ナツ視点  1 シンと出会って 1




  二十歳の頃、私はある一人の男性とお付き合いを始めた。


 きっかけは友達の紹介だった。


 彼が自分の女友達に声をかけ、その女友達が私の友達に声をかけたことからつながった。


 誰かいい人いないかなと声がかかり私は紹介してほしいと頼んだ。


とてもまじめでいい人との事だ。同級生からの紹介なので安心できると思う。

 

 最初は手紙でやり取りしていた。 


自己紹介から始まって他愛のないことを書いていた。

 

 出身地であるとか趣味とか。その日あった出来事とか。


同い年で血液型は同じAB型だった。


誕生日も近い。

 

 手紙のやり取りを何度か続けているうちに文章の端々に頑張れとか気を付けてねとか、そういう言葉がちりばめられるようになると、私は少しずつ彼のことが気になり始めた。


お互いの恋愛観とか付き合った人の数とか。どこまで進んでいたとか。


私は高校生の頃、大学生とお付き合いをしたことがある。


告白されてお付き合いはしたものの好きとかそんな感情は無かった。


キスを迫られたこともあったけれど拒んでいた。


そんな雰囲気にもならなかったし。


だからあっという間に終わった。


彼は何人かと付き合ったことがあると書いていた。全然違ったけど。


でもそれは何の問題にもならなかった。


やり取りを続けるうちに誰に似ているのかという話しが出てきた。


私は石川秀美に似ているとよく言われる。


 彼は野球選手に似ていると言われたり食堂のおばちゃんには田原俊彦に似ていると言われたこともあるらしい。


やっぱり確かめてみないとわからないねということでお互い写真を送りあった。


 彼のはかなりかっこつけているなという感じだったけれど写真が小さくて

よくわからなかった。


 私の写真は隣の人をにらんでいるような写真だったのでメンチ切ってるみたいやねと書かれていた。(メンチを切る=関西ではにらみつけること)


そんなことないですよ!  結局写真では誰にも似ていないということになった。


手紙をやり取りするうち電話で話をしようという事になった。


 手紙で休みの日を教え合って十月の終わりの木曜日。夜八時ちょうどと決めて電話をすることになった。


ドキドキしていた。


寮に住んでいたのでかかってくるであろう時間の少し前から電話の前で待っていた。


電話が鳴った。何度かベルが鳴った後、思い切って電話を取った。


「もしもし。紀南きなみと申しますが但馬さん居られますか?」


「私です。こんばんは」


「こんばんは。紀南です。初めまして」


「初めまして。但馬です」


初めて彼の声を聴いた時の印象は落ち着いている、だった。


静かな感じの人なのだろう。


「お手紙ありがとうございます」


「私の方こそありがとうございます」


「あーなんか。ドキドキしてます」


「私もそうですよ」


「そうなんですか。声が結構落ち着いているからそんな感じ全然しないですけどね」


「そんなことないですよ」


「失礼かもしれないけれど、それだけ声が落ち着いていると機嫌が悪いのとか怒っているのとかよく言われてそうな気がしますね」


「ええっ。なんでわかるんですか?」


「なんとなく。でも当たりなんですね」


「そうなんですよ。普通に話しているつもりなのに」


「そうなんですね。でもよかった。ほんまに機嫌が悪かったらどうしようと思ってました」


「そんなことは無いです」笑


「よかった」笑


そんな他愛もない会話から始まった。


一回の電話で三十分から一時間くらい話した。


その日あった出来事。ニュースや職場の話。天気や季節の話など。


 何度か話すうちに結構楽しみになっていた。


 彼も私も交代勤務でなかなか時間が合わなかったけれど勤務予定を送りあって

電話できる日や時間を探した。


 当時は寮の公衆電話でしかも遠距離だったので十円玉だとすごい勢いでがちゃ、がちゃ、と落ちる。


 百円を入れる所もあったからそっちプラス十円を使っていた。


 途中からテレホンカードを購入して使っていた。五千円分を買うと四百円分がおまけでついていた。


 その頃大きな公園で外国の人が偽造テレホンカードを売っているのが話題になっていた。 


 私の住む近くの大きな公園でもそういう集団がいたことを知っている。


怖くて近づけないし買おうとも思わなかったのだけれど。


 何度か話をしていたのだけれど彼はおしゃべりという訳ではないようだ。


そして私もおしゃべりなほうではない。


 そんな二人が電話すると話が弾むときもあればそうでないときもある。 


 時々お互いに無言になってしまう。


自分が話そうとすると彼も同時に声を出したり。


 お互いにどうぞって言ったり。


でもそんな感じで二人で手探りで先に進もうとしていたのだろう。


 この頃は本当に何も考えていなくて彼との電話も楽しくてとりあえず続けてみようというくらいの感じだった。 


 何日かしてふと気が付いた。 あれっ?


気が付いてみるとしばらく電話が無いなと思った。


 どうしたんだろう? 


忙しいのだろうか?


