第六章 星屑になる少女たち⑨

「……アッカーソン、さん?」


 呆然とした表情で小羽根が彼女の名を告げる。

 鈴蘭もまた目の前で起こっている光景に唖然としながら、かつてローウェルが告げた言葉を思い出していた。


『アレクシス・アッカーソン、ゾフィー・グラッツェル、ゼノン・クライシス、シャーロット・エヴァーグリーン。こいつらは不可能を可能にする』


 全身を触手によって貫かれているはずなのに。

 明らかに即死級の致命傷を負っていて、全身からは今もおびただしい量の血液が流れているのに。


 アレクシス・アッカーソンは、ゆっくりと、だが確実に四肢を動かして、自身に突き刺さっている触手を掴んだ。少しずつ彼女の身体が白く発光しはじめて、周囲の温度が上がっていく。


「諦めて、ニンゲン。その触手はオマエの熱じゃ溶かせない。そう進化しタ。オマエは十分に戦っタ。もう安らかに、眠って」


 どこか憐れみを帯びた瞳とともにノノが静かに告げる。しかしその言葉を受けてアッカーソンは小さく笑い、情熱的な真紅の瞳を白き少女へと向けた。


「進化するのはBIOSだけじゃない。人類もまた歩み続ける。昨日よりも前へ。私たちはそうやって歴史を紡いできたんだ」


 触手を握る手に力が込められる。

 傍目から分かるほど更に彼女の身体が熱さを増して光り輝きはじめる。


 傷ついた肉体の限界を超えて、通常時の彼女の限界を超えて、未だ到達したことのない己の限界を超えて、更にその先、その先へ――――。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!」


 彼女が雄たけびを上げると同時に、彼女に突き刺さった七本の触手が溶けだした。更に温度は上昇していき、やがて、七本の触手が超高温に耐えきれず完全に溶け落ちる。


「な――、ありえなイ」

「レベルⅢ、宵野鈴蘭。君たちの想いはよく伝わった。だがそれでも譲れないものがあるんだ。私たちは負けられない。人類が前へ進み続けるために」


 灼熱の英雄。


 その言葉の意味を、鈴蘭はようやく理解した。

 ごくりと鈴蘭が唾を飲み込んだとき、アッカーソンのスペースフレームへと通信が入った。


『くっくっく、流石だねぇ、アッカーソン。伊達に太陽を名乗っているわけじゃないってことかい。でもどうするつもりだい? 今更お前が復活したところで、もう偽りの月は止められない。今しがた、メインシステムⅥの制御権限を取り戻して、不正操作されていた推進装置の最後の一基を強制停止。と同時に地球から見て表側に設置された全六〇基の推進装置をフル稼働させて地球へ落ちないように逆噴射させている状態さね。だけれどちっとも火力が足りゃしない。時間は稼げるかも知れないが、偽りの月を押し返すには程遠い。くっくっく、詰みってやつかねぇ?』

「私が誰か忘れたのか。火力ならあるだろう、ここに。人類最強の炎が」

『……それなら。いや、駄目さね。偽りの月を押し返すほどの高エネルギーをお前が生み出したとしても、その出力にエクスプローラーじゃ耐え切れない。スペースフレームが壊れたらお前のエネルギーを変換する術もなくなる』

「なら、アレを送ってくれ。アレなら、私の本気に耐えきれるだろう?」

『そういうことかい。くっくっ、分かったよ。だけれど、分かってるんだろうねぇ? それが何を意味するのか』

「ああ、もちろん」


 アッカーソンは小羽根へと向き直った。


「ありがとう。君のおかげで大切なことを思い出せたよ」

「良かったぁ、アッカーソンさんが、無事で。えへへ、安心、しちゃいました」


 目尻に涙を残したまま笑顔を浮かべる小羽根へと、灼熱の英雄は優しい眼差しを向ける。


「小羽根、強くなったね。逞しくなった。困難な敵を前にしても諦めず、何度も立ち上がって武器を手に取った。君はもう立派なスペースガールズだよ」


 真っ白になるほど両手が超高温に発熱している。そのためアッカーソンは小羽根に触れられない。その代わりに、彼女はたっぷりと情熱を込めて告げる。


「スペースガールズにとって大切なのは特異な能力でも強靭な身体でもない。勇気だ。暗い宇宙を駆け抜けて、敵を倒し、人類と仲間たちの未来を切り開く勇気。小羽根にはそれがある。君になら、私たちの想いを託せる」


