第四章 Under Dog Howl⑧

「能力の開花には、想いが重要だ」


 夜空に煌めく星々の灯りだけが二人を照らす、暗くて静かな夜。

 鈴蘭へと向かって本物の刀を投げながらローウェルは静かに告げた。


「憎悪しろ。復讐心を最大まで高めろ。殺したい奴の顔を脳裏に浮かべて武器を振るえ。テメェの中に蓄積された行き場のない憎悪が、テメェの能力を開花させる」


 能力を安定的に発動させるため、鈴蘭は訓練を繰り返していた。

 孤独な人生を思い出して、ノノと出会ってからの鮮やかな日々を回想して、それを奪い去ったスペースガールズたちの姿を思い浮かべる。


 アレクシス・アッカーソン。

 朝日小羽根。


 彼女たちを確実に殺せる一撃を想像し、それを再現できるように技を磨き、より再現性を高めてイメージを膨らませていく。


 ただそれだけを繰り返し、やがて数日後、能力が完全に花開いた。


「ハッ、やるじゃねェか、クソガキ」


 開花した能力は極短時間しか発揮できないものの、殺傷能力が高く。

 これならあの灼熱の悪魔を殺せるかもしれない、と手ごたえを感じさせるものだった。


 ***


 それから数日後、鈴蘭とローウェルは研究棟へ向かった。


「ひひ、久しぶりだにぇ、鈴蘭ちゃん」

「ニーナ博士、お久しぶりです」

「ローウェルから聞いたよぉ、無事に能力が開花したんだって? 良かったね、ひひ。さて、そんな鈴蘭ちゃんにプレゼントだよぉ」


 ニーナ博士が取り出したのは、白銀に輝く素朴なネックレスだった。


「なにこれ、合格祝い?」


 そんな冗談を交えながらネックレスを首元に通すと、ローウェルが鋭い口調で命令した。


「『ウェーブ・トランス・マテリアルズ』と言え」

「え、嫌です。恥ずかしいです」

「二度言わせるな」


 パワハラに近い圧力をかけられて、鈴蘭は渋々小声でつぶやいた。


「ウェーブ・トランス・マテリアルズ」


 その瞬間、首にかけられた白銀のネックレスが輝きを放ち、鈴蘭の周囲に真っ白な粒子のようなものが漂い始めた。徐々にそれが収束し、何らかの物質を構成しはじめる。瞬きを終える頃には、粒子は完全に固形化して鈴蘭の身体を覆っていた。


「これは……?」


 彼女の周囲に展開されたのは、かつて研究棟で目撃した白銀のスペースフレームだった。戸惑った様子で自身の周囲に展開された兵装を見つめる鈴蘭へとローウェルが告げる。


「〝KAGUYA〟。それが、テメェのスペースフレームだ」


 それは、鈴蘭が知るどのスペースフレームよりもずっと小型で薄かった。

 ブースターや重火器は超小型で、浮力を発生させるフロートウィングは羽衣のように薄い。機体は全体的に白銀色で神秘的な色合いをしている一方、兵装に搭載されている長身の刀だけは漆黒であり、そのコントラストが印象的だった。


「これが、あたしのスペースフレーム」


 漆黒の刀をしげしげと見つめる。すると刀身が徐々に青色の光を帯び始めた。

 驚く鈴蘭の背中へとローウェルから声が投げかけられる。


「メインウェポンには特殊な化学物質が混合されている。そいつはBIOSやスペースガールズが放つMRN値と反応して赤や青に発光し、BIOSの皮膚すら切断する強靭さを得る」


 黒曜石のように美しい刀身の周囲に浮かぶ青白い燐光を眺めながら鈴蘭は尋ねた。


「KAGUYAって名称は、何か意味があるんですか?」

「ひひ、これはISAの伝統なんだけど、す、スペースフレームにはロケットや衛星の名を付けるのが習わしなんだにぇ。KAGUYAは、かつて日本で運用されていた月周回衛星から名付けたんだよ」


 かぐや、とその名を反芻しながら鈴蘭は白銀の機体に触れた。

 良い名称だと思った。その源流であるかぐや姫の物語が、地球外からやってきたノノを想起させたから。


「その機体にはUDHが秘密裏に開発を続けてきた、ISAですらまだ実用化できていない最先端技術がぎっしり詰まってるんだにぇ。鈴蘭ちゃんは波長理論って知ってる?」

「ええとあれですよね、スペースガールズ一期生のイルミナさんが考案した理論で、この世のありとあらゆるものは異なる波長のなかに存在していて、あたしたちは自分を構成する物質と近しい波長の物質しか認識できていないっていう」


 イルミナという名に反応して、ローウェルの眉がぴくりと動いた。

 そういえばローウェルはたびたびイルミナの名を口にしていたな、と鈴蘭は思い出す。


 ほんの少しだけ沈黙した空気を払うように、ニーナ博士が慌てた様子で口を開いた。


「よく知ってるにぇ、鈴蘭ちゃん! に、人間に知覚できる物質は五%だけで、本当はここにもそこにも何かあるはずなのに、波長が違うために人間には認識できないし干渉することもできない。じゃ、じゃあさ、その未知の物質の波長を無理やり変えてやれば人間にも認識できるようになると思わないかい? 逆に、今、姫ちゃんたちが触れている物質の波長を強引に変えてやれば、目の前から消し去れると思わない? それを実現するのがウェーブ・トランス・マテリアルズ機能なんだにぇ!」

「えーっと、つまり?」


 難しい話が続いて混乱している鈴蘭へと、ローウェルが言葉を継いで説明した。


「ウェーブ・トランス・マテリアルズとネックレスに向かって呟くだけで、そのネックレスは周囲に漂っている未知の物質を利用してスペースフレームを出現させるし、もう一度同じ言葉を告げるだけで、スペースフレームは人間には知覚できない世界へと消え去る。まあ、クソ重たい機体をいちいち運搬しなくて便利ぐらいに思っておけばいい」

「もーっ、ローウェル!? 姫ちゃんの努力の結晶をそんな言い方しないでくれる? せめて魔法少女の変身シーンで現れるコスチュームみたいな感じと言って欲しいな!」

「そんな説明のほうが良いのか?」


 珍しく困惑した表情を浮かべた後に、ローウェルは鈴蘭へと向き直った。


「さて、分かってると思うが、今からそいつを完璧に扱えるように訓練してやる。偽りの月を堕とすまで、残り六か月だ。その間、血反吐を吐き続けてもらうぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る