第2話
大学とバイトで忙しい生活。その生活のサイクルを繰り返していると自分で選んだ選択のはずが慣れひとつで面白味と新鮮味が欠けてくる。
もはや退屈が溜まって鬱積が積もるだけのバイト先に、しかし彼女は何回も来店し、その度に僕の楽しみが増えモチベーションになっていた。彼女は変わらず一言も話さず、僕の声が聞こえてるのかはわからないけど、決まって買うコーヒーのSサイズ。毎度彼女の番にレジを代わってもらった、と言うよりは代わられる方が正しいが決して嫌ではなかった。
でも、ある日。いつも通り彼女が来店してくる。運が悪いのかその日は少し人で込み合い、いつもならレジ前に一人しかいない僕も、行列のせいで二人になっていた。順番通りにレジに並んでいくわけで、彼女が隣のレジに移っていくのも仕方のない事だった。僕は少し歯痒い気持ちになったが仕方ない。僕は僕で目の前の客の対応に集中する。
タバコの数字を言われ、言われた通りの数字の場所に腕を伸ばした時、ふと気になって彼女の方を見た。そして驚いた。
彼女は至って平然といつも通りの様子なのだが、目の前に立つスタッフの対応が見てわかるほどにお粗末だった。 口調には接客で使われるような言葉は一切使われておらず、むしろ不快感さえ漂っていた。しかもあろうことか時折嫌味や罵声まで挟む。
「喋れよクソが……」「客だからって調子乗りやがって」
など。客に対して、まして彼女に対して使われていい言葉ではない。ぞんざいに扱うのにも程があった。
しかしいくら言われても、どんな言われようでも彼女が表情を崩すなんてことはなく、ただ淡々とカップだけ受け取り(カップの渡し方も酷かった)、あれほどまで言われた相手にすら律儀にお辞儀してコーヒーマシーンの方に向かっていく。
「兄ちゃんまだか?」
「あ、すみません」
目が行き過ぎて自分の業務を忘れていた僕は、すぐに言われていたタバコを取って謝罪する。悪態をつくことはなく、というよりそのお客さんも彼女のことを少し心配そうに見てから礼をひとついれて帰ってくれた。
僕も彼女のことが気になってすぐにコーヒーマシーンに向かったが、すでに彼女の姿はなかった。何の変哲もなく帰っていった彼女と違い僕が憤りを覚えていた。僕のエゴだろうか。気にしない彼女が正解なんだろうか。
あの後そのスタッフは何事も無かったように業務に戻り帰って行った。
僕は店長とシフトを交代する際、さっきの出来事について話した。すると店長は特に詳しく話さなくとも「ああ、あの子ね……」と知っていたようだった。
「知ってるんですか?」
「まあね。君は朝勤なったの最近だからね」
「でもよくみます」
「うん。少し前から毎日? かな来るんだよ、いつもの時間に。ちょうど君の時間」
そういえば僕が朝勤に入る前は人手が足りなくて店長が入っていたらしい。
「で、あの子知ってると思うけど、何も話さないでしょ?」
僕はうなづいた。
「だから少し俺も困ってたんだけど、俺ここら辺じゃ顔きくから彼女のこと少し調べたんだよ」
「何かあったんですか?」
「うん。あの子ね、耳が聞こえないらしいんだよ」
「え?」
その時、若干安堵したのと同時に納得した。今までの彼女の様子はどこか不自然だったから。まるではなから聞こえてないかのように僕の声を聞こうとしてないから。
だから今日のあの嫌味が聞こえていないのを知って、少しだけ安心した。きっと安心なんてしてはいけないのだろうけど。しかし、そんな大きな問題を抱えていたとは思ってもみなかった。
「あいつらには、というか一応スタッフには耳が聞こえないから、気を使うようにって言ってるんだけど。やっぱそうなるか……」
と店長も若干の呆れ声を出した。 耳が聞こえてないから、あれだけ堂々と悪口を言うのは、抵抗出来ない相手を痛ぶるみたいで気に食わない。
「できる限り僕が接客するようにします」
「そうだね。あの子のことを気に掛けれるのは、君みたいな子じゃないとね。でも俺もあいつらには言っとくから、何かあったらまた言ってな」
「はい。お疲れ様です」
「ほーい、おつかれー」
といつもより少し過ぎた時間を確認してから、僕も店を出た。彼女の問題もだが、今からある大学の単位取得も僕には問題だった。
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