第六章 星屑になる少女たち①

宇宙空間を飛行する巡行ロケットの座席に深く腰かけて、鈴蘭は窓の外に広がる景色を見つめた。神秘的で美しい宇宙空間がどこまでも広がっていて、ロケットの移動に合わせて光景が目まぐるしく変化していく。


「オレが現役の頃からゼノンの才能は突出していた。アイツが本気だったら、オレたちはここまで来れてねェだろうな」

「そうなんですか? 師匠なら勝てそうな気もしましたけど」

「アイツの恐ろしいところは、複数の機体を同時に操れるところだ。一〇年前、アイツは一〇〇体の機体を同時に操作してみせた。今は何体同時に操作できることか。考えてみろ、オマエが戦ったのと同じ機体が数百……いや、数千体も同時に攻めてくる姿を。並大抵のスペースガールズじゃまず勝てねェ」


 ごくりと鈴蘭は唾を飲み込んだ。そんな恐ろしい敵と戦っていたのか、と実感する。


 そんな会話をしている間にも、自動飛行モードに設定されている巡行ロケットはあらかじめ設定された目的地――偽りの月へと向かって進んでいく。

何か操作をする必要はまったくなく、つまり、偽りの月に着くまで彼女たちは退屈だった。


 緊張を少し緩めようと鈴蘭が息を吐いたとき、彼女は腹部に違和感を覚えた。


(――また、だ)


 鈴蘭は急いで立ち上がると無重力の船内をすいーっと移動して、キャビン後方部に設置されていた排泄物処理装置へと顔を突っ込んで嘔吐した。何度も何度も嘔吐する。一通り吐き終えて背後へ振りかえると、そこにローウェルがいた。


「ただの宇宙酔いです」


 何か言われる前に先手を打ちたくてそんな言葉が漏れた。

 しかしローウェルはそんな言葉で誤魔化されるほど甘くなかった。


「隠さなくてもいい。テメェの体調が万全じゃないのは地球にいる頃から知ってる。ここまで来たんだ。今更、どうこうするつもりはない。正直に話せ」

「………………」


 そして鈴蘭は全てを打ち明けた。


 ノノを失った日からずっと体調が悪く、嘔吐を繰り返してきたこと。身体能力は向上したけれど常に倦怠感があって、たまに腹部の激痛で動けなくなること。


「分からないんです。ストレスなのか、ノノの細胞を取り込んだ副作用なのか。どっちにせよ、正直に伝えたら宇宙に連れて行って貰えないと思って」

「その体調不良は、UDHに運び込まれた日からなんだな?」


 その問いかけに、鈴蘭はこくりと頷いた。


「やっぱり、そういうことか」


 ローウェルは小さな声でそう呟くと、鈴蘭を落ち着かせるように優しい声音で告げる。


「安心しろ、テメェは何も気にしなくていい。オレに任せろ」


 その後もロケットは推進していき、やがて広大な宇宙空間にぽつんと浮かぶ球体状の人工物が鈴蘭たちの前に姿を見せた。無数のケーブルやアンテナ、貯蔵タンク等々が設置された、コンクリート製の人工天体。


