第11話 鬼退治②
ほぼ尽きることの無い体力、あまりにも俊敏すぎる身のこなし。今までとは一線を画すような予想の難しい動き、騙し。俺の勝てる相手じゃないんだろう。普段なら。
今日まで、俺は奏さんと久々に斬り合わせてもらった。流石に真剣ではないが。自分の癖はなんとなく理解している。俺は今までどちらかというと優位に立つことが多かったから、相手の攻撃を待つ癖がついている。
まぁ、それはそうだろう。今まで相手を殺さないようにやってきたんだ。切りつけたら相手は死ぬ。
だから、聞いてみた。
「じゃあ、自分から斬りかかって相手を殺さないで済む方法ってあるんですか?」
「…さぁ…」
そう言って、奏さんがアルミでできた刃のついてない刀を構える。
つられてこちらも構える。
………
奏さんが動いた。一見無駄の多い動き。こちらに向かいながら、刀を右側に下げた。それに合わせて後ろに下がるが…その瞬間、右手に握られていたはずの刀が宙に飛ぶ。…一体、何が…?
手元を見る。手保護用の籠手があるだけだ。刀が無い。その代わり、奏さんの刀が手から少し横にずれたすぐのところにあった。いや、奏さんが横にいるってことか。
何が起こったのか良く理解できない。
「やるとしたら…こんなだね…」
1歩下がって、刀を拾う。
今のは…そうか、こちらが振り下ろすタイミングに一瞬で横にずれて鞘に近い場所でこちらの鞘をひっかけて刀をすっぽぬかせたのか。
「まぁ…もう曲芸みたいなものだからあんまり考えないほうがいいよ」
道場に夕日がさす。
刀を構える。
「許…私を1回殺してみな?」
…今、同じ目でこいつを見ている。あの日の夕暮れの斬り合い。今日のための斬り合い。オレンジがかった蛍光灯が橋の上を明るく照らし、空気が揺らいでいる。視界が少しだけかすみ、目の前の女が黒い影になる。
大きく、黒い影。鬼だ。影が揺らいでいる。
その口は不敵な笑みを浮かべている。
やるしかないか。
…奏さん…頼むぜ。
刀を構える。頭の隣で横向きにする。右手で柄の尻近くを握り、左手を刀身に添える。防御に特化した構え。あまり他の人間がやってるのを見ない。俺たちの特別な構え方。
これで、攻め込ませると思わせる。
おそらく、奴の足をひっかけようという考えは読まれてる。
まっすぐと目の前の化け物を見据える。
黒い影。時折揺らぎ、こちらの出方をうかがっている。時間を懸ければかけるほどこちらが不利になることを分かってるんだろう。ここから立て直しだ。
額に何か垂れている。
…おそらく、チャンスは茨木の死角ができる瞬間。つまり、変わらず背中を向けた瞬間。その瞬間に刀のほうに潜り込み、柄を尻から突き上げる。限界まで上げさせれば離さざる得ない。離さないなら、刀の下で肉弾戦になるだけだ。
…ただ…反対に回ったら。
俺が背を向けることになる。
どのみち腹を括る以外の選択肢は無い。俺はここで決められなければ死ぬだけだ。
…
行く!!
大きくそのまま1歩を踏み出し、刀を少しだけ右に傾ける。下から突き上げるため。相手から見れば、こちらの刀は左からの斬りを警戒しつつ、近づき切りつけるように見えるだろう。左腹を晒して…。
こいっ!!
来た!茨木は意表を突かれたのか、1歩下がった。そして、そのまま時間を与えないよう距離を詰める。更に刀を傾けながら、切り上げを狙っている様に。
茨木はこちらの意図通り、1歩下がってからそのまま距離を稼ぎつつ方向を変える為、回転を用いて近づいてきた。そして、左腹を狙ってきた!
!?
後ろに飛びのく。おかしい、上手くいきすぎだ。なぜこうも簡単にこいつは回った。足元を警戒してたはずだ。それで次に回るか?もう1度回るか?
茨木は相変わらず不敵な笑みを張り付けた顔でこちらを見ている。あいつ…何を考えている。
「何を考えてるの?許君」
っち…こっちのセリフだっつうの!!!
「惜しかったのにね」
茨木が構える。右半身を前面に捻りそのまま腕をひねって力こぶを作るような姿勢でこちらに切っ先を向ける。来る。この構えはあの康太さんをやった時の構え。目にも止まらない、突きが来る。分かる。
だが…ここは引けない。行くしかない。こっちからも攻めるしかない。先ほどと同じように構える。耐えてばかりでは結局ペースに巻き込まれて終わりだろう。俺が勝つにはこちらからせめて行かなきゃならない。
だから、おそらく次の攻撃…すさまじいことになる。二人とも相手に対する攻撃をあてに行く。
一瞬、頭の中に映像が流れる。夕暮れ時、奏さんの手から刀が飛ぶ。少しの間の後、「じゃあね」そう言って奏さんは消えた。あの日から今日まであってない。ちょっと待て、なぜ今それが頭に思い浮かぶ。
走馬灯か?
