第五章 天王星と冥王星⑥

 その後、修道服の女を倒した鈴蘭たちは発射場を目指して廊下を駆けていた。


「さっき師匠が持っていた銃。銃声もしないし弾痕も見えなかったけど、レーザーとかを照射した感じ?」

「ああ。オレの能力は光の操作。相手に幻覚を見せたり、光を一点集中させて対象を焼き切ったりできる。あの銃はオレが集めた光をさらに強力に集光させて照射する武器だ」

「へぇ、強そう」

「だろ? 実際強いし、カッコいい」


 見せびらかすようにローウェルは走りながら銃を掲げる。


『ひひ、面白そうな会話してるところ悪いんだけど、そろそろ発射場に到着するよぉ。右奥に現れる階段を昇って、扉を開ければ発射場だにぇ。あ、そうそう、扉を開いたらそこは完全に宇宙空間だから、事前にスペースフレームを展開するのを忘れずにね』


 ニーナ博士の指示に従って移動し、頑丈そうな電子扉の前にたどり着く。

 ローウェルは懐から電子キーを取り出し、生体認証装置へと差し込んだ。


「ニーナ、解除を頼む」

『はいはい、お安い御用だにぇ』

 

 解除を待つ間、鈴蘭とローウェルは顔を見合わせた。


「いよいよ、ここから先は宇宙空間だ。行くぞ」

「はい、師匠!」


 扉が開き、二人は発射場へと一歩踏み出した。


 何もない平面な床。


 それが視界一面に広がっていて、その周囲を真っ黒で神秘的な宇宙が覆っている。

 重力はない。

 スペースフレームのおかげで息はできるし身体が浮き上がることもないが、何の制約もない無秩序な空間に放り出された不安が身体の底から湧き上がる。


(……怖い。これが、宇宙。何もなくてどこまでもいけるけど守ってくれるものは何もない。ひとたび足を踏み出せば、永遠に無限の彼方へと……)


「……弟子、おい、クソ弟子!」

「な、何ですか、師匠?」

「初めての宇宙に魅入るなとは言わねェが、後にしろ。今はロケットに乗り込むのが先だ。この光景なら、あとでロケットの中から好きなだけ見せてやる」


 そして彼女たちはスペースフレームを使用して宇宙空間を遊泳し、発射場の隅に設置されている三基の巡行ロケットを見つけた。

 プライベートジェット機ぐらいのサイズの小型宇宙船。

 その目の前まで辿り着くと、ローウェルは慣れた手つきで胴体部分の金属カバーを外してレバーを引き、露わになった電子機器差込口へと解除キーを差し込んだ。そして再びニーナ博士へとロック解除の依頼をする。しばらくして返答が届いた。


『無事に解除できたよぉ。でもこの差込口じゃロケットの制御系は奪えないから、パイロットルームにあるメイン制御機器に解除キーをもう一度差し込んで欲しいにぇ』

「ああ、わかった」


 指示された通り、ローウェルがサイドハッチから巡行ロケットに入ろうとする。

 そのとき、どこからか小型ミサイルが飛んできて、彼女が乗り込もうとしていた一つ隣の宇宙船に衝突した。肌を焦がすほどの爆炎が巻き起こり、一瞬ではあるが周囲が炎に包まれる。


「師匠!? 大丈夫ですか!?」


 そう叫びながら鈴蘭は視線を巡らせる。

 幸いなことにローウェルは大したダメージを受けた様子もなく宙に浮いていた。ホっとしたのもつかの間、空中に浮かぶローウェルの険しい視線に気がついて、鈴蘭は背後へと振り返った。


「あれー? センパイ、死んでないじゃないですかー? もしかしてゼノンちゃん、三択を外しちゃいました? やーん、運悪ぅーい」


 そこにいたのは、少女型のフォルムをした異質の存在だった。

 頭には曲面ディスプレイを搭載したヘルメットを被っていて、手足や胴体はエナメル質のスーツと複数の金属パーツで覆われている。肌は一切見えず、声もまたスピーカーから発せられる電子音声であり、その人物の素性を把握する手段は一切存在しない。