 電話をしてみたけれど彼は仕事中との事で電話をもらえるよう伝言をお願いした。


彼から折り返しがありちょっと忙しくて電話できなかったって言った。


 なんだか少し惹き寄せられたような気がした。


それは彼が連絡できなかったことをすまなそうに言ったから。


 本当にごめんと言った。


どちらかが連絡をやめるとすぐに終わってしまうようなそんなはかない状態だった。 


まだ携帯電話なんてない時代の話。バブルと言われていた頃。


 私もシンも働き始めて三年目の時だった。


 バブルの恩恵なんて何もなかったけれど、でも何かしら華やいでいた時代だったと思う。


何度目かの電話をした時に一度会ってみないかと言ったので私も同意した。


電話を切った後どんな人なのだろうって考えていた。


電話の印象は良かった。 


写真の雰囲気も悪くなかった。


楽しみでもあるし怖くもある。


会ってみないと先に進めない。


どんな人なのか興味があったから。


 そして日時を決めて、ちょっと大人びた服を着て私は遠く離れた彼に会いに行った。


この頃の私は意外と行動的になっていた。


 わからないことがたくさんあって、それは人と話さないとわからないと思っていた。


 何がわからないのかすらわかっていなかったから、いろいろなことを吸収しようと思っていた。


 彼に初めて会う日の朝。新幹線のホームに立ち自由席の列に並んだ。


少しドキドキしながら乗り込んだ。 ひかり号だったので座ることができた。


 彼の住む名古屋駅まで約一時間。


窓を流れる風景を見ていた。


 新大阪を過ぎて京都も過ぎると初めて見る景色が広がっている。


岐阜羽島を過ぎると新幹線のスピードが遅くなった。


 名古屋の駅に近づくと高いビルが見え始めた。


よくわからない音楽が流れ駅に到着し扉が開いた。


ホームに降り立ち周りを見回す。


吐く息が白かった。


冬の朝の名古屋駅は人気もなくひんやりとしていた。


 そのホームの中ほどに一人の若い男性が立っている。


彼は私に気が付くとゆっくりと歩いて私の前に立った。


 「但馬さんですか?」


「そうです。初めまして。紀南さんですか?」


「はい、そうです。初めまして。遠い所まで来てもらってどうもありがとう」


 彼は駅のホームで私を待っていてくれた。


不思議と他に人はおらず私たちだけだった。


細くて笑顔の優しい人。


 白いセーターを着て色白だったのでなんだか白い人っていう印象だった。


彼にしてみたら私はどうだったのだろう。


 名前を言い自己紹介をした。「但馬ナツと言います。よろしくお願いします」


彼の名は紀南シンと言った。


 彼は私の苗字を初めて出会った苗字だと言った。


私の田舎では多いが彼が出会った人の中にいなかったということだろう。


 でもシンの苗字もあまり聞いたことがない。


 シンの生まれ育った集落では近所中その名字で親戚一同がそこに住んでいるそうだ。


 初めて来た彼の住んでいる街、名古屋はなんだか騒がしい街だった。活気があった。


私の住む街とは雰囲気が全然違う。なんだか別世界に来たみたい。


 彼は関西の高校を卒業した後、名古屋の郊外にある自動車関係の工場に入社したとの事だった。


 彼が「車こっちに停めてるから」と言ったので私は彼の後ろを付いて行った。


階段を降りるときはさりげなく手を差し出してくれた。 


 私も違和感なく自然に彼と手をつないだ。


男性と手をつなぐのは初めてではないけれど優しいと感じた。


 こんな風にさりげなく手をつなぐのは初めてだ。


階段を降りると手を放してしまったけれど。


 私は「ありがとう」とお礼を言った。


コンクリート剥き出しの通路を進んでいくと駐車場についた。


 なんだか都会って感じがしていた。


彼が助手席のドアを開けてくれた。


「ありがとうございます」


こんな事初めてだった。


