第13話 不屈
ワタシノマケヨ?
今、俺は確かにその言葉を耳にした。本当に、負けたとこいつは言ったのか?この茨木が?
「参ったって……離してよ」
目の前の、黒髪が少し揺れて、そして、こちらを見る横目が見える。
アスファルトの凹凸が膝にきていることに気づく。手が震え、呼吸が激しくなっている。
俺は…勝った?茨木に流儀を貫き通して勝った?本当に勝った?あの茨木に勝った?どういうことだ?
殺さずに、そして殺されもせずに勝った?
……勝った。
大きく息を吸い込む。汗と、香水と血が混じったにおい。それが肺に入り込んでいることが分かる。体の中から血の匂いが鼻に抜ける。
俺が勝ったんだ。
「ねぇ……離してって」
ちょっと待て。やけにあっさりとしすぎていないか?こいつ、どんな手段を使ってでも俺を殺したいがために立会人を付けなかった奴だぞ。それが生きたまま負けを認めるか?
茨木の横顔、こちらをうかがうためか少し首をこちらに捻っていたから見えていた口の端。それが少し上に上がる。
まずい。
…!?目の前にアスファルト!?
頭の中に火花が散る。目の中で花火が打ち出される。
なんだ!?何が起こった!?やはり、罠だった!?もしかして、こいつ取り押さえられたのも、いや、負けたのもわざと!?確実に殺すタイミングをつかむためにこちらを油断させる気だった?
痛い!!頭が割れそうだ!!首に何か熱いのが走ってる!!
思考を巡らせた瞬間、集中が少し外れた瞬間に投げやがった!?どうやって!?だが、それしかない!!そうじゃなきゃ、俺が今地面に転がさられている訳が無い!
「さよなら!」
空気が切れる振動!俺の上!首の……。
死ぬ!!!
……
…あれ。
まだ、意思がある。そして、痛みも無い。もう、死んだ?
……え?
刀が刀に防がれてる?しかも……その刀は…。
「っち……やっぱりついてきてたわね?毒親ぁ!」
この波紋は何度も何度も見た。最後に見たときには、夕日を反射して輝いていた。これは、奏さんのだ。
瞬時に、転がり、渦中から逃れる。
「よくやった、許!」
心が沸き上がるような音。声。灰色のスウェット。丈の長い白いシャツ。後ろで1本にまとめた黒髪。そこでは確かに奏さんが、茨木の刀を防いでいた。
「奏さん…!?なんで!?」
「簡単なことでしょ許君、この女が君を一人で死地に行かせるわけないじゃない、この過保護のかたまりがねぇ!」
茨木が刀を滑らせ、後ろに飛びのく。
「許、あんたの勝負は終わった、あんたの勝ちだよ、この女はあんたの流儀ではどうしようもない、生きてるうちは絶対に勝てない」
奏さんが刀を霞の構えで、茨木に向ける。
「だから、これ以上やるなら……私があんたを殺してあげる、茨木」
俺の流儀で勝てない…?だが、そしたら……結局今まで通りじゃないか?
「はぁ……しゃらくさいわね、毒親はやっぱり毒親……子供が一人立ちしようとしてるのにそれに手をだすなんて……で、それで?それが遺言?」
結局奏さんが全部何とかしてくれて……で、それに俺は甘んじるのか?
「分かってるでしょ?あんたは私には勝てない、死ぬんだよ、お望み通りね……鬼の名前なんてつけて、それで強くなったつもり?兄弟殺しの癖に」
茨木が走り、奏さんに向かって上から思いっきり切りつける。だが、軽く受け流される。
茨木はそのまま止まらない。さっきよりも、俺と戦っていた時以上に早い。とんでもない速さで、低所からの剣戟を繰り出している。まるで、体が宙に浮いてるみたいだ。何度も何度も、角度も方向も変えて、剣を打ち込み、刺しこむ。
だが、奏さんは少しだけ下がりながら、それを全て受け流し、そしてついに茨木の刀が空を刺した。そこは、本来ならきっと横腹だっただろう。
そこに奏さんが刀を下から刺しこみ、上へと斬り上げる。
「ふ~ん…逃げ足は流石ね」
奏さんの刀が飛ばしたのは、腕じゃなくて刀だ。刀が宙でまっている。茨木はすんでのところで刀を捨てて、後方にバク転して避けた。
「……っち、来い……!」
茨木の呼吸が荒くなっている。なんだ?俺の時とは全くの違いだ。実力の差か?俺と奏さんの……。
「丸腰に向かっていく程、私は鬼畜じゃないのよ」
「はぁ…はぁ……なるほど、この師にしてあの弟子ありね……」
「……良いわ、あんたがそれでやりたいって言うんなら合わせてあげる」
刀がアスファルトの上に優しく置かれる。
まずい……奏さんは知ってるのか!?茨木の本領が蹴りにあって、丸腰でも刀以上の脅威であるってこと!!