 鈴蘭はそのヘルメットに見覚えがあった。作戦指令室で見た顔写真と同じだった。


 ローウェルが二丁の銃を構えながら、目端を細める。


「久しぶりだな、ゼノン・クライシス」

「あっは☆ お久しぶりです、センパイ。今日はどうしたんですか? あ、もしかして同窓会ですか? なにも、こんな大星団の日にやらなくてもいいのにっ!」

「冗談に付き合っている暇はねェ。それよりテメェ、その口ぶりだとオレが誰だか分かってるみたいだな。どうやって把握してやがる? 姿も見えないだろうに」

「ああ、その透明マントみたいな子供騙しのことですか? 確かに光学センサーには何も映ってませんけど、MRN値検知センサーにはバッチリ映ってますからね! センパイから発せられるMRN値と、光を操る能力を照らし合わせれば、おのずとアンサーは導けるというものですよ! はい、これにてQ.E.D.っ!」


 ヘルメットに搭載された曲面ディスプレイに、緑色の点滅が浮かんだ。


「それにしてもよくここまで侵入できましたね? ビックリです。センパイが凄いのか、はたまたISAが無能なのか? うん、きっと後者ですね。ISAは一般人のテロ行為やBIOSの侵入ばかり考えていて、能力者による攻撃を考慮していない。だから姿が見えないだけの人間の侵入を許してしまうんです。ハァ、本当に無能。そう思いません? セ・ン・パ・イ?」

「先輩と呼ぶのはやめろ。オレはもうISAの人間じゃない」

「………………あー、」


 ゼノン・クライシスはピタリと動きを止めて、ゆっくりと鈴蘭へと顔を向けた。


「ところで、このザコは誰ですかぁ? センパイの子供?」


 ローウェルが握る拳銃から放たれたレーザーがゼノンの足元を溶かす。

 それを見てゼノンは愉快そうに腹を抱えた。


「アハハハ、違いますよね、違いますよね! そりゃそうですよね! だってセンパイ、男に興味ないですもんね! あははは! センパイが怒った! センパイが怒った! あはははは懐かしい!」


 ひとしきり笑った後、ゼノン・クライシスは動きを止めた。


「知ってますよ。復讐しに来たんですよね、ボクたちに。その船に乗り込むってことは偽りの月で何かしでかすか、アッカーソンセンパイを殺しに行く感じですか? ああ、そっか。そこにいるザコは宵野鈴蘭か。データベースと一致しましたよぉ。アッカーソンセンパイにレベルⅢを殺されたんだって? つまり二人は、復讐仲間ってワケですね!」

「アイツは、偽りの月にいるのか」

「あっは☆ そうですよ、だから言ったじゃないですか、同窓会ですかって? 安心してください、久しぶりの再会を邪魔するつもりはありません。どうぞ偽りの月へご出航を。でもその前に、一つだけ。ボクと戦いましょう? 一〇年前、ボクが候補生から昇格するタイミングでセンパイはISAを去っちゃったから、一度も力比べできてないじゃないですか。戦いたい! 戦いたい! センパイと戦いたい! さあセンパイ、今度はその銃口で――ゼノンちゃんのこの胸を撃ち抜いて」


