第六章 星屑になる少女たち⑩
『アッカーソンさんに灯してもらった炎は、わたしのなかで燃え続けるっ!』
その言葉は、スペースフレームの通信機能を通してアッカーソンの耳にも届いていた。
最終奥義『恒星終焉真体』は、体内のリミッターを完全に取り払って、身体が崩壊する最期の瞬間まで核融合反応を起こし続ける技。莫大なエネルギーを生成できる代わりに、最後には身体が消滅して肉片一つすら残らない。
「……身体は燃え尽きようとも残せるものはある」
肉体の限界を超えて、精神の限界を超えて。
腰から下は既に消滅し、とうに死んでいてもおかしくないはずなのに、それでも意識を振り絞って彼女は偽りの月を押し上げる推進力を維持したまま声を張り上げた。
「聞けッッ! 志を同じくし、共に戦う仲間たちよッ!」
〝アポロⅪ〟に搭載された通信機能を使って、通信が届く限りの全員へと向かって彼女は呼びかける。一体、何人に声が届いているのかは分からない。それでも彼女は、願わくばともに戦う全てのスペースガールズへ届いてくれと全力で声を張り上げる。
「アレクシス・アッカーソンはここで死ぬ! 偽りの月を守り、仲間を守り、人類を守るためにここで死ぬッ! だが、これだけは覚えておいてくれ」
彼女は告げる。今、最も伝えたい言葉を。
「私が死んでも、太陽は消えない。太陽は全員の心に引き継がれる。誰かが前を向いて歩きつづける限り、受け継がれた炎は消えない!」
だから、と彼女は言葉を紡ぐ。
「私たちの想いは、君たちに託す。いつの日か、必ず、君たちと私たちは自由な宇宙を取り戻す。その日まで、前を向いて歩きつづけてくれ」
***
小羽根の栗色の髪が朱く染まっていた。
瞳も真紅に変わり、熱せられた金属のように彼女の身体が白く発光していた。
「なに、これ……」
小羽根は自身の両手を見つめながら困惑の表情を浮かべる。
一方、鈴蘭は理解していた。アレクシス・アッカーソンと戦った者ならばすぐに分かる。今、小羽根に生じている身体的特徴は、あの灼熱の英雄とまったく同一だった。
(こいつ、アッカーソンと同じ能力を)
まずい、と直感した鈴蘭はすぐに彼女へと接近して技を繰り出そうとする。しかし、それよりも小羽根ほうが早かった。小羽根が灼熱に燃える片腕を大きく振るったために、鈴蘭は回避行動をせざるを得なかった。
触れただけでも致命傷を負う、忌々しい灼熱の肉体。
(まさかアッカーソンを倒しても、その後継者が現れるなんて)
信じられない速度で小羽根が鈴蘭に接近し槍を振るう。
幸い、アレクシス・アッカーソンが所持していた灼熱剣とは違い、その槍状のメインウェポンは超高温に発熱しているわけではない。そのため鈴蘭は自身のメインウェポンを使ってその攻撃を受け止めたのだが、その一撃は信じられないぐらい重かった。
「なるほど、そういうこと! さっきから速度と威力が上がっていると思ったけど。アイツと同じで熱エネルギーを変換してるってわけ!」
そこから先は意地の張り合いだった。
能力に目覚めたもののまだ使いこなせない小羽根と、これまでの連戦で疲労が蓄積されている鈴蘭。しばらくの間、二人は一歩も譲らない互角の戦いを繰り広げる。
しかし小羽根が自身の能力に慣れていくに従って、徐々に鈴蘭が劣勢に追い込まれていく。
(嫌だ、認めたくない。このままじゃムーンフォール計画が防がれる。師匠の願いが叶わない。それなのに時間は刻々と過ぎていく。この状況を打破する策が浮かばない)
彼女は涙を浮かべながら叫んだ。
「退けよッ! お前たちみたいな前を向き続けられる奴が、あたしたちの邪魔をするな!」
鈴蘭の振るった刃が小羽根の右腹から左肩にかけてを一直線に切り裂いた。
傷口は浅く致命傷には至らない一撃だったが、しかしそれでもおびただしい量の鮮血が溢れ出す。
「……ッんで、顔色一つ変えないのよッ!」
小羽根は口元をきゅっと結んで戦いに集中していた。
「託されたから。それを果たすまで、痛がってる暇なんてないんだから!」
***
夜空で激しい閃光を放ち合う二つの光を見つめながら、偽りの月の地表に倒れ伏したシャネルは荒い息を繰り返す。アヌシュカとマリアもまた彼女と同じように地面で息をしていた。
本当は今すぐにでも立ち上がって、小羽根に加勢したかった。
しかしそれは不可能だった。もはや根性ではどうにもならないほど彼女たちの体は痛めつけられていたし、おまけにスぺースフレームも完全に破壊されてしまっていた。
「情けないわね、最後は、アイツに頼るしかないなんて」
息をするたびに痛む肋骨を気にしながら、それでもシャネルは敵に弱気なところは見せまいと不敵な笑みを浮かべて、たったの数秒で彼女たちを再起不能にまで追い込んだ規格外の化け物へと視線を向ける。
「で、最後はアンタに喰われて終わりなのかしら。食べるなら、一番元気が残ってるこのシャネルちゃんがオススメだけど?」
「食べない。オイシそうじゃない」
「じゃあ……殺す、のかしら?」
白き少女はふるふると首を横に振った。