 どこか遠くから超高速で何かが飛来する音が聞こえた。「……来ル」とノノが呟くと同時に、少女たちの間を凄まじい速度で駆け抜けて、アッカーソンの傍へと一機のスペースフレームが舞い降りた。


 アッカーソンは自身の愛機の装着を解除して、それを優しく地面に横たえる。


「すまない、〝エクスプローラー〟。できれば最期まで共に戦いたかったが、それは叶いそうにない。現実とは厳しいものだな。お前は私の代わりに、後輩たちがどんな未来を紡いでいくのか見守ってあげてくれ」


 そして、彼女は新たなる機体を身に纏う。


 それは真っ白な機体だった。


 何の装飾もなく余計な兵装もなく、必要不可避な機能のみが搭載された完全なる機体。


 それを纏って何を感じたのだろうか、アッカーソンは感慨深そうに天を見上げた。


「これが〝アポロⅪ〟か。なるほどこれは、使用者の命を奪う魔剣に近しいな」


 覚悟を決めたように空を見上げるアッカーソンへと、小羽根が眉を寄せながら尋ねる。


「アッカーソンさん。一体、何をするつもりなんですか?」

「敗北を覆すんだ」

「……わたしには分かります。アッカーソンさん、自分を犠牲にしてわたしたちを助けるつもりですよね。あのとき、お父さんとお母さんも同じ顔をしてました。……嫌です、わたし、もう誰かを失うなんて。アッカーソンさんを失いたくない」


 怯えた表情でそう訴える小羽根へと、アッカーソンは芯の籠った声で告げる。


「私は君を一人前のスペースガールズと認めた。だからあえて厳しく告げる。もう子ども扱いはしない。家族としてではなく、一人のスペースガールズとして君に告げる。――朝日小羽根。私はこれから死にに行く。命を賭してこの星を守り抜くッ! だから君はその援護をしろ。私が全力を出し切れるように、宵野鈴蘭とレベルⅢと戦い、その動きを抑えろッ!」

「……………………っ」

「ともに、人類の未来を守り抜くぞ、小羽根」

「っ――――、はい!」


 涙を拭って小羽根は顔をあげる。

 そこにいたのは英雄の意思を受け継いだ一人の少女だった。


 その表情を見てアッカーソンは満足そうに微笑んだのちに、〝アポロⅪ〟を駆動させた。全身から溢れんばかりに熱を放出して、まるで本物の太陽のように灼熱の輝きをもって周囲の全てを照らしながら彼女は一直線に空へと駆け登っていく。


 やがて、彼女は偽りの月の周囲に展開された不可視防御領域にぶつかった。


 激しい閃光とともに、あまりの衝撃に数枚のシールドが破られる。しかしそれでもアッカーソンは全身から激しい熱を放出して天へと登り続けようとする。しばらくすると地表に設置されたシールド展開装置が稼働して、アッカーソンの目の前へと向かって不可視シールドを多重展開しはじめた。


「ノヴァ博士の采配か。これで心置きなく全力を出せる」


 アッカーソンの発熱が増加するとともに〝アポロⅪ〟からの推進力が更に上がり、それに比例して、偽りの月の落下スピードが徐々に緩やかになっていく。


 アッカーソンは振り絞るように大声をあげた。


「これは光り輝く我らが太陽、これは光り輝く人類の未来。人の可能性は無限にどこまでも輝きつづける。――最終奥義『恒星終焉真体シャイニング・オーバードライブ』ッッ!」


 太陽。


 まさにそうとしか表現できないほどの大いなる輝きを纏った人物が、幾重にも張り重ねられた不可視防御領域ごと偽りの月を押し上げていく。


 圧倒的な力と覚悟。

 灼熱の英雄が見せる、最期の勇姿。


 しかし、地表に残された少女、宵野鈴蘭にもまた負けられない理由がある。


「師匠のためにも、UDHのみんなのためにも。あたしはこの星を落としてみせる」


 鈴蘭は刀を構えて、目の前に立ち塞がる少女――朝日小羽根を睨みつける。と同時に、小羽根の隣にシャネルとアヌシュカ・ミルザ、マリアの三名が並び立った。


 その様子を見て、ノノが一歩前へと歩み出る。


「コイツらの相手はノノがする。だからスズランはアイツを追いかけて」

「わかった。でも大丈夫? まだ万全じゃないんでしょ?」

「安心して。ノノは強いから、こんなヤツら余裕」


 背中から七本の触手を取り出して、ノノはそれを縦横無尽に動かす。たったそれだけの光景ではあったが、まるで邪神が降臨したかのような恐怖が場を制した。


「……わかった。頼むね、ノノ」


 鈴蘭とノノがそんな会話をしているのと同じタイミングで、小羽根とシャネルもまた最後の打合せをしていた。ここにくる道中で手に入れたある物を渡しながらシャネルは告げる。


