第三章 そして、再会⑤
「アッカーソンさん、どうしてここに?」
そう尋ねた小羽根へと、アッカーソンは朱い髪を揺らして快活に笑った。
「あっはっはっは! 決まってるじゃないか、君に会うためだよ。合衆国で演説をしたついでに地球で久しぶりの長期休暇を楽しんでいたら、私の可愛い小羽根がレベルⅢに襲われていると通信が入って、大急ぎで助けに来たというわけさ」
そう語った後に、彼女はその場にいるスペースガールズを順に眺めた。
「しかし、ふむ。シャネル、アヌシュカ・ミルザ、マリア。最近、何かと活躍を耳にする旬な後輩たちだ。そこに小羽根も加われば並大抵の敵には負けないと思っていたけれど。流石に、分が悪すぎたみたいだね」
その言葉を受けて、シャネルは瞳を輝かせてアッカーソンに詰め寄った。
「アタシたちのこと、知ってるの!?」
「もちろん。大切な後輩たちだからね。私も多忙でなかなか直接会えないけれど、後輩たちのことは常に気にかけているよ。最近、頑張っているみたいだね」
「そんな、アタシなんて、まだまだで……!」
照れくさそうにシャネルが瞼を伏せて髪を弄り始める。その様子を微笑ましそうに眺めた後に、アレクシス・アッカーソンは白き獣へと視線を向けた。
「さて世間話はこれぐらいにして。続きは戦闘を終えてからカフェですることにしよう。おいしい紅茶とスイーツを用意してね」
視線を向けられたノノは一歩後ずさった。
切断された触手を横目にして鈴蘭へと尋ねる。
「アイツは、強い?」
「うん。……強いよ、間違いなく。誰でも知ってる。月の悲劇を生き抜いて、今なお現役で戦い続ける、最強のスペースガールズだもん」
「なら戦わない。逃げよ、スズラン」
即決するとノノは鈴蘭をお姫様抱っこして、生い茂った木々へと向かって走り出した。
逃げる二人を見て、傷だらけのアヌシュカ・ミルザが立ち上がろうと身体を動かす。
「……まずい。森林に逃げ込まれたら、この暗闇じゃ見つけづらく」
「動かなくていい。君たちはまずマリアの能力で回復するんだ。その間に私はあのBIOSを倒してくる。心配はいらないさ。絶対に逃がさないし、確実に勝ってみせるよ」
そう言うや否や、彼女は真紅に彩られたスペースフレーム〝エクスプローラー〟を駆動させて一気に上空へと飛翔した。
「ノノ! まずい、飛んでっ!」
鈴蘭の叫び声を聞いて、ノノは「ヌ?」と口にしながらも両脚に力を込めて、木々の背丈を超える高さまでジャンプした。次の瞬間、先ほどまで鈴蘭たちがいた森林が爆発に包まれた。木々や地面が一斉に燃え上がり、辺り一面が灼熱に呑まれる。
――灼熱弾。
アッカーソンが放ったそれは、超小型の太陽と形容するにふさわしい爆撃だった。
超広範囲・高威力の爆発を引き起こし、跡には何も残さない。
「アイツ、スズランもコロすつもり!? 近くで浴びただけでキケン!」
「いいや、民間人を巻き込むつもりはないさ。あの程度なら避けれると思ったんだ」
至近距離から声が聞こえて鈴蘭とノノの背筋が凍った。
右を向くと彼女たちのすぐそばを、アッカーソンが飛行していた。
「っ……! この……っ!」
ノノは鈴蘭を抱きしめながら右腕を五分割して、その尖った先端をアッカーソンへと差し向ける。しかし最強のスペースガールズと称される彼女は避けることなく、超高温に煮え滾る剣状のメインウェポンを振るってそれを一瞬にして斬り落とす。
空中では分が悪い。そう判断したノノは、触手を木々に巻き付けて加速しながら地面に降り立った。アッカーソンもまたそれを追うように地面に降り立った。
「驚異的な回復力だ。レベルⅠもレベルⅡも驚異的ではあったが、君ほどではなかった」
ずるるる、と新しい右腕を生やしたノノがアッカーソンを睨みつける。
「オマエも異常。何なの、その武器。熱すぎる」
「スペースガールズは一人一つ何かしらの固有能力を有している。私の能力は『核融合』――知っているかな、太陽があれほど高温で燃える要因さ。私は体内で自在に核融合を起こせるんだ。そしてその熱エネルギーを利用して戦う」
「そんなのできるワケない。ただのニンゲンが体内で核融合なんて、死ぬに決まっテる」
「それを可能にするのがBIOSの細胞だよ。事実、君は常識では考えられない回復力を有している。BIOSは自身の遺伝情報を自在に書き換え、世代を重ねる必要なく、その場その場の環境に適した性質に進化することができる。そんな君たちの細胞を注入することで、私たちは本来ならありえない能力を手に入れているんだ」