 そして低いピカピカの黒い車に乗り込んだ。


 スポーツタイプの車で名前は知らなかったけれど彼が高校生の時に絶対に買うと決めていた車だと教えてくれた。


 シンの夢が一つ叶ったのだなって思った。


そしてすごいと思った。


 親に頼らず自分で車を買うなんてすごいって思った。


 分割払いで購入したみたいでそれなら月々のお給料から払っていけるんやでと言っていた。


 車が走り始めるとシンが話しかけてきた。


「ナツさんの所からここまでどれくらいかかるの?」


「新幹線でだいたい一時間くらいかな」


「そうなんや。割と早いんだね」


「そうですね」


「声の印象だけの時と実際にあった時の印象は全然違いますね」


「そうですか」「うん、写真を見せてもらっていたけど全然違う感じがする」


「そうなんですかね」「うん、もっときれいな感じでびっくりしました」


「それはほめてるんですか?」


「一応」笑 


「ありがとうございます」笑


「そういえば前に電話で誰に似てるって話したと思うけど俺、誰かに似てるかな?」


と聞かれてじっくりと見てみたけれど芸能人に似ている人はいないみたいだった。


 初めて会って、そんなに時間もたっていないのに男性の顔をじっと見つめるなんて少し照れ臭かった。


「似ている人はいないような気がします」そう答えた。


「私はどうですか?」と聞いたら、「ちょっと待ってね」と言って信号で止まった時シンに顔をじっと見つめられた。


そんな風にじっと見られたことがなかったからドキドキしていた。


「そういえば石川秀美に似てるって言ってたね。確かに似てますね。似ている以上にきれいだと思うよ」って言ってくれた。


「じっくり見てみるとあの送ってもらった写真と違ってすごく穏やかな感じがするね」


「えーっ。そんなにきつい感じでしたか?」


「うん。 雰囲気が写真と全然違うな」


「そうなんですか?」


「うん。だってメンチ切ってるんやから」


「もう違うって言ってるでしょ!」


私は笑いながら否定した。


 彼も笑いながら「冗談ですよ。でもこんなにきれいな人だとは思わなかったです」と言った。


「えー。そんなこと言われてもなにも出ないですよ」


「そうなんや、残念やわ」


私は「もうっ」と言いながら思わず彼の太ももを軽くポンと叩いた。


少し距離が近づいた気がしている。


私はシンに「夢はあるの?」って聞いてみた。


すると「いつか車屋さんをやりたいな」と言った。


「夢があるっていいですね」


「ナツさんの夢は何?」


「私の夢はね。今は准看護婦なんですけど正看護婦になるのが夢なの」


「そうなんや。 正看護婦になるには試験があるんやろうね」


「そうなんです。また看護学校に行って勉強して正看護婦の資格を取らないといけないんです」


「そうなんや。ナツさんの夢は俺の夢よりも具体的やね」


「そうかな。同じことしててもね、お給料の金額が全然違うの」


「そうなんや。じゃあ頑張らんといけないね」「はい」


とりあえず海へ行こうと彼は車を走った。


海に着くとシンが言った。


「ここからアメリカへたくさんの車が輸出されていくんだよ」って。


「今はだだっ広い埠頭だけどね」


シンは海をのぞき込んだ。


「今日は魚の姿が見えないなぁ。ここってね、結構車が海に落ちるみたいなんですよ」


「そうなんですか」


「うん。落ちたところは見たことはないけど。ここに車停めてのんびり海を見ているとたまにパトカーがやってくる。窓をコンコンとたたかれてね、何されてますかって聞かれるねん。 海を眺めてのんびりしてますって答えたら、ここは車止めがすごく低くて海に落ちる車も多いので気を付けてくださいねって。 それから免許証と車検証を拝見させてくださいって言われる。まあ職務質問やね。不審な車両に思われてたみたいでね。 こんな素直で優しそうな男に向かってそんなこと言うなんておかしいでしょう」と言ったとき私は笑った。