 自身の胸元に触れながら腰をくねらせるゼノンから視線を逸らして、ローウェルは巡行ロケットのハッチを開いた。


「テメェはオレより強いさ。テメェが候補生の頃からずっとな。おい弟子、コイツの相手はテメェがやれ。オレは巡行ロケットの解除をする」

「え、いや、こいつ師匠よりも強いんでしょ? 大丈夫なの?」

「ソイツ一体相手にするだけなら、テメェでも勝てる」

「言ってることが滅茶苦茶なんだけど!」

「ガタガタ言わずに戦え」


 そう告げるや否やローウェルはロケットの内部へと潜り込んでいった。

 対する鈴蘭は、無茶苦茶な指示だと憤りを感じながらも、こうなったらやるしかないと腹をくくり、刀を引き抜いてゼノン・クライシスの右腕を切断した。


 宙をぷかぷかと舞う右腕を見ながら、ゼノンは驚いた様子もなくヘェと感嘆する。


「はっやーい、全然気づけなかった! 流石、センパイの仲間だけあるなぁ。ていうか、オマエとセンパイって師弟関係なの? あははは、あのセンパイに弟子かぁ、センパイも成長したなぁ」


 呑気に昔話をしているゼノンの左腕も斬り落とす。

 バランスを崩したらしく、ガクンと彼女の身体が傾いた。その状態のままゼノンはなおも楽し気に電子音声を発する。


「凄い凄い! キミの腕前なら、スペースガールズになっても十分やっていけるよ? どう、うちに興味ない? あ、でもボク人事権とかなかった!」

「ふざけてんの? 次はその首、斬り落す」

「真剣にやってもしょうがないでしょ、こんなのアソビでしかないんだから」


 誰にも視認できない速度でゼノンの首へと漆黒の刃を放つ――がしかし、ゼノンは刀の挙動を知っていたかのように首を少しだけ捻ってその攻撃を避けた。

 見切られた? と不振に思いながらも鈴蘭は刀を鞘へと仕舞って、次は能力とともに居合斬りを行う。


「抜刀――『空花乱墜 一花・桔梗』」


 しかし、またも軽く避けられる。


 鈴蘭の瞳が驚きに見開かれた。 


「あははは! 不思議そうな顔っ! 面白いから教えてあげよう。キミは刀を抜く前に右足をズラすけど、その幅によってどこに刀がくるか予測できる。抜刀寸前に短く息をする。その深さで何秒後に刀がくるか予測できる。だからぶっちゃけキミの攻撃は速すぎて全然見切れないけど、事前にその動きを予測することで避けられるってことっ!」

「たった二回の攻撃で、そこまで予測したっていうの?」

「ふっふっふー、甘いなー。ボクは数値、動画、音声といったこの世のありとあらゆるデータを保存してるんだよ。乙女の趣味でね☆ で、その膨大なデータから身長、体重、肩幅、筋肉量、人種、年齢、利き手――等々の情報を引っ張り出してきて、それらを組み合わせて動きを予測したってわけ。だからたった二回の攻撃じゃない。正確には、データベースに登録された六億三五〇〇万二七一一人の動きを参考に予測したんだ」

「でもそいつらは、あたしと同じ能力を持っていたわけじゃない。復讐心に染まっていたわけじゃない。そんな奴らの動きを参考にしてもあたしの攻撃を予測できるわけない!」

「だから最初に二回の攻撃を受けて、情報を補正したんだよ。あっはっはっは! あ、そうだ、足元注意したほうが良いよ」


 気がつけば、斬り落とされたゼノンの両腕が器用にトコトコと指を動かして移動し、鈴蘭の足元へと近づいていた。右腕が真っ赤に変色していき、やがて爆発する。


「ッ――KAGUYA!」


 不可視シールドで爆炎を防ぎつつ上空へと急飛翔する。

 しかし完全には避けきれなかった。爆炎によって鈴蘭の左腕は火傷を負い、肩には金属の破片が突き刺さった。


「……っ。何あれ、アイツの腕、義手だったの? それとも能力?」


 爆発したのは右腕だけだったようで、今もなおゼノンの左腕は地面を這いずり回り、鈴蘭の姿を探していた。


「うーん鈴蘭ちゃん、視野が狭いね。戦いの経験が浅いのか、初めての宇宙に緊張しているのか。どちらにしても初々しくて可愛いぞ☆」

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