「ううん、殺さなイ。スズランの望みは最大限叶えてあげたいケド。誰かの大切な人を奪うのは悲しいことだから」
そう告げると彼女は、地面に倒れたままのシャネルへと視線を向けた。
「オマエたちはどうしてそんなにも頑張る? 勝てないコト、分かってタでしょ」
「ハッ、言ってくれるじゃない。そうね、勝てないって分かってても戦わなくちゃいけないときがあるのよ。大切な仲間を守りたいときとかね」
「アイツは、オマエにとって大切? 死んだら悲しい?」
「小羽根のこと? ハッ、そうね。大切な――仕事仲間よ。死んだら悲しいわ」
「そう。ありがとう、教えてくれて。やっぱり、ダメ。行かないと」
そう言うと彼女は、自身の背中に蝙蝠のような羽を生やした。
それを広げながら、白き少女はシャネルたちへと告げる。
「オマエたちは立派だっタ。ボロボロの身体と壊れかけの機械でよく戦っタの。ノノはオマエたちを褒める。命を奪うようなキズは負わせてナイ、ゆっくりそこで休んでて」
まるでスペースフレームを纏っているかのように空中へと勢いよく飛翔していく人外の少女を見つめながら、シャネルは拳を握りしめた。
「化け物に褒められても、嬉しくないわよ」
そんな彼女のそばへとアヌシュカ・ミルザとマリアの二人が這うように近づく。
「シャネル……ご、ごめんなさい、役に、立てなくて」
「ごめんなさい、シャネルちゃん。わたしの回復能力も、追いつかなかった」
「役に立てなかったのはアタシもよ。はあーあ、誰にも負けないように頑張ってきたんだけどなー。悔しいわね!」
溢れ出る涙を抑えるように、シャネルは声を張る。
そして同じく悔しそうに涙ぐんでいるアヌシュカ・ミルザとマリアと顔を見合わせたのちに、三人は手を握り合った。
「まだまだ強くならないといけないんだから。こんなところで地球に堕ちるわけにはいかないのよ。だから――あとは託すわよ、小羽根」
***
温かくも優しい不思議な感覚を感じて、小羽根は瞳を大きく見開いた。そして自身の手のひらを見つめて、しばし考え込んだのちに小さなほほ笑みを浮かべる。
「ああ、そっか。そういうことだったんだね。ありがとう、シャネルちゃん、アヌシュカちゃん、マリアちゃん。……今、ようやくわかったよ、わたしの能力」
大切なものを預かるように自身の身体を抱きしめて、小羽根は声を漏らした。
「わたしの能力は、『
小羽根の身体がより一層輝きを増して、周囲の温度が上昇する。もはや発熱具合においてはアッカーソンと遜色ないレベルにまで達していた。
ごくりと鈴蘭は息を呑む。
そして自身に言い聞かせるように状況を評する。
「お前はアッカーソンほど強くない。お前のスペースフレームは熱エネルギーを効率よく扱えるように最適化されてない。単純な威力や速度なら、ニーナ博士が造ったあたしのスペースフレームのほうが上回ってる」
スペースフレームを最大限に駆動させて鈴蘭は小羽根へと一直線に接近していく。性能差でねじ伏せようとする鈴蘭を目の前にしながら、しかし小羽根はゆっくりと瞼を閉じた。
「うん。わたしはアッカーソンさんみたいに強くない。だけど、わたしにはみんながついてくれてる。だから――力を貸して、アヌシュカちゃん」
小羽根は瞼を開けると、決意の籠った瞳で拳を強く握りしめた。
「継承――『肉体強化』っっ!」
その瞬間、小羽根の拳が信じられない速度で動いた。
鈴蘭の動体視力をもってしても追いきれず、身体も反応しきれない速度。小羽根の振るった拳が〝KAGUYA〟の右装甲を打撃した。砲弾でも浴びたかのような轟音を立てて、スペースフレームごと鈴蘭の身体が遥か低高度域まで弾き落される。
「――――――ッ!? 何、この威力と速度!」
困惑を浮かべる鈴蘭をよそに小羽根は大きく顔をしかめる。
あまりにも凄まじい威力だったために反動も大きく、小羽根の拳から血が流れ出ていた。しかし彼女は冷静に、もう片方の手をかざして詠唱する。
「継承――『身体回復』」
オレンジの光に包まれて負傷した部位が治癒されていく。拳から流れる血は止まり、少し前に鈴蘭に斬られた傷もまた徐々に塞がっていく。
その光景を見た鈴蘭は瞼をしばたたかせた。
小羽根が披露した二つの能力――『肉体強化』『身体回復』。
これらは、アヌシュカ・ミルザとマリアが有する能力と同一のものだった。
「嘘でしょ、あんた、能力をコピーできるの?」
「コピーとは違うよ。想いと一緒に継承したの」
「……同じようなもんでしょ」
そして彼女たちは攻撃を交わし合う。
しかし、複数の能力を保有する小羽根の前に鈴蘭は決定打を決めることができない。互いに決まれば一撃必殺の技を有するがゆえに回避を優先せざるを得ず、大きく踏み込めない。小技を繰り出し合うなかで、連戦続きの鈴蘭の体力が徐々に失われていく。
そして時間が刻々と過ぎていき、やがて、そのときが訪れた。
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