「どうだ、初めて間近で見る偽りの月は?」

「工場が密集しているみたいで汚いです。地球から見たときは綺麗だったのに」

「傍から見ると綺麗でも近づくと汚い。ふっ、人間と一緒だな」

「え? もしかして上手いこと言ったつもりですか?」


 手加減なしで思いっきりぶん殴られた。

 激痛を訴えかけてくる頬を抑えたのちに鈴蘭は耐え切れず、ふふっと笑った。


「いよいよですね。偽りの月が堕ちて、アイツらもあたしたちもみんな死ぬ」

「ああ、そうだな」


 これから死ぬというのに不思議と恐怖はなかった。どちらかと言うと、これでようやくノノの仇を討てるという穏やかな安心感があった。


「どうせ死んじゃうんですから、最期に教えてくださいよ」

「あ? 何だ?」

「ニーナ博士と付き合ってるんですか?」

「ごほ、おほっ、ぶぇっ!」


 激しく動揺する彼女へと、鈴蘭はにやりとした笑みを浮かべながら追撃する。


「みんな知ってますよ、師匠とニーナ博士が爛れた夜を過ごしてるって。愛情表現は人それぞれですけど殴ったり首絞めるのはよくないかなーって。たまに痣が酷いですよ」

「みんな知ってる? UDHの連中がってことか? ちっ、クソが。仮に生き残っても帰れねぇじゃねぇか!」


 ガン、っと普段の要領でローウェルが船内の壁を殴りつけた。その瞬間、船内の警報アラームが鳴動し、赤色に点滅するライトによって周囲が照らされる。


「師匠、もしかして船壊しました?」

「いや、お遊びはここまでみたいだ。偽りの月の警戒範囲に入った」


 ローウェルが窓の外を仰ぎ見る。鈴蘭もそちらへ視線を動かすと、偽りの月の表面に設置されたレーザー照射装置が旋回しはじめていた。


「一応確認なんですけど、この船って撃ち落されたりしないですよね?」

「何言ってやがる。一〇〇%撃ち落されるぞ。さっさと緊急脱出の準備をしろ。ここからはロケットを捨てて直接偽りの月に侵入する」

「そういうのは先に言ってよ!」


「ウェーブ・トランス・マテリアルズ」


 白銀の粒子が舞い広がって鈴蘭の身体にKAGUYAが装着された。同じく準備を終えたローウェルが漆黒のスペースフレーム〝スプートニク〟を纏った状態で船外を見つめた。


「行くぞ、弟子」


 巡行ロケットの速度と姿勢を安定させた後に、彼女たちはスペースガールズ専用の射出ユニットから船外へと飛び出した。


 衛星軌道基地とは違って着陸する場所もなく、上下の概念もない完全なる自由空間。方向感を失って鈴蘭は一瞬パニックになるが、傍にいるローウェルの落ち着いた表情を見つけて冷静さを取り戻す。フロートウィングが発する推進力を操作して浮遊姿勢を制御し、船外に射出された際に発生した等速直線運動を徐々に減速させることで、その場に制止した。


「練習の成果が出たな。このまま直接乗り込むぞ」


 偽りの月へと向かって移動し始めたローウェルを追って、鈴蘭はKAGUYAを操作する。


 先ほどまで二人が乗っていた巡行ロケットにレーザーが照射されていた。しばらくして船内の燃料に引火したのか、ロケットが爆炎とともにバラバラに砕け散る。炎は一瞬で消え去るが、爆発によって砕け散った無数の破片が、散弾銃のように全方位へと超高速で発射された。


「――――ッ!」


 二人は集中力を研ぎ澄まし、スペースフレームを高速旋回させて破片を避け続ける。視界が回って方向感を失いかけるが、灰色の人工天体と青い地球を頼りに脳内で位置関係を構築する。


 無重力体験装置やシミュレーターを使って訓練してきた成果が出ていた。改めて鈴蘭は、UDHのバックアップがなければここまで到達することすら不可能だったと悟る。


 あらかた破片を避けきった後に、ローウェルが鈴蘭へと告げた。


「このままついてこい。ほとんどのスペースガールズは大星団に駆り出されているとはいえ、敵の本拠地だ。気は抜くなよ」


 コンクリートと鉄骨に覆われた人工天体の表面が近づいてきた。

 フロートウィングから発せられる推進力を落とし、鈴蘭は偽りの月表面めがけて速度を調整していく。着地まで残り一〇秒、九秒、八秒――となったそのとき、彼女の眼前にナイフを握りしめた少女が現れた。


「っ!」


 攻撃を躱そうとするが避けきれず、ナイフによって頬を斬られる。流血した箇所を手で抑えながら辛うじて偽りの月に着地し、鈴蘭は傷を負わせた人物へと視線を向けた。


「ちっ、残念。やっぱり姿が見えないと難しいわね」


 そこにいたのは、金髪ツインテールが美しい少女シャネル・アダムズ。そして彼女の傍に、褐色肌の少女アヌシュカ・ミルザと、穏やかな表情のマリア・ハーパコスキ。


 そしてもう一人――。


「シャネルちゃん! いきなり一人で飛び出すなんて危険だよ。大丈夫だった?」


 心配そうな顔をしてシャネルへと駆け寄る、栗色の髪をした少女――朝日小羽根。

 ビキビキ、と鈴蘭の瞳が充血して真紅に染まる。


(こいつらさえいなければ、あの子があんな目に合うこともなかったのに)


 因縁のスペースガールズ四名が鈴蘭とローウェルを取り囲んだ。


「ここまで侵入してきた不審者はアンタたちが初めてよ。姿が見えない奴と話すのって変な感じね。まあ誰だか知らないけど、わざわざこんなところまで来たんだもの。ろくでもないこと考えてんでしょうね。その企て、このシャネルちゃんが阻止してみせるわ」

「た、対人戦は初めて。怖い、けど、頑張る」

「ふふふ、悪い子には、めっ、ですよ~」

「絶対に偽りの月は守って見せるよ。頑張ろうね、みんな!」


 呑気そうに声を上げる少女たちを見つめて、ローウェルは目を細めた。


「あのときのガキどもか。たかが知れてるな。おい弟子、速攻で倒すぞ」


 そして勝負は一瞬でついた。


 ローウェルが縦横無尽にレーザーを放つことで四人の連携を乱し、隙が生まれた奴から鈴蘭が強襲する。わずか数分で彼女たちは全員戦闘不能に陥った。しかし、立ち上がれない程度には叩きのめしたが命までは奪わなかった。


 鈴蘭は、地面に倒れる朝日小羽根の腕を踏みつけながら吐き捨てた。


「お前たちのせいでノノは死んだ。彼女が燃えていく姿をただ眺めるしかできなかった苦痛がわかる? 何もできず大切なものが奪われていく苦痛を、今度はお前たちが味わえ」

「もしかして、鈴蘭ちゃん?」


 小羽根は姿の見えない敵へとそう問いかける。何も答えずその場を去ろうとする鈴蘭の背中へと小羽根は声を投げかけ続けた。


「ねえ、本当に鈴蘭ちゃんなの!? ねえ!」

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