第六章 星屑になる少女たち⑥
どこか呆然とした表情で、アッカーソンは旧友の亡骸へと向かって手を伸ばしかける。しかし彼女はすぐに手を引っ込めて、頭を左右に振った。
「今はまだ駄目だ。私にはやるべきことが」
そう告げると彼女は小さく「
「装甲は大きく損壊しているが、エネルギー変換装置はまだ動く。一度でも撃てばバラバラに砕けるかもしれないが、最後の一撃、賭けてみる価値はあるか」
彼女は地面に設置した射出機構のエネルギー変換装置へと向かって手をかざし、体内で発生させた熱エネルギーをその装置へと送り込みはじめた。そんな彼女へと鈴蘭は接近し、彼女の手を斬り払うつもりで漆黒の刀を振るう。
しかしその挙動を読んでいたアッカーソンは攻撃を躱し、灼熱剣を構えた。
「あと三分だ。その間に推進装置を破壊しなければ全てが終わる。BIOSから地球を守る手段は失われ、地球には多数の被害者が出て、大星団から帰還しようとしている仲間たちは帰る場所を失う。そんな未来は実現させない」
「うるさい、黙れ! ノノを殺して、師匠を殺して。色んなものを犠牲にしてきた報いがそれでしょっ!」
その言葉を受けてアッカーソンは苦しそうに歯噛みした。一瞬だけ怒りと苦悩が表に現れるが、しかし彼女は怒声をあげることなく冷静に淡々と告げる。
「ああ、そうだ。色んなものを犠牲にしてきた。いつか報いを受けるだろう。だがそれでも人類の希望であるこの星は失わせない。……君に恨みはない。それどころか君には申し訳ないことをしたと思っている。しかし、これ以上私たちの邪魔をするというのなら容赦はしない」
灼熱の英雄が鈴蘭へと向かって肉薄する。
鈴蘭は息を呑んだ。凄まじい熱量。
近づかれただけで本能的恐怖を感じる。スペースフレームの不可視シールドがなければ今頃大火傷を負っているに違いなかった。
しかし逃げるわけにはいかない。師匠の悲願と復讐を達成しなければならない。
「本気で、この私を倒せると思っているのか?」
目の前で振るわれた灼熱剣を間一髪避ける。しかし距離が近すぎた。度を超えた熱量によって鈴蘭の周囲に張られた不可視シールドが決壊する。と同時に、アッカーソン本人から放たれる凄まじい熱気が雪崩れ込み、顔面や右腕が凄まじい痛みを検知した。
「ぐ、うぅ……っ、あああああああ!」
鈴蘭は思い出す。
あの日、アッカーソンによって全身を焼かれたときの苦痛と恐怖を。
接近戦はまずい、と鈴蘭はその場を離脱しようとするが、自身が発する熱をスペースフレームの動力に変換できるアッカーソンのほうが圧倒的に速度は上で、まったく引き離せない。
「この……っ、抜刀――『空花乱墜 一花・桔梗』」
逃げられないなら攻撃するしかない、と能力を発動させるが、灼熱の英雄はその動きを読んでいたかのようにいとも簡単に避ける。そして反撃と言わんばかりに灼熱剣を振るう。
鈴蘭の右腕が切断された。激痛が全身を駆け巡る。
鈴蘭はうずくまりながら、切断された部位を残された片腕で押さえた。
「ぐ、うう、あああああああああ……っ!」
アッカーソンが鈴蘭の目の前に立った。そして相変わらず本能的に怯えてしまうほどの超高熱を放ちながら、はっきりと、圧迫感を与えるように告げる。
「諦めてくれ。今なら悪いようにはしない。無罪とはいかないが、最大限、罪が軽くなるように私も掛け合う。しかしまだ抵抗するのなら、確実に息の根を止める」
能力、経験、知略、あらゆる点において彼女に敵わない。
そして覚悟さえも、死ぬことを前提にこの戦場へやってきた鈴蘭と遜色ない。
(師匠の幻覚すらないこの状況で正面から戦って勝てる相手じゃない。ああ、そうだ。師匠も言っていたじゃないか。こんな状況になったら逃げろって。でも、それでも)
鈴蘭は笑った。
彼女の師匠がよく見せた挑発的な笑みを浮かべながら、刀に手をかける。
「ハッ、やってみなよ、紅い悪魔。オマエさえ殺せば偽りの月は止められなくなるんだ。その剣を振った瞬間、あたしも刀を振るって――首を落とされてでもオマエを殺してやる」
「そうか、残念だ」
ビリビリと痛いほどの熱を肌に感じる。
と同時に、腹部には激痛が走り、全身の血管という血管が暴れはじめる。こんなときに例の発作かと鈴蘭は思ったが、もう今更どうすることもできない。
(ああ、師匠、ごめんなさい。言いつけを破るばかりか、万全の状態で戦えないなんて。それでも絶対、仇は取るから)
灼熱の剣が首元へと迫る。
同時に、鈴蘭の身体を駆け巡る不快感と激痛も激しさを増す。
(絶対にコイツだけは殺す。例えあたしの力じゃ届かないとしても絶対に殺す。ああ、だからどうか動いて、あたしの身体。あたしに、力を貸して――)
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