕青自身はなんとか無傷だ。



 服の埃をパンパンと払いながら、立ち上がり、魯智深に目を向ける。



「いまの俺では、お前に勝てない。だから――討仙隊の連中を利用させてもらった」



 高所にいる狙撃部隊は、なぜこの船を狙わないのか。その理由が、甲板に積まれている奇岩、皇帝が遠方より取り寄せたという岩を傷つけてはならない、ということにあるのなら、逆に考えれば、その岩が壊れてしまえば、彼らは何のためらいもなく狙撃が出来るのではないか。



 そう考えた燕青は、わざと岩に、魯智深の攻撃を当てて破壊させた。



 読みは当たった。岩が破壊された直後、狙撃は開始された。いくら魯智深の体が頑丈でも、鋼鉄製のワイヤーを簡単に断ち切る光線を受けて、平気でいられるはずがない。



 魯智深の体がよろめいた。いまにも倒れそうな雰囲気だ。



 これで勝負はついた――そう思った時だった。



「オ、オ、オ、オ、オ!」



 いきなり、魯智深は仁王立ちして叫び出した。



 全身から青い光が滲み出てくる。光、というよりも炎のようにユラユラと揺れるそれから、凝縮された力を感じる。



「まだ、終わってねーぞッ!」



 禅杖を構えた魯智深は、キッと狙撃手のいる方向を睨みつけた。上に向かって薙ぎ払おうというのか。だが、狙うべき相手は、遙か三十層も上の方におり、絶対に届くわけがない。



 何をしようとしてるんだ――と思った燕青の目が、すぐに、驚きで見開かれた。



 魯智深の禅杖が、メキメキと軋む音を立てながら、巨大化し始めたのだ。まともな人間が持つサイズではない。巨人でもなければ扱いきれない大きさへと伸びた禅杖は、運河を越えて、右横の建物の壁にズンッと突き刺さった。壁板が砕け散り、路上にバラバラと落ちていく。



「ウオオオオオオ!」



 魯智深は、血管が浮き上がるほどに腕に力を込めて、巨大な禅杖を振り上げた。建物の壁にはバキバキバキと斜めに亀裂が走り、とうとう土煙を巻き上げて崩れ始めた。




「おい――」



 想像を絶する破壊を前にして、血の気の引いた燕青は、魯智深を止めに入ろうとする。



 けれども、遅かった。



 巨大化した禅杖は右側の楼閣群を切り裂いた後、ズバンッと屋根の上から抜け出た。しかしそれで終わりではなく、振り抜いた勢いのまま、魯智深は左の方へと禅杖を倒していく。



 見上げるほどの高さになっている巨大禅杖は、左側の楼閣の上に落ちるやいなや、重力が加わった勢いで、建物を斜めに一気にかち割った。爆発するような破壊音の後、煙とともに、犠牲となった楼閣がガラガラと崩壊していく。



 上にいた狙撃手達はひとたまりもないはずだが、付近にいる人々にまで被害が出かねない。



「やめろ!」



 燕青は飛びかかっていく。



 と、急に禅杖は収縮を始めた。元のサイズに戻り、魯智深の手に収まる。



「――!」



 燕青は、相手の間合いに入る直前で、足を止めた。その眼前に、禅杖の先端が突きつけられた。あとちょっとで顔面から敵の武器に突っ込んでいくところだった。



「いい手だったけどな。仙姑相手に詰めが甘いんだよ」

「傷が……治ってる……!?」



 光線で貫かれたはずの胸には、もう穴が空いていない。



「オレらはこれを最近流行りの横文字使って、星化登神と呼んでる。仙姑に宿る魔星本来の力を完全開放するんだ。オレの場合は、『武器を際限なく巨大化させる』こと。……で、その副効果がまた便利でさ、それまでに負った全ての傷が治るんだよ」

「なんだよ……それ……!」

「とゆーわけで、残念だけど――てめーの負けだ」



 ダンッと踏み込み、魯智深は禅杖を振った。


 燕青の頭部に重い一撃が叩きつけられた。ベギッと頭蓋の砕ける音が聞こえ――あっという間に、その意識は闇へと落ちた。



 力を失った燕青の体は、あえなく甲板の上に倒れた。

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