「…奏さん!そいつは…!」
え!?なぜ、こっちを見た!?茨木がもうすでにそこに!!
笑った…?奏さんがこちらに向かってほほ笑んだ……。え?
………。
茨木がぐったりと倒れている。その上に、すわる奏さん。
「許……よく頑張ったね」
「どうして来たんですか…?」
「…弟子の……私の弟子の成長を見守りたくてね」
俺のことを見守りたい?俺のことを信用してない……?いや、あくまでも成長を見守りたいなら……信用してないわけじゃない?だが、結局……俺のことを助けたってことは……。
「俺のことを信じてなかったってことですか……?」
「いや、違う…そういう訳じゃないんだ……」
奏さんが少し困ったような顔で笑う。
「……ほら、えっと………ほら、これ生きてるよ、まだ死んでない、一度受理された果たし状は期日以外は有効じゃない、だから、今日以降なら大丈夫」
……?え?どういうこと?なぜ、今それを?
「許……違うから、信用してないとかじゃないから、頼むよ……今日で最後なんだ、決めたんだから」
「分かんないです……さっきから奏さんが何を言ってるのか、よくわからないです…」
どういうことだ?最後?なんなんだ?奏さんはこの間からなんか変だ。まるで、もう俺と会えないみたいにやたら切ない顔ばっかりして……。
え……もしかして……。
「私、決めたんだ、許を教えるのはもうこれでおしまい、これからは許の前から姿を消そうって」
…
分からない。何で?奏さんが。俺の前から消える?なぜ?
「ん……」
なぜですか…?そういう前に自分の中で奏さんのことばが何度も反芻される。これからは許の前から姿を消そうって。なぜ、なぜ。
俺の前から奏さんが姿を消して何がある…?なぜ?なぜ?どうして?
……
「違います…!奏さんのせいじゃ、ちがっ!!」
間の抜けた昼間の匂い。この場には似つかない。そうか、これはこの人の匂いだったんだ。気づけば、彼女は俺のすぐ横にいた。
その匂いが一層強く、強くなった。俺の体が優しく包まれる。彼女の匂い…違う、これはきっといままでの匂いだ。今日までの日常。これできっと最後なんだろう。なぜか本当にそんな気がする。
なぜ奏さんが俺と別れると急に言い出したのか、さっきまで考えていたはずのそれがどこかに飛んで行ってしまった。ただ、本当にこれで終わりなんだって。この人は口下手で、いざはっきりと物事を言う事ができない。そうだった、昔からそうだった。
俺はそんなこの人とのなんでもない毎日が、刀なんて関係なくこの人と過ごしてきた今までがたまらなく愛おしかったのだ。
俺を刀の道に引きずり込んだのはこの人だ。この人は俺に剣を徹底的にたたき込み、そして殺し合いの道に結局進ませている。それにも関わらず、こうやって……。でも、そんなこの人をどうして離せるか。矛盾ばっかりで、刀が強くて……でも、きっとこれで終わりで。
終わりが…。
ふわりと、日常の匂いが離れる。目の前いっぱいに、微笑みが広がった。
「じゃあね」
「あっ…」
なんて言って引き止めたらいいのか。俺には分からない。引き止める方法もない。それだけは心の奥底で分かっていたから。だから、足も動かなかった。
遠くなっていく彼女を後ろからただ見つめた。
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