彼女はいつもコーヒーを買う
@asagao_01
第1話
バックヤードでがやがや騒ぐ声が聞こえる朝の9時ごろ。ようやく落ち着いた店内は納品したてのはずが、すでにパンなど棚はスカスカになっていた。
とりあえず足りなくなっていた品物を継ぎ足して、揚げ物を終えれば大体の朝の業務は完了する。業務は僕に押し付け、というより一人でやる方が楽な僕が「座ってていいですよ」って言ったからこうなったのだが、さすがにそこまでは言っていない気がする。と僕はバックヤードを睨んだ。奥の方で椅子に座った二人組がスマホで動画やらゲームを液晶に映して、廃棄のドリンクなどを飲んでいた。
まあ、別にそこまで気にすることでもないし、朝は仕事が少なく、通勤・通学ラッシュを乗り越えると客もそこまで多いわけではないから一人でも多少こなせるけど。レジのデジタル時計とドリンクケース上部にある針時計を交互に見ながら自分のシフト時間を思い出す。
僕の業務時間は四時間だけで今日は6時から働いるからあと一時間。バイト中は時間の流れがなぜか早い気もする。だから一時間なんてすぐのように感じていた。
「休憩交代する?」
「いいですよ。もう少しですし」
「いや、さすがにやるよ」
「わかりました」
そう言われ僕がバックヤードに戻ると、もう一人のスタッフはまだスマホを弄りながらオフィスチェアーを回転させていた。今のご時世のバイトはこんなことで金が貰えるんだ。店長が見たら何て言うか。幸いバックヤードに監視カメラはなく、バレる心配はないのだが。
スタッフは僕の顔を確認すると「お疲れー」と軽く言い、またスマホに視線を戻す。僕も真面目では決してないので、先ほどまで座られていた椅子に腰かける。
レジに立ったまま尚スマホを弄っているのが見えた。それなら交代しなくてもよかったんじゃないか、と思ったが多少なりとも罪悪感というものを感じてくれたんだったら責める気はなく。僕もその時間を有意義に過ごそうとしていたのも束の間の出来事だった。
「夏樹くん、ごめんちょっと替わってくれない?」
交代して5分も経たずに先輩はバツが悪そうな顔でバックヤードに飛び込んできた。何事かと監視カメラを見るとそこには綺麗なブロンズ色の髪をした女性が立っていた。それ以外はおかしなところはない。
とりあえず客を待たせて苦情でもかけられたら面倒だから僕は言われるままバックヤードから飛び出た。
「申し訳ございません。大変お待たせしまし、た……」
僕は目の前に立つ彼女のその贅美な様に目を奪われた。
監視カメラで見た通りのブロンズ色で綺麗な髪は監視カメラで見るよりも艶やかに見え、丁寧に手入れされていることが容易に分かった。知的差を醸す赤色の眼鏡を掛け、レンズ越しには長いまつ毛の下に見える宝石のごとく光る瞳がこちらを見ていた。
見紛うことのない美少女で、呆気に取られた僕は気を取り直して対応に心がけた。でも、どうして僕と交代したのか、その意図が僕にはわからなかった。それもわざわざお客さん一人のために交代してくるなんてありえない話だ。もしかしたらこのお客さんは少しいわくつきなんだろうか、それとも多々単にやりたいことでも思い出したんだろうか。どちらにせよ僕にはどうでもいい。お客さんが綺麗なのも一期一会な出会いだ意味はない。
「どうされました?」
「……」
おかしい。レジの前には何も置かれていない。となればこちら側にある商品をご所望ということなのだろうが、その少女というか彼女は僕の目をまっすぐに見たまま一言も話さなかった。そのまま彼女は表情一つ変えずにコーヒーマシーンを指さした。
ああ、コーヒーか。と僕はサイズを聞くも彼女は何も答えないまま。というより僕の声が聞こえてないのかもしれない。しかし、もう一度聞くも僕の声を聴く素振りすら見せない。コーヒーマシーンだけ指さされてもサイズも種類もわからない僕は戸惑う。前に勝手にSサイズのコーヒーを出したとき怒られた思い出が蘇るからだ。
僕はメニューを取り出し彼女に見せるとすぐにSサイズのコーヒーを指さした。ただの迷惑な客ではないようだった。Sサイズのカップを渡せば少しだけ朗らかに、和やかになった表情なった彼女は、ぺこりとお辞儀だけしてマシーンの方に向かっていく。
その表情に見惚れかけたが、思い出すように頭を下げその背中に「ありがとうございました」と投げた。彼女が出ていく。
その裏でふと感じた。バックヤード辺りから感じる嫌な空気。声が聞こえた訳じゃない。でも僕にはわかった。向こうから聞こえる嘲笑と薄ら笑い。それは明らかに彼女に対するもので、同時に僕のことでもあるんだと前から僕は気づいていた。
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