第13話 帝国の都市風景

 一時間ほど歩き続けて、ようやく都の中心部まで来た。その頃には、雨はやみ、雲間から青空が見え隠れし始めていた。


 高層楼閣群は、遠くからでも威容を誇っていたが、近付くにつれて、さらに迫力を増してくる。燕青は吐息をついた。何十層にも連なった楼閣は、一体誰のためにあるのか。なぜこれほどまでに高く作る必要があるのか。


「ほら、ボーッとしないで。城門を通らないといけないから」

「城門?」


 視点を前の方に戻すと、確かに城壁がある。だけど町の中だ。なぜだろうと思って首を傾げていると、小倩が解説してくれた。


「この都は、三重構造になってるの。私達がいまいる場所は、一番外側の層。あの城壁の向こうが第二層で、通称『内城』と呼ばれているエリア」

「三層目は?」

「『宮城』、つまり、皇帝が住んでいる場所のこと」


 スッと手を上げ、小倩は正面を指差す。


「やっぱりあれが……!」


 城壁や、その背後に立ち並ぶ超高層の楼閣群の、さらに奥に見える――天まで伸びている塔。昨日の夜、林冲邸から見た、あの塔で間違いない。その最上部は雲の中に隠れている。


「あんなところに皇帝が住んでんの……!?」

「シッ、いまは門を抜けることに集中して」


 小倩に注意を促され、燕青はまた目線を地上へと戻す。


 外へ出る城門と違って、内城に入る城門は警備が緩いようだ。兵士達は目を配っているだけで、特に通行人を呼び止めてチェックをするようなことはしていない。


 意外とあっさり中に入れた。


「……ザルだな」

「メインの門とは違うからね。中央の朱雀門からだと、一気に上層へ行けるから、さすがにそこは警備が厳しいの。でも、いま通った保康門は、下層へ行く方だから」

「上層……? 下層……?」

「見てればわかるよ」


 二人は通りを進んでいく。


 城門を通り抜けた途端、笑い声や怒号、呼び込み等のやかましいくらいに大音量の喧噪が、体にぶつかってきた。人々の醸し出すドヤドヤとした熱気が、血を沸き立たせる。


 売り物を軒先に吊した商店が、いくつも並んでいる。ガンガンガンと鍋を叩いて客を呼んでいる老人もいれば、逃げ出した鶏を慌てて追いかけている青年もいる。


 道には溢れんばかりの人、人、人。この国の人間だけではない、明らかに目の色が違う異国の者達も歩いている。人気店の前は押し合いへし合い、そうでなくても常に誰かにぶつかりそうな恐れがあり、注意しながら歩かないといけないほどだ。


 これだけの人混みでありながら、辺りは薄暗い。周りの建物が高いから、昼間でも、日の光が地上に届きにくいのだ。そのせいで、建物と建物の間にワイヤーが張られて、そこに明かりのついた提灯が連なって吊されている。風が吹くと、提灯が揺れてカランカランと音が鳴る。


 上空を見れば、五階くらいの高さのところに、下の道と並行するように道が走っている。場所によっては完全に空を覆い隠しており、地上の道がアーケード状になっている所もある。


(まさか、あれが『上層』……!?)


 内城の立体的な構造に、燕青はすっかり面食らっている。


「ビックリした? この内城は、上下二層に分かれてるの。下層は誰でも入れるエリア。だけど上層は、都の人間でも、特に限られた人しか入れない場所。満福楼は、上層の方にあるわ」

「どうしてまた、こんなややこしい作りに……」

「もともと、この内城には一部の人しか入れなかったらしいんだけど、時代の移り変わりの中で、少しずつ緩和されていったの。でも、皇帝の宮城もあるから、完全開放するわけにもいかなかった。それで、あんな高い場所に、もうひとつ道を作った――ていうわけ」


 大勢の人で溢れかえっている通りをノロノロ進んでいき、やっと目的の場所が見えてきた。


「あそこから上に行くの」


 と小倩が指差した方向には、ひときわ目立つ緑色の建物が見える。


「朱雀門からだと警備の目を潜り抜けるのは難しいけど、あれなら、チェックする人は一人だけだし、そんなに大変じゃないから」

「階段かなんか使うのか?」

「違うわ。昇降機よ」

「『しょうこうき』……?」

「うふふ、その様子だと知らないみたいね。乗った時の反応が楽しみ」

「?」


 皆目見当もつかない燕青は、ただ首を捻るだけ。


 その目が――突如、険しくなった。


「つけられてる」

「燕青?」

「感じる。後ろの方に。気配を隠そうともしない」

「どこ……!?」

「ダメだ、見るな」


 振り向こうとした小倩を、肩を押さえて制した。


 燕青は雑踏の中から対象となる相手の音を拾った。なぜ自分にこんな技術があるのかわからないが、ごく自然に、尾行者の足音まで聞き分けることができている。


 シャーン、と澄んだ金属音が聞こえる。地面にドンッと石突きらしき物を打ちつける音もしているから、おそらく杖の類だろう。足音の重さから察するに、大柄な体型のようだ。


 試しに歩くスピードを落としてみたら、相手も速度を緩めた。やはり尾行してきている。


(討仙隊か……?)


 それにしては不自然な動きだ。まるでわざと、こちらに存在をアピールしているかのような態度。もしも討仙隊だったら、こんなことをするはずがない。


(まさか)


 討仙隊以外に、自分達をつけてくる人種で思い当たるのは、ひとつしか思い浮かばない。


「小倩、前言撤回」

「どうしたの?」

「自分が無謀なことをしようとしてるのはわかる。だけど――」


 燕青は立ち止まり、後ろを振り返った。


「ちょ、燕青⁉」

「――あえて向き合ってみる」


 尾行者も歩くのをやめた。

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