第18話 操刀鬼の曹正
コンコン、とノックの音がした。
「失礼するネ」
扉を開け、鮮やかな赤い色の、スリットの深い旗袍を着た少女が、部屋の中に入ってきた。
「本日は私のお店にようこそお越しいただいたアル。私が、料理長の曹正ネ」
「わあ……本当に、私と、そんなに歳が変わらないんだ……」
感嘆のため息をつく小倩に、曹正はニコッと笑みを向けた。
「今月、一六歳になったばかりヨ」
「そうしたら、私と一歳違いなんだね。私、いま一五歳だから」
「同世代の子に美味しいって言ってもらえて、とても嬉しいアル。どれがよかったアルか?」
「うん、私は小籠包が――」
「さっさと本題に入りなよ」
うっかりすると同世代のガールズトークが花開きそうだったので、燕青は割り込んだ。
むう、と小倩は頬を膨らませ、仕方なさそうに話を切り出した。
「曹正さん、あのね、聞いてほしいことがあるの」
「どうしたネ? 私の料理のことと違うアルか?」
「うん。それは本当に美味しかった。でも、ごめんなさい、一番話したいことは別にあって」
「……何カ?」
曹正はやや警戒の色を強くした。
「まず最初に言っておきたいのは、私達は味方だってこと。それと、曹正さんに変なことを要求するつもりはない、ということ。だから、あまり怖がらずに聞いてほしいんだけど……」
ゴクリ、と小倩は喉を鳴らした。
「私達、仙姑のリストを持っているの」
懐から巻物を取り出し、曹正に表題が見えるようにした。
「『魔星録』……?」
タイトルを読み上げた曹正は、なお表情を変えることはしなかった。しかし目には不安そうな色が浮かんでいる。
「それ、本当に仙姑のリスト? 誰かに騙されていないアルか?」
「全部を確認できたわけじゃないだけど、まず間違いないと思う。現実に、この巻物を狙って、討仙隊が私達を襲ってきたから」
「討仙隊が!? それ、本当の話アルか!?」
「うん。だけど私達は、これを討仙隊に渡すわけにはいかないの。だから、ある仙姑に渡そうと思ってる」
「誰アルか?」
「それは……言えない」
首を振る小倩に対して、ムッ、と曹正は顔をしかめた。
「なぜ隠すネ」
「だって、まだ曹正さんは、自分が仙姑であることを告白してないから」
「……!」
「万が一、もあるから。もしもこのリストに間違いがあって、曹正さんが仙姑じゃないとしたら――私がこの『魔星録』の内容を教えてしまえば、きっと大変なことになる。……だから、お願いします」
小倩は頭を下げた。
硬い表情のまま、曹正は立ち尽くしている。迷っているのだろう。
「お前さ――ずるい奴だな」
突然の燕青の発言を受け、曹正はゆっくりと顔を向けてきた。
「なん……て?」
「ずるい奴だな、って言ったんだよ」
「私のどこがずるいネ」
「小倩は危険を覚悟の上で、自分の持っている物がどんな代物か、ちゃんと説明した。それなのに、お前は、自分が仙姑であることをこの期に及んで隠してる。それってずるいだろ」
「あなた達の狙いがわからないアル。何をしようとしてるネ?」
「小倩がさっき言っただろ。俺達はお前の味方になれる。でも、お前がちゃんと仙姑だって言ってくれないなら、これ以上教えるわけにはいかない。どうする?」
張り詰めた空気が三人の間に流れた。
やがて、曹正は「……ふう」と息をついた。
「わかったヨ。あなた達を信用して、言うネ。私は確かに仙姑アル」
旗袍の胸元を開き、肩甲骨のあたりを剥き出しにした。
そこには、黒い文字で「稽」と浮かび上がっている。
「で? 次はあなた達の番ヨ。私に一体何の用があるカ?」
「単刀直入に言う。俺達はいま、都を出たいけど、出られない状況だ。指名手配されているから、門を抜けられない。だけど運河を走る船なら、少しだけ警戒が緩い。だから、満福楼の船に乗せてもらいたいんだ」
「外へ出た後はどうするつもりアルか?」
「この『魔星録』を、柴進の所へ持っていく」
「あの柴進の所へ……!? ということは、あの人も、仙姑アルか!?」
「知ってんのか?」
「会ったことはないけど、名前は有名ネ。宋国中に知られてるヨ」
「とにかく協力してほしい。これは、お前のためにもなることなんだ」
「うーん……」
曹正は迷っている。何が彼女を悩ませているのか、その思考が読めない燕青は、やきもきする。もっと簡単に即答してくれるものだと思っていただけに、この反応は予想外だ。
「おい、時間が無いんだ。さっさと結論を――」
「燕青君。待って。ちゃんと考えさせてあげて」
「だけど無駄な話をしてる暇なんてないんだぞ」
「お互い少しでも信頼関係を築こうとすることに、無駄、なんてあるの?」
それから小倩は、穏やかな笑みを浮かべて、曹正の顔を覗き込むようにしながら語りかけた。
「ねえ、曹正さん。私の話を、ちょっと聞いてくれる?」
「……?」
曹正は首を傾げた。燕青も、一体小倩が何を話す気なのかと、その横顔を注目する。
「私にはね、姉様がいるの。禁軍槍棒師範の林冲」
「あの『豹子頭』アルか」
「ふふ、そのあだ名、姉様が聞いたらすごいいやな顔するよ。でね、その姉様なんだけど……本当は私の姉様じゃないの」
「どういうことネ?」
「私と姉様には血の繋がりがない、ってこと」
燕青は目を見開いた。あまり似ていないとは思っていたが、まさか義理の姉妹だったのか。
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