…
行く!!
先に仕掛けるのはこちら!ペースを作らせる前に攻める!!右に傾けるが、茨木が恐ろしい速度で近づいている。ほぼ、宙に浮いた状態で、体を回しながらただ右手だけをまっすぐこちらにつきのばして。
やっぱり、思ってるより早い。このまま、まっすぐ進めば死ぬ。なら…ここで、迎え撃つ…。いや、ダメだ。それじゃ、結局ペースに飲まれる。横にずれるのは間に合わないだろう。
前に走りながら膝の力を抜く。並行して、刀を動かす。茨木の突きは恐ろしく速い。体が前のめりになる。茨木の刀がもうすぐ目の前だ。右ひざがアスファルトにつく。
今!!
…!!
失敗した!!
顔のすぐ左横に刀が突き出ている。今、俺は右ひざを地面につけ、体を大きく右側に傾けながら左ひざだけたてて、左側に刀を振り上げている。今、俺の刀はこいつの脇腹にある。両者刀をスカしたか。
だが、今なら、相手の刃が届かない。こちらが下を取った。これは有利中の有利だ。今ならいける!!
そのまま斜め方向に右手を伸ばしながら大きく立ち上がる。茨木も負けじと下がろうとするが、逃がさない。そのまま右手をわきに差し込み…駄目だ、間に合わない!なんだ!?早い、急に腕を抜くのが早くな、いや違う視界からきえ
右わき腹にすさまじい衝撃が走る。内臓が回転し、体液が体に流れていることを感じる。まずい…下がらなければ、死ぬ!!
なんとか、腹をかばいつつほぼ転がるように後ろに下がる。
何が起きた…。茨木は、刀を逆手に持って、こちらに構えている。まるで…拳法かなんかの構えみたいだ。
腹…切られたわけじゃない。…う。左耳が一気に熱くなり、何かに耳たぶの上部をそこら中刺されるような感覚が走る。…切られた。左耳を少し持ってかれた。よけきれてなかったか。いま何をされた。
完全に茨木の構えが変わっている。組手の構え方だ。あれは刀単品で戦う構えじゃない。
そのまま、詰めてくる。
安易に手を出してこない…さっき投げようとしたのを学習したな?刀の先がギリギリ届くぐらいの範囲で逆手で上に向けて切り上げる。目的はこちらを下がらせることか。
…切り上げた刀を戻さない?違う、そのまま少し右に振りぬきつつ詰める…なんだこの姿勢は…!?
しまった!右から来る!!
頭を地面すれすれまでねじった位置からの蹴り。
卍蹴りか!?
あっ!!!!!
また、衝撃。肺から空気が全て出る。何かを考える余裕が無い。
「うぅ!!」
左側に刀を即座に傾ける。火花が目のまえで散る。銀色の火花だ。逆手の刀が明らかに首を据えていた。
そのまま刀の上を滑らせながら2歩飛びのき、左手で腹を抑えながら、右手で刀を突きだす。
だが、そのまま詰めてくる。こちらに回復の余裕を残さない気か。やはり…こいつは俺の力量を超えている。どれだけ鍛錬を積んでも、超えられない壁は確実に存在する。正直こいつを超える未来が見えない。
つよい。つよすぎる。刀が強いんじゃない。いや、正確には刀も強いが、違う。こいつ、身体能力が異常すぎる。フィジカルが強すぎるんだよ!!
攻撃を何とか弾き滑らせつつ下がる。
刀が強いだけなら正直、何とでもできるだろう。だが、こいつは違う。刀の技量。体の俊敏性。体術。小細工。卑怯さ。判断力。全てが俺を上回っている!!
茨木が口から息を吹き出す様に呼吸をしながら、地面すれすれの低さで近づいてくる。
刀に注意を向ければ、蹴りが飛んでくる。正直これ以上、あの蹴りを食らえば、俺の腹の中身が恐らくもたない。
詰んでいる!?いや…まだだ。
刀を地面に向け、1歩前に進む。
そんなに低い所で戦いたいなら、そこで戦ってやる。こいつ……こいつにはちゃんと弱点があるんだ。背中を向け…向けろ!!向けろ!!
さっさと向けやがれ!!
刀を地面を走らせるように、前に突き出しながら、足を1歩だし右側に構えつつ、そのまま切っ先を下向きにする。
空気がツンと冷える。
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