第9話 いまここにある危機を回避するために
「だけど、どうやってその仙姑ってのを見つけるの?」
「星が落ちた辺りを調べれば、大体の目星はつくわ。それに、仙姑となった少女の体には、星を表す文字が浮き出てくるの。漢字一文字で。例えば『天魁星』という星なら、『魁』という字が体のどこかに浮かんでる。その文字さえ見つけられれば、相手が仙姑だとわかるの」
「まさか女の子達に片っ端から『脱げ』とか言うわけ?」
「そんなことしないよ。時間がかかるし、色々問題あるし。でも、百八人もいる仙姑をヒントもなしに見つけられるわけないわ。……だから君の持ってる巻物が重要になるの」
「これか」
燕青は懐から巻物「魔星録」を取り出した。
「そこには、仙姑に宿っているとされる魔星の名が、全て記されているわ。たぶんそれは、仙姑のリスト。どうしてそんなものを君が持ってるのかよくわからないけど」
「俺だって憶えてない」
「でも、討仙隊は、君が現れることを予測してた」
「予測してた?」
「そ。仙姑百八人の名を全て把握している人間が、近いうちにこの都にやって来る、って。禁軍に勤めてる姉様は、いつも討仙隊に関わる情報を収集してたから、すぐにその話を知ったの。私にもこっそり教えてくれた。だから姉様は、星が落ちた時に、いち早く現場に駆けつけた」
「星が落ちた!?」
「昨日、町の中に落ちてきたの。仙姑の時と同じように、天から星が。姉様はちょうど近くにいたから急いで行ってみた、ってわけ。で、周辺を探してたら、運良く君に出会えた――」
「俺が現れたのと、星が落ちてきたことは、何か関係があるのかな……」
「わからない。ただ、姉様は異変に気が付いて、それがまるで仙姑の時と酷似してるから、これはもしかしたらって思ったみたい。要は、勘ね」
「待て。あいつは討仙隊じゃないんだろ? それなのに俺を探してたってことは、林冲は」
「そう――仙姑よ」
小倩はまぶたを伏せた。
「誰よりも国に忠誠を誓っていた姉様なのに、星を身に宿してしまった。そのせいで、望んでないのに、国に立ち向かわないといけなくなった。だから、姉様は仲間を必要としてるの」
「仲間? 同じ仙姑、ってこと?」
「仙姑の居所は掴めてないのは、討仙隊だけじゃない。仙姑も同じなの。お互いに、他の仙姑達がどこにいるのか、どういう名前のどういう人物なのか、ほとんどわかってない」
「じゃあ――この巻物を、もしどっちかが手に入れたら――」
ようやく燕青は、自分が持っている「魔星録」の重要性が理解出来た。
「討仙隊が手に入れたら、各地にいる仙姑達は、一気に窮地に追い込まれるわ」
「逆に、仙姑の誰かが手に入れたら……」
「仙姑同士で連合を組んで、本格的に国に抵抗を始めると思う。一人一人が、一軍に匹敵するほどの力を持ってるから、もしもそうなったら、本当に国が滅んでもおかしくないわ」
「信じられないな。いくらなんでも、たった一人で一軍に立ち向かえるってのは……」
「いつか君もわかるよ。仙姑の中には、好んで国に戦いを挑む人もいる。その結果、起こった被害の規模を知ったら、決して誇張なんかじゃないって、理解できると思う」
「どうすればいいんだよ。そんなに危険なら、仙姑は倒すべき連中ってこと?」
「やめてよ。私の姉様だって仙姑なんだから」
「なら、討仙隊を倒せば……」
「根本的な解決にならないわ。皇帝がいる限り、絶対にこの騒動は終わりはしない」
「現状維持が一番いいか」
「ううん、それだってダメだよ。時間はかかっても、少しずつ仙姑は見つかっていく。姉様なんて、禁軍勤めなんだよ? 討仙隊に近いところで働いているんだから、バレるのは時間の問題。だから、このままでいいとは思わない……思わないんだけど……でも……」
「少なくとも、この巻物がどっちかの手に渡るのだけは避けたい、と」
「だから焼き捨てたかったの。それなのに、できなかった」
こんな一見普通の巻物がどうして燃やせないのか、と燕青は首を傾げた。しかし現に、凌雲の混天綾に巻き付かれて、超振動で肉体を粉砕された時でも、懐に入っていたこの巻物は破壊されなかった。不思議な力が働いているとしか考えられない。
自分はなぜこんな巻物を持っているのか、自分は何者なのか。誰が敵で、誰が味方なのか。