「本当にね」


冬だったけど日差しが温かで緩い潮風が心地よかった。


 しばらく海を眺めた後「そろそろお昼ごはんを食べに行きましょうか」と彼が言ったので「ハイ」と答えた。


まだまだお互いに敬語だ。


 彼はハンバーグ屋さんに連れて行ってくれた。


そしてそこでとても大きくておいしいハンバーグをいただいた。


 「もう満腹です。ごちそうさまでした」


「結構ぺろりと食べるんだね」って言われて恥ずかしかったのを覚えている。


 彼は関西出身だけれど名古屋の言葉になっていたのでかなりソフトな話し方をする。


それがまた新鮮な感じがしていた。


 そのあと彼は街のいろんなところを案内してくれた。


冬だけどトロピカルな飲み物屋さんとか。


 行ったことは無いけれどハワイ風の飾りつけをしたお店だった。


彼が働く会社を外から見せてもらったり。


 街の中心部のあたりに車を停めて公園を散歩したりした。


「私、実は握力が四十kgくらいあるのよ」って言ったら「ええっ!?」ってびっくりしていた。


シンがびっくりした時の声とか顔が面白かった。


 「多分俺がそれくらいやから女の人にしたらすごい握力やと思う」と言われた。


それに「安産型のお尻だからたくさん子供を産めるよ」って話もした。


 なんで今って感じだったけれど。


シンには不思議と親しみが持てる気がしていた。


 初めて会った気がしなかった。


もしかしたら遠い昔二人はどこかで出会っていたのかも。


夢見る乙女だった。


 シンは「名古屋はは遊ぶところが少ないんやわ」と言ってたけど私はどこに連れていかれても初めての場所ばかりだったのでワクワクしていた。


 男性と二人きりで車に乗って自由に移動できるなんて初めてだった。


こういうのが大人のデートなのかな。


 海を眺めているときに何を思っていたのだろう。


あっという間に時間が過ぎた。


 夕方になり駅に送ってもらった。


「今度は神戸にも遊びに来てくださいね」


「はい。今日はわざわざ来てくれてありがとう」


「どういたしまして」


「気を付けて帰ってください」


「はい」


「またね、バイバイ」


「はい。また」


ホームのシンに手を振った。


新幹線が走り出した。


シンの第一印象は良かった。優しい男性だった。


寮に帰り着いて私は今日一日の出来事を思い出していた。


 私は少し男性恐怖症の所があって車に乗り込むときも怖かったし、

彼が運転中左手を動かしただけでビクッと反応してしまっていた。


 彼自身そのことに最初は驚いていたけれど途中から、私がびっくりしないように左手を動かすよって言ってから動かしてくれた。


 彼はタバコを吸っていたので煙草の灰を灰皿に落とす時ですら私はビクッと反応していた。


私がビクッとするたびに彼は少し驚き笑った。


 私も自分がびっくりすることにだんだん笑えるようになってきた。


少しずつ緊張が解けてきていた。


 シンは私が気にしていたことを気にしなくても大丈夫だよと言ってくれているように思えた。


 その事にはあまり触れられなかったけれど気を使わせてしまったかもしれない。


 でも色んなところに連れて行ってくれたことと、彼とお話しすることでその人柄がとてもやさしくて思いやりのある男性だと判ったのでまた会いたいと思った。


 シンに手紙を書いた。 今回お会いできてよかったこと。


色々な所に連れて行ってくれて楽しかったこと。


 私を気にしてくれてうれしかったこと。


そしてまたお会いしたいですと書いた。


 しばらくして彼からも手紙が届いた。


初デートだった。そして楽しんでくれたみたいでとてもうれしい。


 僕もまたナツさんに会いたいですと書かれていた。


私はなんだかうれしくなった。


 私も会いたいって思っている。 恋の予感がしていた。


 二回目のデートは飲みに行こうという話しになっていきなり泊りがけでシンの所にやってきた。


昼間は木曽川のライン下りに連れて行ってくれた。


 船着場から船に乗り木曽川を下って行った。


雄大な自然が広がり遠くへ来たのだなという気持ちになった。


 途中河原でたくさんの人だかりがあった。消防や警察の人がたくさんいた。


なんと遺体が流れ着いたらしい。 


 私は思わず、「私が何か招いてしまったのかもしれない」とシンに言った。


シンは「そんなのたまたま。 ナツさん気にしたらだめだよ」と優しく言ってくれた。


「こんなことで自分が何か招いたとか言っていたら、それこそ交通事故で毎日何人かなくなってるし自殺もそうだし、考えたらきりがないよ。

自分の行いが招くこと、あるかもしれないけど今日のはたまたまやで。それか何かした覚えがあるの?」 


「そんなの無いです」私は首をブンブン振って否定した。 


「そうやろ。もしかしたら俺が招いているかもしれへんし。ここにおる誰かかもしれないし、そんなわからんこと考えても仕方がないじゃん。俺もこんなの初めてだから」そう言ってくれた。


 でも言葉の最後にじゃんって初めて聞いた。


「シンさん。何々じゃんっていうのね」


「ああ。今の会社に入ったらね、色んなところから人が来てるから、よく話す人の方言とかがうつってしまうんですよ。じゃんはこの地方でもよくつかわれているみたいです」そう彼が言っていた。

 

 ライン下りも終わりに近づいたがシンと居ることでさっきの嫌な出来事は意外と忘れていることに気が付いた。

 

下流の船着き場にはきちんとシンの車が届けられていた。


シンの車の運転は私の事を気にしてくれているのかすごく滑らかだ。 


 発進の時も停まるときも、車線変更の時も、カーブを曲がるときも特にそれを意識しない。


かといって後ろに車がつながるようなそんなゆっくりと運転している訳でもない。


 きっと上手なんだろうなと思っていた。


シンに「車の運転が上手ですね」と言ってみた。


 「それはうれしいです。助手席に乗っている人にそんな風に言われたら

すごくうれしいですよ。だって気にして運転しているのだから。

 それを分かってくれる人ってなかなかいないんです。

ナツさんは良い所に気が付きましたね。うれしいですよ」


 シンが喜んでくれた。


「シンさん、そんなにたくさんの女性を乗せたことがあるの?」


 「いやいやそんなことないですよ。 正直に言うと女性はナツさんで二人目です」


「そうなんですか」「はい」 それ以上は聞かなかった。


それからホテルに向かって走り出した。


 ちょっと驚いた出来事があったけれどライン下り自体は楽しかった。


途中シンが喫茶店で車を停めた。 どうしたのだろうと思った。


「ちょっと休憩しよう」そういうとシンはお店の中に入って行った。


私も一緒に入った。


シンはパフェを頼むという。私は驚いた。


男の人がパフェを食べるなんて。


甘いものが好きとのことだ。私もパフェを頼んだ。お揃いだ。


 お互いの食べるところを見ながら、時には見つめあいながらニコニコしながら食べた。


 言葉はなかったがこんな感じもいいなと思った。


再びホテルに向かって車を走らせた。


「シンさん、ここは本当に道路の幅が広いですね。何車線もありますね」


「そうだね。 俺も初めてこの道路を見たときはびっくりした。田舎では見ない道幅だから。 でも慣れやね。もう今は何とも思わないというか行き先がわかっているからどの車線にいればいいのかわかるからね」


「そうなんですね」


ホテルに着くとシンがチェックインの手続きを始めた。


そしてカギを受け取ると二人でエレベーターに乗った。


シンが言った。「部屋を見て驚かないでほしい」と。


なんだろうと思った。


部屋に入るとダブルベッドだった。


いきなりですか? いきなり押し倒されるの? 