「ちょ、ちょっと、シャネルちゃん? これは……?」

「整備室に置いてあったアンタ専用のスペースフレームよ。アンタが今装着してる機体もアタシたちの機体も今までの戦いで損耗していて、このままじゃろくに戦えないわ。だから新品の機体を探しに行ってそこで見つけたの。アタシたちはレベルⅢの相手をして時間を稼ぐわ。だからアンタは、この新しい機体を使ってアッカーソン先輩を守りに行きなさい」

「シャネルちゃん」

「ほんっとーに癪に障るけど。アンタに託すわよ。偽りの月の行く末と、アタシたちの命。アンタなら救える気がするのよね。この中で一番弱いのに、なんでかしら?」

「……ねえ、シャネルちゃん」

「なに?」

「絶対に守って見せるから! だから戻ってきたら、また一緒にお昼食べようねっ!」

「ふっ、アンタらしいわね。頼もしいわ。ああ、それと……その機体、〝ひまわり〟って名前らしいわよ。偶然なのか何なのか知らないけど、太陽の方角を向きつづける花って、アンタが装備するのにピッタリよね」


 そして鈴蘭と小羽根は、競い合うように空へ飛翔していった。


     ***


 鈴蘭はちらりと背後を振り返り、背後に迫りくる少女を睨みつける。


「なんでオマエはッ! いつもいつもあたしの邪魔を!」

「邪魔してるわけじゃないよ。本当は後悔してる。あのときも、今も、誰も傷つかずに済んだ方法があったんじゃないかって、何度も何度も考えたよ」

「お前のせいでノノは死にかけた。あたしも全身を焼かれた。そして師匠は命を落とした! お前さえいなければッ!」

「……っ! それは、悪いと思っているよ。でも、アッカーソンさんだってっ! アッカーソンさんだって、あなたたちのせいで命を落とそうとしている!」


 小羽根が握りしめた槍状のメインウェポンと鈴蘭の刀が接触し、激しい火花を散らす。


 鈴蘭の眼前に〝KAGUYA〟による演算結果がホログラム出力された。

 今、鈴蘭たちは戦闘機と同程度の時速一〇〇〇キロメートルで飛行している。

 アレクシス・アッカーソンに接敵するのは、概ね五分後。


 五分間、小羽根の猛追を躱しながら飛行すること自体は容易い。


「だけど、それじゃ怒りが収まらない。それまでの間に、お前を殺す――ッッ!」


 互いに高速飛行しながら、相手の隙を見つけては接近し武器を振るう。


 朝日小羽根の口元は固く結ばれていて瞳孔は大きく開き、片時も鈴蘭の動きを見逃さないという風に集中しきっていた。そして徐々にではあるが時間とともに、小羽根の空中を駆けるスピードと攻撃をしかけるときのパワーがあがっていく。


 鈴蘭は息を呑んだ。


(新しい機体の性能だけが要因じゃない。この力量はコイツ自身から生み出されてる。集中力が上がったせいか、覚悟が決まったせいか、どんどん強くなってる!)


 鈴蘭は能力を発動させるタイミングを伺うが、一向にその状況はやってこない。

 それどころか、戦意に溢れて集中しきった小羽根に圧されていく。


「アッカーソンさんは戦い続けた。多くの人を救った。そして今も、わたしたちを救おうとしてくれている!」


 勇気を得た少女から放たれる槍の一撃一撃が重く響く。


「アッカーソンさんみたいに、わたしもみんなを守るんだ。弱くても、どんなに困難な状況でも関係ないっ! 諦めず、勇気をもって戦い続ける!」


 いつの間にか二人はアッカーソンまで残り一分で到達できる距離まできた。それなのに鈴蘭は先ほどまでよりも遥かに遠いところにきたように感じていた。理由は分かっていた。


 目の前に、強大な敵が現れたから。

 朝日小羽根という名の、かつては弱かった少女。


 彼女は、太陽のように瞳を輝かせながら、自身の胸を力強く叩いて宣言した。


「アッカーソンさんに灯してもらった炎は、わたしのなかで燃え続けるっ!」

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