第三章 そして、再会⑥

(強いのは知っていた。この世で一番強いって。だけど、ノノなら勝てるんじゃないかって思ってた。それなのに、まさかこんなにも力量に差があるなんて!)


 アッカーソンは悠然と剣を構える。


「レベルⅢ。君がどれほどの再生能力を有しているのかは分かった。もうこれ以上、手加減する必要はない。君は危険だ。細胞の一つすら残さず、全て消し炭にする」


 そう告げるや否や、彼女は白き獣の胴体を真っ二つにした。そしてスペースフレームの射出口から超高温の炎を放って身体を丸焦げにする。

 ノノの皮膚表面が一瞬で炭化するが、内部は辛うじて無事だったらしく、彼女は脱皮するように皮膚を脱ぎ捨てると上半身だけの姿で素早く両手を動かしてアッカーソンから距離をとり、地面に手を突っ込んで土をむさぼり食べはじめた。


「グルルルル……」


 土砂を咀嚼するごとに彼女の身体が少しずつ回復していき、みるみる内に下半身も元通りに復活する。そして彼女は背中から今までとは違う形状の触手を生成した。

 蛇の頭のような先端を有する触手。

 アッカーソンへと狙いを定めて、何かを目にも止まらぬ速度で射出する。


 ギィィン、と鋭い音が響く。

 アッカーソンが剣を振るった後の地面に、真っ二つに切断された野球ボールほどの大きさの金属球が転がり落ちた。


「適応力も異常だな。やはり、このまま生かしてはおけない」


 アッカーソンは何度も何度も執拗にメインウェポンでノノの身体を切断し、スペースフレームから炎を射出して彼女の全身を炭化させて細胞をすり減らしていく。

 ノノも隙を見つけてはアッカーソンの猛攻から脱出し、土砂を食べて細胞を増殖させる。が、徐々にその回復速度も間に合わなくなっていく。


「いやっ! やめて……っ!」


 鈴蘭の頬を涙が伝った。いつの間にか泣いていた。

 最愛の家族が傷つき、ボロボロになっていく姿があまりにも辛すぎて。

 彼女が少しずつ死に近づいている気がして。 


 やがて力尽きたのかノノが地面に座り込んでしまった。

 動けなくなっても気丈に敵を睨みつける彼女へと灼熱の英雄が歩み寄ったとき、スペースフレームから通信音声が流れた。


『久しぶりさね、アッカーソン』

「ノヴァ・フォン・ブラウンか。何の用だ?」


『いやはやレベルⅢ、実に素晴らしいじゃないかい。ぜひとも研究材料にしたい。そいつ、もう動けないんだろう? 冷凍保存して偽りの月まで持ってきてくれやしないかい?』

「たとえ君からの頼みであっても承諾できないな。こいつは危険だ。細胞の一つたりとも残しておくべきではない。この場で焼き殺す」


『わからない奴だねぇ。レベルⅢには利用価値があると言ってるんだよ。そいつの細胞を利用すれば、より強化されたスペースガールズを生み出せるかもしれない。もしかしたらお前さえ超えてしまうほどのねぇ。人類の進化と未来のために、そいつの細胞は必要なのさ』

「…………。昔から付き合いのある君なら分かるだろう? 私は、例え誰に懇願されようと私の考える正義と信念を曲げることは決してない。レベルⅢは殺す。今、この場でだ」


『あぁ、そうかい。お前はそういう奴だったねぇ。己の信念を曲げず、決して驕らず、確実な道を踏みしめる。少しでもリスクがあるなら、の懇願さえ無視する』

「ああ、そうだ。私はそういう奴なんだ」


 アッカーソンが剣を振り下ろそうとした瞬間、鈴蘭は叫んだ。


「駄目っっっ!」


 そしてノノの前に飛び出して、彼女を守るように手を広げる。

 アッカーソンが腕の動きをピタリと止めて、眉根を寄せた。


「離れてくれ。肌が焼けるほどの熱を感じるだろう? 私の傍に立つのは危険だ。それに、レベルⅢは相当に追い込まれている。君に何をしでかすかわからない」


「離れないッッ! それに、ノノはそんなことしない! ずっとずっとノノと一緒に過ごしてきたけど、彼女はあたしに酷いことなんて一度もしなかった!」

「一度もしなかった、か。報告書は読んだよ。君に対してはそうだとしても、酷いこと自体はたくさんしてきただろう? 何十人もの人間を惨殺したりね」


「……それは、仕方なかったから。ノノが殺してなかったらあたしがどうなっていたか」

「仕方なかったとしてもだ。人を殺した熊が銃殺されないとでも? 人食いワニが見過ごされるとでも? 人類に危害を加える存在は排除しなければならない。君にとっては良き友人であろうと、人類にとっての脅威に変わりはない」


 灼熱の英雄が朱い髪を靡かせて一歩踏み出すと同時に、空気を伝わってビリビリとした熱が鈴蘭の肌を焼く。恐怖を抱くと同時に、逃げちゃ駄目だという決意が彼女をより一層支配した。