キスもしていないし、手はちょっとだけつないだけれど・・・。


私は驚いてシンを見た。


彼は申し訳なさそうに「ごめんダブルしか空いて無くて。いろんなところに聞いてみたんやけど。 ごめん。襲ったりしないから安心して」と言った。


シンは本当に申し訳なさそうに言った。 


襲ったりしないからって少しおかしかった。


シンは私の反応に戸惑っていたのかもしれない。


私はシンの言葉を信じることにした。 なるようになれって、そう思った。


飲みに行くにはまだ時間が早かったので二人でホテルの近所を散歩した。


「このあたりはね、名古屋で一番の歓楽街でね。オフィスビルもあるし百貨店もあるしちょっと道を外れたら風俗もある。 だから週末は周辺の地域からみんながここに集まってくるんだよ。初めて土曜日の夜に車で連れてきてもらったことがあるけど、本当に車がひしめき合って動けなくなるんだ。田舎では信じられない光景でびっくりしてたんだ。 でもどんだけ田舎者やねん。田舎者やねんけどね」私は笑った。


「シンさん。私の田舎も同じだと思うよ」


「そうなんや。電車の駅まで家からどれくらいかかるの」と聞かれたので「三十分くらい」と答えたら、「俺のところも似たようなものだよ」と言っていた。


大きなビルの中に入るといろいろなお店をのぞいたりして時間をつぶした。


 日が暮れてから彼と居酒屋で飲み始めた。 


彼はそんなに量は飲めないしそんなに好きでもないと言っていた。


 特にビールは苦手らしい。炭酸が苦手だからとの事。 私は生中を頼んだ。 


彼はライムハイだ。ビールよりは飲みやすいらしい。


どちらかというと甘いお酒が好きみたいだ。


 乾杯した。


 私たちはこれからどうなっていくのかわからないけれど、とにかく出会えたことに乾杯した。


彼は飲めないと言いながらもう三杯目を飲んでいる。


 私は生中の後、彼と同じライムハイを頼んだ。 


彼の言うとおりほんのり甘くて飲みやすい。時々彼が目を閉じている。 


 これは寝ていると思ったのでほっぺをつついてみた。 


彼が目を開けて「何?」 と聞くので「今寝てたでしょう?」 と聞いたら


「そんなことない。瞬きの時間が長いだけや」と言ったので思わず笑ってしまった。


どれだけ長い瞬きなのって。


 シンは時々素の顔で面白いことを言う。


それに隣の人と突然話し始めた。まるで友達のように。


 後で知り合いなのと聞いたら知らない人やでと言っていたので驚いた。


 結構飲んでいると隣の人の話が耳に入ってきてついついその話に加わってしまうこともあるらしい。


 シンのお父さんがかなり飲む人で小さいころからいろんな話をいろんな人としているのを聞いていたらしい。 


知らない人でも物おじせず話をする人みたいだ。


 人見知りと言っていたのにどこがやねんと言う感じだ。面白い人だ。


 シンと向かい合わせに座っているので、シンが時々私の目をじっと見つめていることに気が付いた。


「どうしたの?」「いや。すごくきれいだなと思って」 私は恥ずかしかった。


「俺は申し訳ないけど自分がすごくいいなと思ったものはジーっと見つめてしまう癖があるんやわ。だからナツさんの事も見つめてしまうんやと思う。見つめ過ぎて穴が開いたらごめんな」そういわれて笑った。


