第7話

「話せたんですね……」


  一瞬戸惑ったが彼女は耳が聞こえないだけで、別に話せはするのかと納得する。

 でも、なんで急に。しかも、どういう意味だろう。考える前に彼女が再度口を開いた。


「とりあえず、この講義すっぽかしませんか? 話したいことがあるんです」


  彼女がすっぽかす、なんて言葉をつかったことに少しだけ可笑しくなったが、そんなこと気にしてる余裕もないままに彼女は僕の手を掴んで強引に講義室の外に引っ張った。講義時間で空いたテラスのひとつのベンチに腰掛け、隣を促された僕もそこに座る。

意外にも力強いなと思った矢先、手を戻した彼女は勢いよく頭を大きく下げた。


「ごめんなさい!」


 いきなりの謝罪に戸惑い、とりあえず彼女の頭を上げさせる。


「い、いきなりどうしたんですか?」


 気づいて僕はメモ帳を取り出すが、彼女が手を挙げて制止させる。


「大丈夫です」


 その言葉の意味が全くわからない。何が大丈夫で、彼女はさっきから何を言いたいんだろう。

 その答えを待つ前に彼女は一つ深呼吸をしてから早口で言葉を吐いた。



「ふぅぅ……耳聞こえないって言うの――――嘘です! ごめんなさい!」



「え?」


 おそらく、人生でこれ程の驚愕を体験したことがない僕は腰から落ちそうになった。何の思考もなしに出た言葉と反対に、僕の頭はフル回転でさっきの言葉を反芻した。

 そして彼女の謝罪をもう一度受けた後、ようやく噛み砕けた。


「ええっと、じゃあ今まで聞こえてたって事、ですか?」

「はい」

「聞こえないふりして?」

「はい」


 どうやら本当に聞こえているらしい。現に今僕と口頭での会話を成立させている。しかしにわかには信じられないもので、読唇術なんかも疑ったが、口を隠して話しても通じる彼女はやはり本当に聞こえているようだった。


「でも、どうしてそんなことを? しかも障害者なんて偽って」


決して褒められるものじゃない。彼女の行動は一歩間違えれば冒涜と捉えられてもおかしくない。


「本当は打ち明けるつもりはなかったんです。でも、雁夜さんが……」


そう続けた彼女はさっきの話を蒸し返してきた。聞こえてないと思って呟いていた独り言は少しだけ彼女のことを思ってのものだったので聞かれていたとなれば相当に恥ずかしい。


「初めてでした。聞こえないはずの私に、自分のことを話してくれた人は」


彼女は胸元で拳を握ったまま、なおも話した。


「みんな、私が聞こえないから愚痴とか、不満をよく口にしていて、私の悪口を言う人もたくさんいました。でもそれは、私も騙してるし態度が悪く見えてしまうのも自覚していたので何も思いませんでした。でも、あなたは、そんな私にあろうことか自分の辛い経験を話してくれて。それが少しだけ嬉しくて……」


彼女は息を整えて続けた。


「だから騙すことが辛くなって話しました。本当にごめんなさい」と彼女はそう言ってくれた。

僕の過去何て何の需要もない、いわば黒歴史に、彼女はそんな退屈な話を嬉しいと、そう言ってくれた。それが僕も少しだけ嬉しくて、でも疑問も残る。


「でも、じゃあどうしてそんな嘘を吐いたんですか?」


 彼女が優しいことは、今の話だけで頷ける。でもそんな彼女がどうしてそんな嘘を。


 少しだけ長くなることを前置きし、一息つくための飲み物を買ってからもう一度ベンチに着いた。

 僕はコーヒーを、彼女は紅茶を。

 すでに何人もの生徒が通り過ぎていく中、彼女の声は鮮明に耳に入ってきた。


「私も昔、を受けていたんです」





※※※※※※※※※

ご愛読ありがとうございます。すみません、応募しようとしてましたが1万文字超えてしまいました。短編って意外に難しい笑

ですが、書きたいと思った作品なのでこのまま添削などなしにそのまま投稿し続けようと思います。

これからも読んで頂けると幸いです。


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