第12話 鬼退治③
ふと気づく。ふくらはぎが熱い。耳の先の痛みが増してきた。削られたってどれくらい削られたんだ?どれくらい取られたんだ?
…ともかく、茨木の弱点というべきは背中を向けた瞬間だ。そこをうまく狙えさえすればなんとか勝つ方法はある!だが、問題はそこをうまく狙うのが殆ど不可能ということだ。
こいつは素人じゃない。こっちが背中を狙っていることも、足を狙ったことも全部分かっている。だから、分かるような隙を見せない。いや、見せたとしてもそれはたぶん罠だ。
誘い込まれているんだ。
…で、どうするよ…結局よ…。
このまま、対抗手段が思いつかない状態で、背中さえ…って言ってれば…振り回されるのについていけなくなって俺は死ぬ。でも、どっちみちこいつが背中を見せない限りは到底何をするのも不可能だ。
…………。
このまま死ぬのか?
いや、俺はここで死ぬわけには…。
だが…少なくとも、今のままでは死ぬ。
茨木の低空からの切りつけを、低い構えで何とか防いでいくが、どんどん後ろに押し出されてしまっている。
考えろ。考えろ考えろ。考えるんだ。どうやったら、こいつに勝てるか。
防ぐだけなら…いや、下がりながら防ぐだけなら…なんとか少しだけ考える余裕がある!
どうやったら……。
どうやったら…?
糞が…!考えても、考えても思いつかない!
俺はこの戦いで勝って自分の力を示し、周りに認めさせなきゃならない!奏さんにもそして会長にもな。今までのけじめをつけるにあたって負けられない!
今まで通りで勝てる相手じゃない。今までとは違うやり方でいかねぇと…だがどうする。本当に、こいつが背中を見せるチャンスを待ち続けて防御するだけじゃ今までと変わらない。かといって、さっきみたいにこちらから攻めようとすれば失敗する。
だがこいつの動きをじっくりと見極めてる時間は無い。決めろ俺!さっさと決めろ!
右上からの斬り降ろし…
ここで隙を作る!
それに合わせて切り上げて弾く!
手がジンジンする…もう二度とやりたくない。刀も刃こぼれする。だが…これで少しの隙ができた。
少し、下がり再び間合いから離れる。
決めろ、決めろ、決めろ、決めろ!!さっさと決めろ!俺!
時間はなんとか作った…。本当になんとか作った!!刀で滑らせるんじゃなくて思いっきり弾くなんて多分もう二度と通用しない…。
「やっぱり…許君、貴方は強いわね……少なくともただの世間知らずのお坊ちゃんではないわ」
茨木がこちらに向けていた刀を下す。
…?
もしかして、今がチャンスか…?
「でも、やってきたから分かってると思うけど…貴方は少なくとも今のままだと私に殺されるわ」
じりじりと足先の動きで少しずつ近づいていく。
茨木がこちらに刀を向けなおす様子は無い。
「ハンデのつもりか…?」
「いえ、そうじゃないわ…だって貴方が近づいてきたところで意味ないですもの」
ピタリと足を止める。
こいつはやはりこれを罠だとも思ってないか。
「私はね許君、私自身が満足して死ぬためにもこの道を続けているの」
茨木の特徴は低い攻撃、早い動き、体術も交えた予想のつかない小細工、すさまじい体力。
「私は貴方に言ったわよね?人は自分が死ぬと思った時に死ねる唯一の生き物だと」
攻撃には殆ど隙は無く、唯一それらしいものと言えば背中を見せたとき。だが、それすら刺しこんでいいのか分からない。
「その人の中には私も入ってるわ」
そして、尚且つ俺はこいつを殺せない。
「私は自分より強い人間に殺される最期なんて…とても幸福なことだと思うの」
…決めろ。決めろ。どれを取る?隙をつく。そこに刺しこむ。いや…だが、その決定的な隙を俺はつかめない。
「だから、私は貴方を絶対に殺すけど…貴方も私を殺してほしいの」
斬り合ってハイになったか?あれだけ俺のことを恨んでいたはずなんだが。
「すまないが、俺はあんたを殺すわけにはいかない」
…隙をつかめないなら方法は一つだ。
「ふーん…その流儀背負ってくつもりなのね」
隙を作り出す。相手を力で屈服させる。
「なら、なおさら貴方を生かすことはできない」
決めた。
「貫き通したいのならやってみなさい、私は決してあきらめないわ、たとえ手を失おうともね」
「おうよ」
中段に構え一気に距離を詰める。こちらが勝ってるのはリーチ…だが、おそらくこいつはこれまで通り、こちらが詰めようと下がらない。それに合わせて上がって来るだろう。
ほら!!