 でもそのあとシンが、「今前髪がないけれど前髪作ったら、そのきれいさにかわいさも足されると思うよ」と言ってくれた。


「今の会社に入って最初一ヶ月くらい研修があったんやけど、その時に予測して行動するという教育を受けたんです」と言っていた。


具体的には梯子に上っている人のそばを通る時、もしかしたらその人が落ちてくるかもしれないと想像して通り過ぎる。


万が一落ちてきてもよけられるように。梯子が倒れてもよけられるように。


前から車が走ってくる。歩道もない狭い道路だ。 


もしかしたら車が自分の方に突っ込んでくるかもしれない。


逃げ場所がないか探しておく。


 今何気なく使っている機械だけどこうしたらもっと生産性が上がるとか、いい商品が出来るとか。


 そんな予測と改善の方法を習ったと言っていた。いつもそんなこと考えているわけではないんやけどね。


シンは私を見て改善の余地があると思ったのだろうか。


「シンさん。それはなぜそう思ったの?」


「うん。前回会った時も思ってたんやけど小林麻美っていてるやん」


「ああ知ってます。歌手ですね」


「うん」


「五輪真弓は?」


「知ってますよ」


「知ってるよな」


「はい」


「いい歌やったな」


「うん。私も歌ったもの」


「そうなんや。今度カラオケに行かなあかんね」


「はい」


「でもその二人って本当は明るいのかもしれないけど歌ってる歌のイメージがどうしても強くて暗い感じに思ってしまうんやわ」


「はい」


「ほんでナツさんの髪型も同じやから、もったいないなと思って」


「もったいないって?」


「うん。 前髪作ったらもっとチャーミングになるなと思って。もしかしたらそのことでモテモテになるかもしれんからするかどうかは微妙なんやけど」


「そうなんですか」 私はそうしてみてもいいのかもと思った。


次にシンに会うときには前髪を作ってみよう。


もしかしたらシンが気に入ってくれるかもしれない。


気に入ってくれたらきっとうれしいだろう。


そのあと彼のお酒が止まってしまったので私も飲むのをやめた。


シンが「もう飲まへんの?」と聞いてくれたけど私もそれなりに飲んでいた。


楽しかったからお酒がすすんだのだ。


 お勘定を払うときシンは一人で支払おうとしていたので「ダメダメ割り勘でしょう!」と彼をにらんだ。


シンが「わかった」と引いてくれたので無事に割り勘することが出来た。


 ホテルまでの帰り道、いろんな人が行きかう中を別々に歩いていることで少し不安になっていた。 


 人をよけることでシンとの距離が開いてしまうことがある。


そんな時は待っていてくれるのだけれど。


心細いから彼に手を繋いでもらおうか迷いながら歩いた。


気持ちよく酔っていたのでそのせいもあるかもしれない。


手をつないで欲しい。 そんな気持ちになっていた。


時々わざとシンの手に私の手を当ててみたりした。 


彼はそのたびに私を見た。 顔が真っ赤になってる。


「結構飲んだわ」って彼が言った。


私もそれなりに酔って、とてもいい気持ちだった。


思い切ってシンの手を握った。少し驚いた顔をしたけれど。


 シンは手をつなぎ直して、しっかりと手をつないだ。


不安な気持ちが無くなってホッとしている私がいる。 


まだ付き合ってもいない。恋人でもないけど。


手を繋いでホテルに帰った。


私はなんだかうれしかった。


これからもっと親密になっていくのかな。


 彼も同じように思ってくれたらいいけれど。


フロントでカギをもらうときに手を離した。


少し寂しくなった。


部屋に入った時、そうだ忘れていた。一緒のベッドに寝るのだった。


交代でシャワーを浴びてベッドに入った。 


 ホテルの掛け布団って薄いシーツみたいなのがベッドにキチキチに止められていて、その間に入るのが難しいくらいきつくて、結局ベッドの真ん中寄りに彼と二人で寝ることになった。