「レベルⅢに回復する猶予を与えるわけにはいかない。これ以上、邪魔するのであれば」


 そのとき、鈴蘭の背後でノノがゆっくりと立ち上がった。

 よろよろと今まで見たことがないほど弱り切った状態で、ノノはアッカーソンの前に歩み出て両手を広げる。


「ス、スズラン……は、関係ない。ノノは、ここで、死んでもイイ。だから、スズランには……ナニも、しないで」

「もとより民間人に危害を加えるつもりはない。君がここで散ってくれるのなら」


 白き少女は背後へと振り返った。

 雪原のように白かった肌は焼け焦げて、柔らかかった優しい手は傷だらけ。

 そんな状態でも、彼女は鈴蘭のことだけを考えて言葉を紡ぐ。


「……ゴメンなさい、スズラン。ノノは嘘つきだった。約束、全然守れなかっタ。スズランを守るって約束、したのに……っ!」

「ノノは嘘つきなんかじゃない! ノノはあたしのことを守ってくれた。これからも守ってくれる。だから、だからずっと一緒に――」


 もうそんな願いは叶わないかもしれない。

 そんな現実感が押し寄せてきて、涙が溢れて止まらなかった。

 現実が鈴蘭の心を圧し潰そうとしていた。


「スズラン、大好き。大好きだよ? ずっとずっと、大好き。これからもずっとスズランを見守ってル。だから、逃げ延びて――」


 涙が溢れて止まらなくなった鈴蘭へと白き少女は唇を重ねた。

 長い長い、とても長い時間。

 お互いの気持ちを再確認するような、これまでの歩みを振り返るような。ノノのこれまでの人生、その全てを受け継ぐかのような長いキスだった。


 ようやく唇を離した鈴蘭の視界に入ったのは、これまで見たことがないほどの満足そうなノノの微笑み。

 その笑顔を見て、鈴蘭は堪らず声を上げる。


「ノノ! あたしも大好き! だから――――」


 その瞬間、灼熱剣の残光が横一文字に走り、ノノの首が地面へと落ちた。

 そして主人を失った胴体もまた、ぱたりと地面に倒れる。


 土壌の上に転がった白き獣の頭部へと灼熱の剣が突き刺さった。と同時に、美しかった彼女の顔が熱によって溶け始めて原形を失っていく。


「そんな……いや、いや……っ!」


 錯乱状態へと陥る鈴蘭へと灼熱の英雄は憂いを帯びた声音で告げる。


「君とレベルⅢの絆は理解したよ。人類の脅威を排除しなければならない使命に変わりはないが、せめて君の生活面の保障とメンタルケアはさせてほしい」


(保障? ケア? 今更、何を言っているの?)


 目の前で起こった光景に、鈴蘭の頭は呆然としていた。


(……あたしにはノノしかいなかった。両親を失い、友達もおらず、毎日を這いつくばって生きてきたあたしには彼女しかいなかった。彼女だけが唯一の心許せる友達で、家族で、生きがいだった。あたしの、全てだったのに)


 ゆっくりと小羽根が近づいてきて、鈴蘭の背にそっと手を置いた。


「あ、あの、ごめんね、鈴蘭ちゃん。こんなことになっちゃって。でも、あの、安心して。アッカーソンさんは頑固なところもあるけど、とても面倒見の良い人だから。わたしも、一〇年前に鈴蘭ちゃんと別れた後からずっとお世話してもらってね」


 しかし、鈴蘭の耳にそんな言葉は届かない。


(……返して。あたしのノノを返してよ)


 呆然と地面を見つめて鈴蘭は涙を流す。

 その隙にアッカーソンは地面に横たわったノノの胴体へと足を向けた。首から上を失った亡骸。それすらこの世から抹殺しようと、射出口を差し向ける。

 はっと気づいた鈴蘭が動いた。


「駄目、鈴蘭ちゃんッッ!」


 小羽根の制止する声が聞こえたが、鈴蘭は最愛の家族の遺体へと走り寄り、その美しい亡骸へと抱き着いた。アッカーソンは驚いた表情を浮かべるが、もう間に合わない。


 直後、鈴蘭の視界が真っ赤な炎に覆われて、地獄のような激痛が全身へと広がった。


「ああああああああああああああっっっっ!」


 堪らず、彼女は絶叫する。口を開けた瞬間に炎が入り込んできて、舌や喉を焼き、痛みと共に不協和音に近い叫び声へと声音が変化していく。


(熱い、熱い、熱い――――ッッ! あああああああッッ!)


 全身の皮膚が焼け爛れて、水分が蒸発していくのを感じた。

 髪が焼けて、皮膚が焼けて、肉が焼けて。

 痛みから逃れようと芋虫のように身体を動かすが激痛が和らぐわけもなく、やがて熱によって筋肉が収縮し始めて、彼女の身体が勝手に跳ねはじめた。


「ぐおおおおああああああああああああああっっっ!」


 声にもならない声を上げながら、それでも鈴蘭は必死に視界に写るものを凝視していく。驚いた様子を浮かべながら噴炎を停止させるアッカーソン、口元を手で押さえる小羽根、そして今にも灰になろうとしているノノの亡骸。


「……っっ! 消火する! マリア、回復能力の準備を頼む! 早く!」


 ジェル状の消火剤が噴射されて鈴蘭の身体を覆う炎は消え去る。しかし全身に走る刺すような激痛は止まらず、実際に、鈴蘭の右腕は過度の炎に焼かれて骨まで露出していた。


 喉が焼けたせいで獣のような声しか出ない。それでも必死に雄たけびを上げながら、彼女は今もなお燃え盛るノノの亡骸へと手を伸ばす。


(ノノ。あたしの最愛の家族。孤独で辛かったあたしに自由を教えてくれた。もっと、もっと、二人でいろんなところに行きたかった。ただそれだけなのに、どうして)


 しかしそんな願いも虚しくノノの胴体は煤へと変わり、風に流されて消え去ってしまった。


 鈴蘭は叫んだ。

 意識が潰えるその瞬間まで。喉から声が出なくなるその瞬間まで。


(許さない、許さない。あたしの最愛の家族を奪ったスペースガールズを、あたしは絶対に許さない。絶対に――復讐してやる)

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