第8話
彼女の話はとても聞くに堪えないものだった。僕は自分の過去を他人の比べてどうこうしようとは思わないけど、少しだけつらい過去を送ったことへの自負はあった。
しかし、彼女の過去もとてもつらいものだった。
いじめを、受けていたそう切り出して当時を思い出すように彼女は語ってくれた。
彼女がいじめを受けるようになったのは中学の頃かららしい。いや、小学校の頃からも周りとは上手く馴染めず、孤立していたらしいがいじめを受けるほどの対象にはならなかったらしい。
とにかく彼女も人づきあいが苦手で、それでも困ることはなかったらしい。一人でいることに苦は感じなかったらしいし、本を読んでる時間を有意義に思っていたから。
しかし、中学に上がった頃ある一人の男の子に告白を受けたらしい、その子はクラスでも人気の子で女子からも人気のあった子らしかった。そんな子に告白を受けても、付き合い方もわからないし、付き合うという理由もよく知らない彼女はその告白を断った。それはクラスから嫉妬の対象を受けるには十分な出来事だった。
もちろん彼女は何も悪くない。もちろんその男の子も。でも明らかに周囲の視線が変わったらしかった。
クラスでは、あの子の好きなのをしってて誑かした、とか、いつも見下してたなど言われそれまで気にもされなかった彼女はクラスからの憂さ晴らしを一身に受けることになった。
嫉妬や妬みは憎悪に変わり根も葉もない噂を立てられてはクラスから侮蔑の目を向けられることとなった。誰かに声を掛けても無視されるようになったり、ノートや教科書を隠す陰湿ないじめや、それまで陰でこっそり言われていた悪口は自分が教室が入るたびに言われるようになった。
クラスに自分の居場所がないことに気づいた彼女は少しづつ学校に行くことが怖くなったらしい。初めて向けられた感情を整理できないままそのまま不登校になっていった。
それからも一応は高校へ進学するが周りの目や声が、自分に向けられるものだと錯覚してしまい結局高校もまともに通えないままになった。
「それで、思ったんです。いっそ耳さえ聞こえなくなればって。周りの声が聞こえなかったらあとは下を見て歩くだけで……今思えばバカみたいですね」
そう涙を堪えるように言う彼女。
彼女のしたことは確かに間違いかもしれない、障害者と偽ってきたのだから。でも彼女がそうまでするほどの環境を思うと仕方のないことだと思ってしまう。それほどまでに彼女は人の悪意に当てられ、そう偽ることでしか自分を保てなかったのだ。
でも彼女自身も、それを許せないでいるから、僕の過去を知って、僕に辛い過去を話してくれた。結局彼女は嘘をつくことに、周りを騙すことに躊躇いがあるのだ。
「確かに柊さんが障害者と偽っていたのは間違いだと思います。どんな理由があってもそれで苦しんでる人がいる以上は、絶対にしちゃいけないことだと僕は思います」
「……そうですよね」
柊さんは何も言い訳しなかった。それどころかそんな言葉を掛けられるのを待っていたようでもあった。
「でも、そんなあなただから僕は惹かれたんです」
「え?!」
すごく驚いたような顔で見る柊さんの顔は初めてで、彼女もそんな表情を見せるんだと今更ながらに思った。だってそれまでずっと暗い顔のままで、笑顔にもどこかぎこちなさが混じっていた気がしたから、この自然な表情に僕も驚く。
「正直、僕は似た境遇だと思って裏切られたことに少しだけ悲しい気持ちになったのも事実です。つらい経験をしているから支えてあげたいと勝手に裏切られた僕が悪いですけど」
柊さんは何か言いいたそうにして、でも言う前に僕が言葉を続けた。
「でも、きっと柊さんは優しいから偽ってることにも、聞こえないふりをするのにも罪悪感を感じていて、だから僕に話してくれて。僕の話に嬉しいって言ってくれました」
「それは」
彼女が何か言おうとしたのを聞かないまま、僕は続けた。
「柊さんがしたことは確かに失礼かもしれません。でも、受けた傷や辛さは嘘じゃない。その境遇だけは僕と一緒です」
その痛みは共有できるもので、彼女が偽ったのもその傷が重かったから。
「だから僕は、まだ、誠実に生きれるように柊さんを支えたいんです」
「私は雁屋さんを騙しました。どうして、そんな私に」
どうして。理由を探したけど人に納得してもらうような理由はなかった。
自分で何を言いたいのかも整理できないまま、彼女を叱責するのと僕の気持ちを同時に伝えたいのに曖昧になっていく。
どう伝えればいいのか、どう言葉にしていいのかわからない。それでも、この言葉は多分、僕の本音だ。
「だって、僕は柊さんが……」
コーヒーのカップを渡したあの日から、気づけば目で追っていた。輝かしいブロンズ色の髪と、知的な赤メガネの奥に見える綺麗な瞳に見られた時から僕は彼女に惹かれていた。きっと店長の話を聞かなくともこうなっていたと思う。
そして同じ大学だったことにびっくりして、彼氏がいるかもと一人で焦って、安心して。偽られても、やっぱり支えたくて。今までの辛さを受けた彼女だからこその脆さを、僕があの映画で救われたように、今度は僕が彼女を救いたい。だって、
「柊琴音さんのことが、僕は――――好き、なんです」
同時に鳴った講義終了のチャイムは鳴ったことに気づかないほど、それどころかさっきまでの生徒達の談笑すらどこか遠いものに感じていた。自分が何を言ったかも、何を伝えたかったかも忘れた頃、目の前の柊さんを見て呆気に取られた。
柊さんは自分も気づいていないだろう表情で、きょとんとした顔で涙を流していた。
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