第六章 星屑になる少女たち③

 核融合によって無尽蔵に近しい熱エネルギーを生み出せるアッカーソンは、鈴蘭たちでは追いつけない速度で宇宙空間を飛び回りながら、触れれば金属すらも一瞬で溶融させる炎弾を放ち、推進装置を次々に破壊していく。


 鈴蘭はその光景を見ながら、まるで古に伝えられる龍と戦っているような感覚を覚える。しかし怯んでいる暇はない。偽りの月の表面ギリギリを高速飛行しながら彼女は、目の前に迫りくる配管パイプを避けて貯蔵タンクを避けて最短距離でアッカーソンを追いかける。


 鈴蘭のそばを飛行するローウェルが、二丁の拳銃型メインウェポンを両手に構えた。


「思い通りにさせるかよ、クソ野郎。――『追尾する光プリズム・ファイバー』」


 銃口から放たれたレーザーがまるで生き物かのようにうねり、配管パイプ等の障害物を避けながら最短距離でアッカーソンへと迫り、彼女のスペースフレーム〝エクスプローラー〟の機体表面に接触して激しい火花を散らす。アッカーソンは眉間に皺を寄せて、レーザーから逃れるように遮蔽物の影へと向かって飛んでいく。


「ハッ、逃がすかよ」


 ローウェルは二丁の拳銃型メインウェポンから次々にレーザーを発射する。


 いずれの光も湾曲しながら遮蔽物の裏手へと飛んでいく。激しい閃光が遮蔽物の影で瞬くと同時に、灼熱の英雄が物陰から飛び出した。


 追尾する光から逃れるようにアッカーソンは旋回するが、流石の彼女も光の速度を上回ることはできず、〝エクスプローラー〟にレーザーが次々に直撃する。


「おい弟子、よく聞け。能力を発動したアイツは無敵だ。金属すら一瞬で溶かす超高温のせいであらゆるダメージが通らねェ。だが、スペースフレームは違う。〝エクスプローラー〟はアイツが放出する熱エネルギーに耐えられるように設計された特注品だが、所詮は機械だ。アイツ自身ほど無敵じゃねェ」


 更に引き金を引く。何度も何度も何度も。

 紅い悪魔を確実に追い詰めるために。


「流石のアイツでも、スペースフレームが破壊されればこの宇宙空間でまともに動けない。地球じゃ無理でも宇宙でなら、アイツを再起不能にする手段がある」


 アッカーソンが懐から一振りの剣を取り出した。

 超高温の灼熱剣。

 かつてノノの首を切断したその剣を振るってレーザーを弾きながら、彼女は飛び続けて推進装置を見つけ次第、スペースフレームに搭載された爆撃機能を使って破壊していく。


 既に全六〇基中、二四基が損壊。

 目標ポイントΩへの到達率はまだ三四%。

 明らかに偽りの月の加速具合よりも、推進装置を破壊するスピードのほうが早かった。


「っ、このままじゃ」


 ホログラムに表示されたデータを見て焦りを覚えた鈴蘭は速度を更に上げた。タンクの物陰からアッカーソンが姿を現すとともに、鈴蘭は刀状のメインウェポンを引き抜く。


「アッカーソン――――ッ!」


 しかし鈴蘭の姿を認識するや否や灼熱の英雄は急激に自身の体温を上昇させて、スペースフレームの放射口から炎を放った。金属さえ溶かす火炎を鈴蘭は間一髪避ける。久しぶりに彼女の炎を間近で目撃したからか、どくどくと血流が速まり、体内が蠢いた。


