第7話 奮闘虚しく落命す
※ ※ ※
燃え盛る炎の中で、倒れている人々。年寄りであろうと赤子であろうと関係ない。等しく命を奪われている。中には首から上が無い死体や、焼け焦げている死体まで転がっている。
※ ※ ※
「あ、あ……」
胸の奥からこみ上げてくる感情のままに、燕青は嗚咽を漏らす。両目から涙が溢れ出る。いま頭の中に浮かんできた記憶の光景が、いつのものかはわからないが、自分にとって大事な場面であることは間違いない。
死んでいた人達はみんな、自分と関係の深い人々であり――誰かに虐殺されたのだ。
(一体、何が、あったんだ……!?)
ともあれ、頭痛は収まってきて、そろそろ立ち上がれそうになった。
その時、後ろからパタパタと足音が聞こえてきた。
「燕青、これ使って!」
振り返ってみれば、小倩だ。駆け寄りながらも、瞬時に状況を判断したのだろう、余計なことは何も言わずに、燕青に向かって抜き身の剣を放り投げてきた。
礼を言っている余裕は無い。飛んできた剣を掴み取って、素早く敵の方へと向き直る。
「何よっ、いきなり!」
凌雲は怒鳴ると、伸びていた羽衣を一旦収縮させて引き戻すと、再びドンッと撃ち出した。今度は距離が近いから、かわしている余裕は無い。
が、燕青は真っ向から飛んできた二条の羽衣を、剣を左右に振って弾き飛ばした。
「うそっ、防いだ!?」
目を丸くしている凌雲に向かって、燕青は駆け出す。
「シッ!」
鋭い呼気を吐き、間合いに入るやいなや、剣を振り抜いた。
確かな手応えの後、凌雲の右腕が切断され、宙に吹き飛ぶ。
「あ――ぐぅ!」
残った左手で、肘より先を無くした右腕を押さえ、凌雲は素早く後退した。
「姉……様……ひど……い……!」
激痛のせいか、顔は険しく歪んでいる。目尻に涙を浮かべて、しばらくこちらの方を睨みつけていた凌雲だが、いきなり地面にへたり込んでワンワンと泣き始めた。
「ひどいよぉぉぉ! 女の子の腕を、切り落とすなんてぇぇぇ! おにー! あくまー!」
天を仰ぎながら大声で泣き喚いている。
そんな凌雲の様子に、燕青は違和感を抱いた。
(痛みを――感じていない!?)
腕を落とされたというのに、まるで平気な様子でいる。しばらく右腕を押さえていたのも、演技だったのか、早くも手を離している。
「……なーんてね♪」
急に、ケロッとした顔で、凌雲は「えへ」と悪戯っぽい笑みを見せてきた。
「どうして……なんで、そんな……」
「姉様ってばあ。さっき説明したじゃない。私の体は生身の肉体じゃないんだよ。ほら」
と、右腕の切断面を見せてきた。
燕青は言葉を失った。
切断面には骨や肉、血管らしきものは見えない。代わりに、切断された人工的な神経が、バチバチと火花を散らしている。他には、およそ有機物とは思えないような硬質の繊維と、鈍い色の骨格が見えるくらい。かろうじて皮膚だけは本物のようだ。
「私の体は、機械で出来てるの」
「機……械……?」
「そ。宝貝を扱えるよう設計された人造仙人。それが私」
シュルルルと音を立てて、羽衣が戻っていく。右腕を無くしても操作に支障はないらしい。
「そして、これは宝貝『混天綾』。ちょっと私流にアレンジして羽衣にしてるけどね」
「小倩! 逃げてっ!」
不穏なものを感じて、相手から目を逸らさないまま、後ろにいる小倩に向かって怒鳴った。
「今度こそ、死んで」
凌雲の言葉の後、ドンッと異様なまでに重い音を発して、羽衣は二条の白い線を描いて、燕青に向かって襲いかかってくる。
(防げる!)
相手の攻撃は常に直線的だ。先ほどと同じように、燕青は剣で弾こうとした。
だが――突然、宙を滑空してきた羽衣は、燕青の目前で軌道を変えた。弧を描くようにして頭上を飛び越すと、そのまま背後へと回り込んだ。
(動きが変わった!?)
振り向く暇もない。
背中側から飛んできた羽衣は、左右から燕青の胴に巻き付いてきて、さらに両腕まで縛ってしまい、一切の身動きを取れなくしてしまった。
「く……そ! 何だよいまの動き!」
「うふふふ、驚いた? 混天綾は色々な使い方が出来るんだよ。別に持ち方はこうじゃなくてもいいし、動かし方も自由自在。まっすぐの攻撃しかない、って思ったのが姉様の間違い」
「直線攻撃しか仕掛けてこなかったのは、俺に、それしかないと錯覚させるためか……!」
「そー! 頭いいでしょ! 褒めて、褒めて」
「うるさい! この布、いますぐ、解け!」
「やーだ」
凌雲はニッコリと笑い――無慈悲に言い放った。
「死・ん・で♪」
次の瞬間、羽衣に振動が走った。視認出来ないほど高速の超振動。あまりの速さで音波が発生し、燕青の耳にキイインと鋭い音が聞こえてくる。
そして燕青の胴はゴシャッと粉砕された。
「ッ……!」
骨が砕け、肉が裂け、巻き付いた羽衣の隙間から血が噴き出る。ガハッと吐血する。心臓が粉砕され、激痛の中、意識が遠のいていく。微かに小倩の悲鳴が聞こえた気がした。けれども、もうどうしようもない。自分の体から命の光が消えてゆくのを感じながら――
燕青は、羽衣に絡み取られたまま、ガクリとうなだれた。
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