地面すれすれ右下からの顎を狙った切り上げ!!もう、下がれない!下がればさっきの繰り返しだ!
こいつはさっきどうやって動いた?八相でどう動いた?思い出せ!!思い出せ!!!
左足を大きく側面に斜め前に向けて突き出すと同時に、上半身を捻る。そして、そのまま右足を運び体ごと回転し…
上から鍔に向かって突きを!!!!
…っ!防がれた…?いや、防がれはしたがつばぜり合いに持ち込んでる。くそ…危ない…あと少しで殺す所だった…。
刀を押し込んでいく。確実に茨木が刀を下げていく。…いける!!いける!!力押しなら上を取ってて…そして、長い分重さがあるこちらのほうが有利だ!!
押せ!押し勝て!!!!…いや、違う!!多分!多分だが、俺はこの鍔ぜり合いで押し負ける。いや、このチャンスに逃げられる!!ただの勘だが多分そうなる!!
やっぱり!!こいつ!刃の先を支えていた左手を離し、刀を完全に下に振り下ろさせた!やっぱり、そこから卍蹴りか!!
すんでのところで刀を引き、なんとか避ける。
っ茨木は刀を完全に地面に刀を打ち付けるのと同時に、こちらが上体を崩し、そこに蹴りを入れることを狙ってたか!
茨木が卍蹴りを繰り出し、ちょうどいま復帰するために体勢を直しているが…隙!!
そこを逃さず攻め入る。
少し、下がり避けられる。
だが、そこを八相の動きで詰めようと…駄目だ!足がもつれ…。
頭上を刀の先がかすめる。
あぶねぇ…少しバランスを崩したおかげで避けれたか。
茨木が刀を引くのがまだ間に合ってない!
目を見る。
驚きの表情。今、また隙を作り出した。
太もものちからを抜き、一気に体勢を低くする。いま、茨木の内側に入り込んだ。刀は外。右手の鍔。鍔に開いた穴。
そこを狙い、突き!!!!!
入った!!
「ちぃぃぃぃぃぃぃ!!」
茨木の口からそんな空気なのかよくわからない音が漏れる。初めての焦り。
鍔をとったが、茨木は刀を離さない。
そのまま押し込む。
右下からまた横腹に向けて蹴りが入る。痛い。臓器が本当に痛い。
だが、このまま押し込む!!
「うぉおおおおおおおお!」
鈍い音と共に、茨木がやっと刀を離した。いや、右手が曲がりすぎて力が入らなくなったか。
アスファルトに金属音が鳴り響き、黒と紅の刀がバウンドする。
そして、そのまま素早く後ろに回り込み、刀を端に捨て、首を両腕でロックする。
…
「参ったと言え……そうじゃなければここで気を失うだけだ」
「さて…どうかしらね……」
茨木は完全にバランスを崩し、地面に尻もちをついた状態でこちらに両腕で首を抑えられている。このまま、極められる以外ない。
「さっきの足運び…八相のつもり?でも意表を突かれたわ、普通背中を向けることはあっても背中を向けられることってないもの…」
心臓の音がうるさい。…いや、これは俺の心臓…違う、茨木の鼓動が混じっている。二つのリズムの違う鼓動が俺に鳴り響く。
茨木が拳を作り…少し、腕に力を入れる…地面をたたいた。…拳がすりむけ血が出ている。
そのまま彼女が大きくため息を吐く。
「分かった…わたしの負けよ」
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