「宵野鈴蘭、どうして君がここにいるのか、どうして君がスペースフレームを扱えているのか分からない。君はただの一般人だったはずなのに」

「あたしの身体にノノが細胞を残してくれていた。そのおかげであたしは今、こうやってアンタを追い詰められる」

「信じたくはないな、その言葉」

「はっ、なら今度こそ、毛の一本も残さずにあたしを丸焼きにしてみれば?」


 アッカーソンが顔をしかめた。どうやら彼女の苦い記憶を掘り起こすのに成功したらしい。

 しかし彼女は挑発には乗らず、再び推進装置へと向かって飛翔を開始した。


「君を殺すようなことはしない。この一件を全て片付けたのちに、君たちには国際法に基づく然るべき罰を受けてもらう」

「ちっ、そう簡単にはいかないか」


 ローウェルがレーザーを何度も放つ。鈴蘭が隙を見つけては斬りかかりに行く。

 しかしそれらの行動をアッカーソンは自身の能力によって防ぎつつ、次々に推進装置を破壊していく。


 推進装置は、残り一〇基。


 そのとき、アッカーソンの動きがピタリと止まった。

 ゆっくりとその場で回転し、彼女は周囲を確認しはじめる。


「おかしい。明らかにこの状況はおかしい」


 彼女はスペースフレームに搭載された通信機へと問いかける。


「誰でもいい、教えてくれ。偽りの月の加速は弱まったか?」


 しかし、返答はない。


「……通信システムも奪われたか。しかし、間違いない。さっきから明らかに本物の月との距離が遠くなっている。偽りの月の加速が弱まっていない」


 アッカーソンは確信を持った様子で背後を振り返り、ローウェルと視線を合わせた。そのまま二人は互いに手が届く距離までゆっくりと近づいていく。


「驚いたよ、ローウェル。一〇年前、君はこれほどの能力を持ち合わせてはいなかった」

「ああ、そうだな。テメェを殺すために磨いた技だ」

「頼みがある。この技を解いてくれないか? 私は、友を殺したくはない」

「ハッ、友人を見殺しにはできても、直接手にかけるのは嫌ってか?」


 真っ赤に光り輝くアッカーソンの灼熱剣がローウェルの腹部に深々と突き刺さった。そのままローウェルの腹部が横一文字に切り裂かれる。


「ローウェル、この幻術を解けッ! 私は、本気で君を殺してしまうぞ!」


 切断されたローウェルの身体が霧のように霞んで消えていく。しばらくして、切り裂かれたはずのローウェルが五体無事な姿でタンクの後ろから静かに登場した。


「――『幻想賛歌ミラージュ・ファントム』。対象者の網膜に入り込む可視光を操作することで、都合のいい幻覚を魅せる。さっきからテメェが破壊して回っていたのは、何の変哲もない電力設備。本物の推進装置は、まだ一つも壊れちゃいねェ」

「今、私の目の前にいる君も幻覚か?」

「さあな。焼いてみればどうだ? 得意だろ。それで、答えがわかる」


 灼熱の英雄がぐっと押し黙った。そして一歩も動けなくなる。


『幻想賛歌』には、いくつか弱点が存在する。対象者の位置をローウェル自身が常に把握している必要があり、同時に能力をかけられる相手は五人まで。また防犯カメラ等の光学機器に影響を与えることはできない。


 しかしそれらの弱点を考慮しても、この能力はあまりにも圧倒的だった。


 現実とまったく区別がつかない精度の幻覚視。


 目の前にあるものが信じられず、自分が今どこにいるのかすらわからない。

 下手に動いて攻撃すれば重要な設備を破壊してしまう可能性があり、最悪の場合、味方の命を奪ってしまうかもしれない。この幻術をかけられた者はそのような恐怖にかられて動けなくなる。


 そんな状態に陥ったアッカーソンへと向かって、ローウェルは容赦なく『追尾する光』を何発も照射する。灼熱の英雄は回避行動をとるが、しかし次々に飛来するレーザーすら本物か幻想か判別できない。視界に広がる光景が信用できず、推進装置がどこにあるのか分からない。


 間違いなく、アレクシス・アッカーソンは劣勢に追い込まれていた。


「流石だよ、ローウェル。かつて私をここまで追い込んだ者はいなかった」

「それは光栄だな」

「ようやく理解できたよ。君は本気でこの星を堕とそうとしているんだね。信じたくはなかったけれど君がそこまでの覚悟を決めているなら、私も応えないといけない。不用意に破壊するのは避けたかったが、地球に堕とされるよりはマシだ」


 アッカーソンはピタリと動きを止めて追尾する光を避けるのをやめた。


 迫りくるレーザーを意にも介さず静かに瞼をつぶり深呼吸しはじめる。と同時に、彼女の身体が太陽のように白く発光しはじめた。


「――『紅蓮の絨毯クリムゾン・フレア』」


 灼熱の英雄がそう呟くと同時に、〝エクスプローラー〟の射出口が変形し、三六〇度全方位へと向かって無数の火炎弾が放たれる。


 それはまるで爆撃機から投下される爆弾の嵐。あるいは火山から放たれるマグマの雨。ただの炎と称するにはあまりにも大規模で恐ろしく、北欧神話において世界を焼き尽くしたとされる業火を想起させる代物だった。


 縦横無尽に降り注ぐ火炎弾によってあらゆる設備が焼き尽くされていく。タンクも電力設備も推進装置も。例外はなく、全て炎に包まれて壊される。


 貯水タンクの陰に退避した鈴蘭とローウェルは顔を見合わせた。


「あいつ、何もかも焼き尽くすつもり? 本物の推進装置がどこにあるかわからないなら全部焼き尽くせばいいなんて、脳筋にもほどがあるでしょ」

「強引な解決方法だが、それを実践できるのがあの赤いクソ野郎だ。チッ、面倒だな。このままだと敗北するのはオレたちのほうだ」


 ローウェルが数発のレーザーが放つ。

 しかしそれらはアッカーソンに届くことはなく、全て彼女の周辺に渦巻いている炎に呑まれてしまった。


「レーザーすらアイツに届かねェ。最悪の状況だな、これは」

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