第四章 Under Dog Howl⑦

 地球の低軌道上を周回する、宇宙で二番目に大きな建設物――衛星軌道前線基地。


 その廊下を朝日小羽根が歩いていると正面から戦略局長補佐が現れた。

 彼は普段と変わらない仏頂面で廊下を歩きながら「朝日小羽根!」と彼女の名前を呼んだ。


「は、はいっ! すみませんすみません、この間の任務に失敗してしまって!」

「そう萎縮するな。ただ情報共有をしたいだけだ。この間の戦闘をリアルタイムで観察していたが、君のスペースフレーム操作にはぎこちなさがあった」

「ひいい! ごめんなさいごめんさい! 頑張って訓練しますからクビにはしないで!」

「そんなことでクビにはせん。それよりも私が言いたいのは、君のスペースフレームを解析させたところ、あの機体では君の発するMRN値に耐えきれず十分な性能を発揮できていなかったと判明したということだ。君専用の新機体を造るように開発局に依頼を出しておいた。完成するまでの間は標準機を使用してもらうことになるが、楽しみにしておいてくれ」


 そこまで告げた後に、彼は仏頂面のまま高圧的な声で告げた。


「君の仕事が人類と宇宙を守ることなら、私の仕事はスペースガールズを守ることだ。他のメンバー同様、君には期待している。これからも頑張ってくれ」

「! はいっ!」


 ぱぁぁと表情を輝かせながら小羽根は頷いた。

 そのとき、彼女たちがいる場所の近く――トレーニングルームから、重量物が落ちる大きな音が響いた。思わず小羽根は身を竦める。


「な、何!?」

「ふむ、あの部屋は確かアッカーソンが使用中だったな。朝日小羽根、悪いが様子を見てきてもらえるか。私は次の会議があるのでな」


 戦略局長補佐がその場を去ったので、残された小羽根は依頼された通りにトレーニング室の扉を開けた。そこには、バーベルを床に置いて汗を拭っているアッカーソンの姿があった。


「やあ、私の可愛い小羽根じゃないか。どうしたんだい?」

「えっと、凄い音が聞こえたので様子見に……」

「ああ、すまない。心配させてしまったね。ちょっとバーベルを握り落としてしまって」

「え、大丈夫ですか!? 怪我とかは!?」

「ふふ、大丈夫だよ。ちょっと張り切りすぎてしまっただけだから。そうだ、良かったら休憩がてら、久しぶりに話し相手になってくれるかい? お互い、最近は仕事のせいでなかなか会話する機会も作れなかったからね」

「わぁ! はい、ぜひ!」


 そして二人は、トレーニング室の隅に置かれていたベンチに並ぶように腰かけた。


「相変わらず、こんなにも大変そうなトレーニングを毎日やってるんですか?」

「そうだね。二〇〇キログラムの重量挙げ、五〇キロメートルのランニング、戦闘シミュレーション、一〇倍の重力下での訓練。これらは休暇のときも毎日欠かさずやっているよ」


 日頃からハードな訓練をしているスペースガールズは多いというが、アッカーソンほど過酷なメニューを毎日こなしているメンバーを小羽根は聞いたことがなかった。


「アッカーソンさんはスペースガールズ最強だって言われてるのに、今もこんな訓練を続けているなんて凄いです」

「……いや、私は弱いよ」


 アッカーソンはそっと視線を落とした。

 白手袋に覆われた両手。その手は微かに震えていた。


「未だ月の奪還すら叶わず、目の前で仲間を失ったことは一度や二度じゃない。遺体すら回収できない仲間の葬儀を行うたびに、私は思うんだ。私がもっと強ければ彼女たちを救えたのにと。だから私は地道であろうと強くなる努力を怠らない。いつか、全てを救える最強になるために」


 小羽根はかつて学園に入る前にアッカーソンと長期間一緒に暮らしていたことがある。それ故に彼女の凄さは知っていたつもりだったが、その逞しい精神性を受けて改めて彼女へと尊敬の眼差しを向けた。


 瞳を輝かせる小羽根へと、アッカーソンが朱い髪を揺らしながら尋ねかける。


「ところで小羽根、そろそろ能力は開花しそうかい?」

「うえっ!? え、えーっと……う、うーん、う、うん! 大丈夫そう、かな」

「本当に?」

「う、うん……大丈――――」


 どんっと小羽根は壁際に追い込まれた。

 アッカーソンの腕と身体に挟まれて逃げられない状態にされながら自身の顎を持ち上げられる。じっと瞳を見つめられながら、再度質問。


「……本当かい?」


 そんな状況で嘘を言えるはずもなく、小羽根はアッカーソンに抱き着いた。


「全然ダメなんです――――っっ! どうやっても能力使えなくて……っ! どうしてなんだろう!? ふええええええ!」

「ふふ、小羽根には正直なのが似合ってるよ。ちなみにどうして嘘をついたんだい?」

「本当のことを言うのが恥ずかしくて……」


 例えるなら、テストで悪い点数を取ってしまったのを両親に知られたくないような気恥ずかしさがあった。涙目になっている小羽根の頭を撫でながら、アッカーソンは優しく告げる。


「そんなことは気にしなくていい。私は君の――いや、君だけじゃないな。みんなの力になりたいと思っている。だから悩みがあれば、何でも相談してほしい」

「アッカーソンさん~~~~っ!」


 小羽根はアッカーソンの身体をぎゅっと抱きしめる。

 その状態のままこれまで積み重ねてきた訓練内容と、それでもどうしても能力が開花しなかったという事実を打ち明ける。小一時間に渡る話を聞きつづけたアッカーソンは、ふむと顎に手を置いて考え込んだ。


「小羽根は、何のために能力を開花させたいんだい?」

「……何のため?」

「一人だけ能力が使えなくて恥ずかしいからか? 仲間から馬鹿にされるからか? 思い出すんだ、君がなぜスペースガールズになりたいと思ったのか。強くなって何を為したいのか。一緒に暮らしていたあの日々の中で、君はよくその夢を語ってくれたよ?」

「わたしの、夢」


 じっくり飲み込むように、小羽根は心のなかでもう一度その単語を繰り返す。


 自らの夢について一生懸命に考える小羽根を優しく見つめながら灼熱の英雄は語る。


「私はね、人類の発展のためにスペースガールズになって戦う道を選んだんだ」

「人類の発展?」

「そうだ。人は常に新しい物事や領域にチャレンジして進歩してきた。宇宙には数えきれないほどの謎が残っている。それを解明して応用することで人類は新たな歩みを進めることができる。その進歩を止めさせないために、私はスペースガールズとなってBIOSと戦い、人類の道を切り開こうと思った」


 窓の外に広がる宇宙空間へとアッカーソンは視線を向ける。

 その横顔を見て、小羽根はキラキラした瞳を浮かべた。


「じゃあ、アッカーソンさんは夢を叶えるために、今も戦い続けているんですか?」


 しかしその質問を受けて、灼熱の英雄は表情を曇らせた。


「いや、今は――――。今は、何のために戦っているんだろうね?」


 悲しそうな笑みを浮かべる彼女を見て小羽根は首を傾げた。

 何か言葉を紡ごうとするよりも前に、アッカーソンが話を逸らすように小羽根の頬を撫でた。


「最新の研究によると、スペースガールズの能力は精神状態や感情と強く結びついているそうだ。強い想いに呼応して能力は開花する。君は優しい。かつて私に語ってくれたあの夢を忘れず、それを叶えるために能力を求めれば、きっと君の身体は応えてくれるよ」

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