「ここに俺の名前がある……ってことは、俺も、その仙姑の一人ってことか」
巻物を開いて、該当の箇所を小倩に見せる。
「たぶん、そういうことなんだろうね」
「これからどうしよう。この巻物、燃やしたくても、燃やせないんだろ?」
「うん。それなんだけど――」
と、小倩は巻物の、「天貴星 小旋風 柴進」と書かれている箇所を指差した。
「この人を頼ろうと思うの」
「何者だ、こいつ?」
「都から北の方の、滄州にいる貴族なの。この人のところには宋国だけでなく、外国からも色んな人が集まってくるから、誰も知らないようなことまで知ってるらしいわ」
「物知り、ってことか」
「それだけじゃない。この人の敷地には、宋国の法が及ばないの。ひとつの独立した国があるようなものね。だから、ここにさえ逃げ込めば、討仙隊だって手出しが出来ないはずよ」
「どうして、そんなのが認められてるんだ?」
「私も詳しいことはよくわからない。前の王朝の末裔だっていう話は聞いてるんだけど」
「他に頼れるような相手はいないのか?」
「心当たりのある人は、みんな軍の関係者だから……」
「じゃあ、こいつに助けを求めるしかない、ってことかよ。でも、ここに載ってるってことは、こいつもたぶん仙姑なんだろ? だったら、巻物の話をするのは危ないんじゃないの?」
「もちろん、私もそう思う。だから、最初はこの巻物のことは切り出さない。燕青の記憶喪失をネタにして、最初はそれを回復する方法を調べに来た、ってことで頼るの」
「なるほど」
「様子を見ながら、大丈夫そうなら、巻物のことを話す、っていうのが私の考え。どうかな」
「そうだな……」
少し考えてみたが、記憶の無い燕青には、他にすべきこともわからないし、この巻物がこの国を揺るがすほど危険な物であるということも十分理解出来た。
「わかった、とりあえず手伝ってもいい」
燕青の返事に、小倩はパァッと顔を明るくした。
「よかった……! 断られたらどうしよう、って思ってたの!」
「変な奴。なんで会ったばかりの人間に、こんな大変なこと頼もうと思ったんだよ」
「なんだろうね。相性かな。それとも前世の因縁? よくわからないけど、最初に会った時から、燕青のこと信用出来そうな気がしてたんだ。それじゃあ納得いかない?」
「いかない。しかも俺は記憶無くしてるんだから、どんな人間かもわからないじゃんか」
「だったら燕青は、どうして私の頼みを聞いてくれるの? 会ったばかりなのに」
「それは……」
行動を見る限りでは、小倩は信用しても問題なさそうだからだ。先ほどの戦いでも、自分が倒れている間、身を張って巻物を守ろうとしていた。あの一事に彼女の性格が表れている。
けれども、ただそれだけで手を貸そうという気にはなれなかっただろう。
初めて会った時から、どことなく、無視出来ないものを小倩に感じている。それが本当のところの答えなのだけど、何となく正直に答えたくはなかった。
「ところで、あの凌雲って何者なんだ?」
「うん?」
「討仙隊の第二隊とか言ってたかな、そこの隊長みたいだけど、小倩の知り合いなんだろ」
「あ、聞いてたんだ、あの会話」
「意識は戻ってきてたから聞こえてた」
「うーん……でも人違いかも。顔は同じだったから、私の幼馴染みだと思ったんだけど、髪の色も髪型も全然違うし、向こうも私のこと憶えてないみたいだし」
「でも、あいつ、なんか心当たりはあるようだったよ」
「そもそも凌雲ちゃんは二年前に亡くなってるの。旅行から戻ってくる途中で、山賊に襲われて。私、お葬式に出たもの。だから、私の知ってる凌雲ちゃんのはず……ないんだ」
「死んでるはず……か」
燕青は自分の胸に手を当てた。
さっき、凌雲の混天綾に巻き付かれた時、超振動で胴体を粉砕されたはずだった。脳髄まで引き裂かれそうな激痛を感じ、意識がブラックアウトしたのも覚えている。
確実に死んでいた。肉も骨もグシャグシャにされ、即死レベルのダメージを受けた。
それなのに、息を吹き返した。
(どうして生き返れたんだろう……)
胸に当てていた手を離し、今度はジッと手の平を見つめた。いつまでもそうしていたところで、答えは出そうになかった。
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