 やはりドキドキしていた。

 あまり距離がないので彼に触れないようにしていたつもりが、ちょっと手を伸ばしただけで触れてしまう。


 二人で同じベッドに入って話をしていた。


シンはたばこを吸っている。


「会社の人とたまに飲みに来るけど、やはり平日の夜が多いんです。でも結構空いているから俺にはありがたい」


シンは混んでいるところが苦手なようだ。


タバコの火を消してシンは「じゃあそろそろ寝ますか」と言った。


「おやすみなさい」


「おやすみ」


 私はほんの少しだけ警戒していたけれどいつの間にか静かになったシンは少しいびきをかき始めた。


 取り残された私は、意識しているつもりは無いけれど初めて男性と同じベッドで眠ることに緊張して居てなかなか眠ることが出来なかった。


 とりあえず目をつむろう。


そのうち私にも睡魔がやってきていつの間にか眠ることが出来た。


しばらくして目が覚めると彼の背中が目の前にあった。 


 すごく近い所にいる。 これは! と思ったが私が近づいたみたいだ。


う~ん。どうすることも出来ないのでそのまま様子を見ることにした。


 しばらくするとシンが寝返りをうったので私に乗っかりそうになった。


彼が完全に寝返りを終える前に私は彼の肩を押しとどめた。 


 彼は、「あっ!ごめんなさい」と言いながらまた元の場所に戻った。


しばらくじっとしていたけど、いつの間にか私も眠っていた。 


 今、何時かわからないけれど何かが私の手に触れる。


触れる度に手を引っ込めた。 ひっこめてもまた触れる。


 目を開けてみるとシンが薄目で私を見ていた。


そしてそぉっと私に触れてくるのだ。


 「もうっ!」と言って彼をけん制した。


もうって言ったときシンがビクッとなって「ウォ」って声を出した。


 それがなんだか面白かった。


「ばれたか」と笑いながら言ったので私もつられて「うふふ」と笑った。


 はじめて一緒に眠ったけれどシンに襲われることは無かった。 


それどころかなんだか楽しんでいる自分がいる。


 最初は不安だったけれど、シンといるとなんだか修学旅行みたいな感じで楽しかった。


 ある感情が大きくなってきていた。


 そろそろ起きようかということになって、「じゃあ私が先に着替えるからシーツの中にもぐって絶対に見ないでね」そうお願いした。


シンは「わかった」と言ってもぐりこんだ。


着替え終わったので声をかけたが反応がない。「あれっ!?」


 「シンさん、シンさん。着替え終わったよ」


「んっ?」 寝息が聞こえてきた。 この人すぐに眠れる人なんだ。


 なんだか笑えてきた。 シーツの上から笑いながらシンを揺らした。


「起きて。終わったよ」 


 しばらく揺さぶるとシンが目を覚ましたみたいで「ごめん寝てしまった」と顔を出した。 


「シンさん寝るのすごく早いね」


「うん。眠れる時間があったらいつでも眠れるし寝るのが趣味みたいな感じかな」


「そうなの?」


「うん。俺、休みの日は一日中寝てたりしてるから」


「そうなんや。 そのうちシンさんの隣で添い寝してみようかな」


「えっ!?」シンが驚いた顔をしている。


言ってからドキドキした。


「でも昨夜は添い寝してもらったみたいなもんだよね」


「そうなのかな。 距離があったから」


「もしかしてさっきの添い寝はくっついてってこと」


「そうかもね」


「そうかもって、ドキドキするこというんやね」


「あっ」


「うそうそ。その気になったら教えてな」


「うふふ。いつになるのやらですね」


シンといることで楽しい気持ちになる。


私の心の扉が開き始めている気がしていた。


帰りの新幹線の中でふと思い出した。


シンはよく浜田省吾さんの歌を聞いている。


 車の中で時々流れていた、雨の日の昼下がり僕らはめぐり逢い。

二度目のデートの夜、恋に落ちたよ。という歌を聞いたとき私たちの状況に似ているのかもと思った。やがて二人暮らし始めの所では思わずシンと一緒に住むところを想像してしまった。


 まだ付き合ってもいない。キスもしていないのに。


そんな想像ができるくらいに気持ちが傾き始めていた。


神戸に帰った後、前回シンに言われた前髪を作ってみた。 


自分で言うのもなんだけれどかわいくなった。


シンの言うとおりだ。


きっとシンは喜んでくれると思う。楽しみだ。


三回目のデートは名古屋の外れにある動物園に出かけることになった。


 動物園は小さいころに家族で行ったきりでとても久しぶりだった。


シンとの電話で次は動物園に行こうと言われたときとてもうれしくなった。


 動物園というよりもシンに会えることが楽しみになっている。


だから前の晩、寝るときまるで遠足の前の日のようになかなか寝付けなかった。


 朝、目を覚ますとなんだか楽し気な気持ちだ。ワクワクしている。


今朝は早起きしてサンドイッチを作った。


 シンと一緒に食べるためだ。 喜んでくれたらうれしいな。


何をしていても楽しいのはどうしてなんだろう。


 答えはもうすぐわかる。


彼は駅のホームで待っていた。


 「ナツさんおはよう」「シンさんおはようございます」


 「いい天気で良かったね」「うん、本当に」


「ナツさん! 前髪作ってるやん。俺の言う事聞いてくれたんや。やっぱりかわいくなってる!よく似合ってるよ!」


 「シンさんありがとう。うれしいです」


「かわいくなりすぎて心配やなぁ」笑 


 「そんなほめ過ぎですよ。ほめ過ぎたら溶けて無くなっちゃいますよ」


「それは困るな。もうやめておこう」


「・・・」


「うそうそ。本当にかわいいよ。抱きしめたいくらい」


「シンさん・・・」


「ごめん。びっくりするよね。ごめんね」


 (シンさん。私うれしいのよ)