アッカーソンは真紅の髪を揺らして、決意に燃える瞳で白き獣を見据えた。
「故に、いずれ既存のBIOSを凌駕する性能を有したレベルⅢの出現は予見されていた。私は君を殺さなければならない。細胞の一片すら残さず焼き尽くさなければならない。これ以上の進化を遂げる、その前に」
地面に落ちていた触手の残骸を灼熱に燃え滾るメインウェポンで念入りに焼き溶かしながらアッカーソンはそう告げる。
一息吸ってから、ノノは背後にいる鈴蘭へと視線を向けた。
「スズラン、ごめん。コイツから逃げるのは難しそう。少し離れていて。初めてホンキで戦う。コイツを倒したら、また旅をつづけよう」
微かにだが、そう告げる彼女の声が震えていた。
そのことに気づいた鈴蘭はたまらず彼女に抱き着いた。
嫌な予感がした。けれどそんなこと起こりうるはずがないと思って、しかしどうしても心配で、鈴蘭は彼女へと問いかけた。
「ノノなら勝てるよね? 大丈夫だよね?」
「大丈夫。だけど緊張してル。だから好きって言って。それで元気になれる」
「好き。大好きだよ、ノノ。ずっとずっと大好き。だから、絶対負けないでね……っ!」
ノノは心底嬉しそうな笑みを浮かべて、けれど次の瞬間には獣のように険しい表情を浮かべて、放物線を描くように宙高くジャンプした。鈴蘭から離れるついでにアッカーソンからも距離をとろうとする。
しかし灼熱の英雄はそう甘くはなかった。
「思い通りにはさせないさ。――『
真紅の機体〝エクスプローラー〟が輝きはじめて、その射出口から強烈な熱波が放たれる。熱波は半円形に広がっていき、目の前にある森林を一瞬にしてなぎ倒し、消し炭へと変えていく。数秒後には、眼前に広がる半径五〇〇メートルほどの木々は焼失し、消し炭に覆われた山肌のみがその場に残った。
凄まじい威力と攻撃範囲。
国際連合の規定によって、重要な任務を除いてスペースガールズが必要以上に徒党を組むことを禁じられているのも納得できる破壊力だった。
しかし、ノノも負けていない。
彼女は美しい肢体を露わにしながら、消し炭となった大地に悠然と立っていた。肉体にダメージは見受けられず、その代わりに彼女が纏っていたワンピースが焼失していた。
「この程度では火傷一つ負わせられないか。それともすでに熱耐性を獲得し始めているのか?」
アッカーソンは超高温に発熱する剣状のメインウェポンを片手に握りしめて、白き獣へと一直線に突撃する。対するノノもその動きを読んでいたかのように、七本の触手を背中から出して灼熱の英雄へと繰り出した。
「ガアアアアアアアアアアアアッッ!」
「はああああああああああああっっ!」
迫り来る七本の触手。
灼熱の英雄は真っ赤に発熱するメインウェポンを振るってそれらを次々に融解し切断していく。しかし触手たちは際限なく再生を繰り返し、何度も何度も波のように押し寄せる。人間離れした凄まじい速度で真紅の剣を振うアッカーソンだが、徐々に触手の再生速度に圧されて剣速が間に合わなくなる。
「素晴らしい再生速度だ。まさかこの私を上回るとは」
「残念だっタの、ニンゲン! ノノのほうが、強いっ!」
「いいや、そうとは限らない」
ついに剣が追いつかなくなったアッカーソンの身体に先端の尖った七本の触手が次々に突き刺さった。鉄すら貫通するほど鋭利で硬質な触手。その一撃によって彼女の身体は串刺しになり、致命傷を負うはずだった。しかし。
「――――――?」
異変を感じたノノが後方へと飛び退く。そして灼熱の英雄へと突き刺したはずの触手の先端を一瞥した。
そこにあったのは鋭利な先端ではなく、鉄が溶け落ちたような痕だった。
「……なぜ私が最強と謳われるか、知っているかい?」
核融合の能力によって真っ赤に発熱した灼熱の英雄が、静かに問いかける。
「この世の如何なる生命体もどんな兵器ですら、この私の身体に傷一つ刻めないからだ」
そう告げると彼女は一切の防御態勢を構えることなくゆっくりと歩き出した。
ノノは彼女へと向かって何度も触手を差し向ける。しかし、超高温に燃え滾る彼女の身体には傷一つ付けられず、無意味に触手を溶かす結果しか生まなかった。
――最強のスペースガールズ。
その言葉が、鈴蘭の頭の中で反芻する。
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