シンの車に乗り込んだ。だいたい三十分くらいかかるみたいだ。


 「シンさん。 すごく楽しみで昨夜はなかなか眠れなかったのよ」


「そうなんや。俺も一緒。なかなか眠れなくてね。遠足の前の日みたいやった」


 「そう! 私も一緒。なんかね。ワクワクしてたの」


「おっ。すごくうれしいことを言ってくれるなぁ。今日はたくさん楽しもう」


「はい。楽しみましょう」


「シンさん、今日はね、お昼ごはん用にサンドイッチを作ってきたの」


 「ほんまに。楽しみです」「うふふ。まずかったらごめんなさいね」


「まずくてもおいしいと言って食べるから安心して」


 「ひっどーい!」笑


「うそうそ。ちゃんと食べて感想言うからね。でもありがとう。うれしいです」


動物園に到着した。シンが軽く背中を押してくれている。


 「荷物は俺が持つからね」「お言葉に甘えていいのかしら?」


「もちろん。はい、もらうよ」


「ありがとう」


「うわっ、重たいわ」 


シンに荷物を渡した時ガクッとなったのでびっくりした。


 「ごめん、大丈夫? そんなに重くないと思ったけど」


「うん。全然重くないよ。重たいふりをしてみただけやで」


 「もうっ! シンさん」


他愛のないことだけれどシンさんが私を楽しませようとしてくれているのがわかる。


 デートとはいえまだお付き合いをしている訳ではなかったから手をつないだりは無かったけど、動物を見ながらいろんな話をした。


 移動中は明らかに距離が近づいていた。


シンの身体を触れるくらいの距離にいた。 


 ライオンやトラの檻の前ではシンの腕に意識して触れていた。


ああ。ドキドキする。


 「さあそろそろお昼時やね。あの木陰で食べようか?」


「はい」


「待ちに待ったナツさん手作りのサンドイッチや。楽しみです」


 ベンチの上に座りシンと私の間にサンドイッチと飲み物を置いた。


「さあ召し上がれ」


「じゃあいただきます」


「はいどうぞ」


 オーソドックスなサンドイッチだけれどシンはとてもおいしそうに食べてくれた。


「ナツさん。すごくおいしい」 


「本当に?」


「うん。本当においしいよ」


「シンさんうれしいです」


「いい奥さんになれるね」


「そんな」


「もう俺の奥さんになる?」 


「それはまだ早いですよ。もっとお互いをよく知ってからね」


「そうか。わかった」 シンは笑顔で言った。


冗談でもそう言ってくれてうれしかった。


お昼を食べ終わった後、違うエリアに行こうと歩き始めた。


 少し山道みたいになっていたのでシンが手をつないでくれた。


本当に恋人同士みたいな感じだ。


 私は彼の少し後ろを歩く形になっていたので彼のことを眺めていた。


時々振り返り「大丈夫かな」って聞いてくれる。


 彼が振り向いて私を見てくれることがうれしくて、まるで恋する乙女みたいになっていた。


 でももうそろそろなのかなと思っていた。


でも動物園の中では何もなかった。


夕方シンの車に乗って駅に向かう途中、


「今日は楽しかったね。また行こうな」とシンが言ったので、「うん。また行こう」と私も元気に返事を返した。


 「つまらなかったら言ってな」とシンが言うので、「つまらなかったら来てないよ」とシンを見ながら言った。


 少しシンに挑むような言い方をしてしまった。


もちろんその気持ちがあるからなのだけれど。


 シンが私を見た。 目が合って私は少しドキッとした。 


今日なのかな。わからないけど。期待はしていた。シンの事が気になっている。


 手紙でやり取りして、電話で話をして。そして初めて会って。


前回の泊りがけのデートでお酒を飲んで会社での話やお父さんの話。


 いきなり知らない隣の人と話し始めて驚いたこと。 


ホテルに帰る途中で彼と手をつないだこと。


 一緒にベッドに入って、一緒に眠って。


襲い掛かってこなかったし、私を大切に扱ってくれた。


 そばに居るのにシンの事を考えている。


寮に帰ってからもシンのことを考えていた。


 頭の中がシンで一杯になってきていた。


今日もシンと手をつないだ。 


 手をつなぐと安心している私がいる。


シンと一緒にいることが楽しくて、もしかして好きなのかもって思い始めていた。


 きっとシンも同じように思っている気がする。


私への態度や言葉からそう思う。私の勘はたまに当たる。笑


 駅に着くまではそんな話にならなかった。 


何もないのかな? 


 ちょっと寂しいかもって思っていた。


駅の駐車場に止めて彼が「さあ行こう」とホームに向けて歩き出した。


 そして電車が来るまでの間、私たちは妙な沈黙の中にいた。


「またお別れだね。次はいつ会えるのかなぁ」って言った。


 その時、まもなく電車が入りますのアナウンスが流れた。


その直後に彼が話を始めた。


「あの。 俺、ナツさんの事好きになりました」って言ってくれた。


「だから良かったら付き合ってほしい」と言ってくれた。 


 告白してくれた。 私はその場で踊り出したいくらいうれしくて。


シンは少し不安げな顔をしていた。


 彼を見つめながら、「シンさん、私も好きよ」って言った。


私、シンの事が好きになっていた。


 勇気を出して伝えなきゃと思って、「シンさんの事、私も好きだよ」って言った。


 シンの顔が笑顔で満たされた。


シンの事好きになった。こんな気持ち初めてだ。


 好きって言ったのも初めてだ。


「よろしくお願いします」と言った。


 彼と握手した。お互いにニコニコだった。


彼の手が汗ばんでいたのはきっとすごく緊張していたのだと思う。


 階段で手をつなぐのとは違って恋人として手をつないだ瞬間だった。


 その日の別れは楽しい気持ちで、電車の中でもウキウキしながら彼のことを

想っていた。


 そして流れる窓の外を眺めていた。


トンネルに入った時自分の顔が、窓にニヤけた自分の顔が映っていた。

 

 

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