第三章 そして、再会④

 地球からリアルタイムで届く戦闘映像を見ながら、戦略局長補佐はため息をついた。


「長年、存在する可能性が論じられながら一度も発見されなかったレベルⅢ。それがよりにもよって地球にいただと? この十六年間、地球周辺は数多の衛星機器によって完全監視してきた。地球に到達した個体はいないはずだ。それが、どうして」


 その問いに、ノヴァ開発局長が感情の籠っていない笑顔で答えた。


「決まっているじゃあないかい。数多存在する衛星機器のセンサーを搔い潜るなんて不可能。となればつまり、衛星機器による監視が始まる前に忍び込んだのさ。具体的には十六年前、BIOSが初めて地球に襲来したときにねぇ」

「地球に到達した一〇匹のBIOSは各国の軍が駆除した。その生き残りがいたと?」


「より正確に言うならば、当時見つけられなかった一一匹目が生き続けていた、かねぇ?」

「好き勝手言ってくれるが、仮にそれが本当だったとしてどう公表しろと」

「くく、さあねぇ。それにしても存外に冷静じゃあないかい。もっと慌てふためくかと思ったけれど。坊やの大切なスペースガールズがこれから嬲り殺されるかもしれないんだからねぇ」


「それに関しては心配無用だ。監査室への申請が承認された。現時点からレベルⅢの対処はAランク任務に引き上げられる。ちょうど地球にいた、Aランクに相応しいスペースガールズに出撃要請をした。彼女が到着次第、この件は終わるさ」


 ***


 地面に倒れ込んだままの小羽根をシャネルは見下ろした。


「戦略局長補佐から聞いたわよ。アンタ、命令を無視してレベルⅢに挑んだらしいじゃない。アタシが間に合わなかったら、どうなってたか分かってんの?」

「ご、ごめんね。でも、どうしても鈴蘭ちゃんを救いたくて」

「ふん、コネ採用のくせに。ま、いいわ。アタシたちがあの憎きBIOSを倒すから、アンタはその隙にあの民間人を救出しなさい。いいわね?」


 シャネルが目配せすると同時に、褐色肌に長身のアヌシュカ・ミルザが地面を駆けだした。


 その動きに気がついたノノが彼女へと向かって二本の触手を差し向ける。

 先ほどまで小羽根を翻弄していた、凄まじい威力で蠢く触手。しかしその一撃をアヌシュカ・ミルザは両手に装備した赤色に輝くグローブ形状のメインウェポンでぶん殴った。


「――スキル『肉体強化』」


 まるで大型トラック同士が正面衝突したかのような衝撃音とともに、触手が弾かれる。


 今まで絶対的優位に立っていたノノはそこで初めて瞳孔を開いた。と同時に、短剣を握りしめたシャネルが走り出す。それを察知したノノが三本目の触手を振るう。

 しかし触手が彼女に接触する瞬間、忽然と彼女の姿が消えた。


「消えタ? どうして?」


 一拍置いて、ノノの目の前にいきなりシャネルが現れる。

 ノノの瞳が驚愕の色に染まる。


「――スキル『瞬間移動』」


 シャネルは不敵な笑みと共に、ノノの胴体へと短剣状のメインウェポンを突き刺した。


「はっ、残念ね、レベルⅢ。どれだけ進化しようが、所詮は獣。コネ採用一人じゃ勝てなくても、あたしたちスペースガールズが束になれば負けるなんてありえないわ!」


 しかし、シャネルは違和感を覚える。


 レベルⅢの腹部に突き刺したはずの短剣。

 そこから伝わってくる感触がおかしい。まるで大理石にナイフを突き立てているかのような硬さ。ちらりと手元を見つめると、短剣は白い獣の衣服を裂いただけで、肉体には一切突き刺さっていなかった。


「嘘でしょ、メインウェポンの刃が通らない? 特殊物質を塗布した対BIOS専用武器なのよ!? これで斬れない奴なんて今までいなかったのに!」

「逃げて、シャネルちゃんっっ!」


 遠くから響いてきた小羽根の声を聞いて、ハッと我に返ったシャネルは瞬間移動を行使しようとする。しかしそれよりも先に、右から迫ってきた触手が彼女を吹っ飛ばした。


「――――ッ! が、はっ!」


 山中に生えた木々の幹にシャネルは叩きつけられた。

「大丈夫、シャネル!? 今、治療するから動かないでね。――スキル『身体回復』」とマリアが治癒を施し始めるその一方で、ノノは短剣によって斬られた衣服をじっと見下していた。


「スズランから貰っタ、ワンピース。汚れないように、大切にしていタのに」


 ノノの背中から第四、第五の触手が出現する。

 肉食獣のように鋭い輝きを有する真紅の瞳が、四人のスペースガールズを捕えた。


「死なナイ程度に、叩きのめす」


 ***


 そこからの展開は一方的だった。


 五本の触手が縦横無尽に蠢いて、四人のスペースガールズを地面に叩きつけて引きずり回し、甚大なダメージを与えていく。反撃しようにもノノの皮膚が固すぎてかすり傷一つ負わせられない。


「オマエが、一番厄介」


 シャネルへと向かって三本の触手が一斉に動き出した。

 今までより速く、威力の込められた一撃。

 ちょうど瞬間移動した直後だったシャネルは、その攻撃を察知したものの身体を動かすことができなかった。


「危ない、シャネルちゃんっっ!」


 スペースフレームを限界まで加速させて小羽根が身を挺して触手との間に割って入る。触手は止まることなく、小羽根の周囲に張られた不可視シールドを打ち破り、彼女のスペースフレームを粉砕した。


「――――ッッ!」


 シャネルを庇う形で地面に転がった小羽根は顔を歪める。

 破片が腕に刺さっていた。

 そんな彼女へと向かってシャネルは驚きと共に声を張り上げる。


「アンタ、何やってんの!? どうして、アタシなんかを守って!」

「いたたたた。ごめんね、シャネルちゃん。もっと上手く戦えれば良かったんだけど、こんな風にしか役に立たなくて。スペースフレームも壊れちゃった。あははは……」


「そんなことを聞いてるんじゃなくて! どうして。アンタはコネで採用されたようなやつでしょ? アタシを守るなんて無茶せずに見捨てればよかったのに。もしかしたら死んでたかも知れないのよ!?」

「それはできないよ。わたしね、あの人に命を救われたときに決めたんだ。みんなを守れるようになる、って。もう誰も殺させないって」


「……馬鹿じゃないの、コネ採用のくせに」

「あと今更だけど、コネ採用じゃないからね! 一応、合格基準は満たしてるから! 能力使えないけど!」


 シャネルはふんと鼻を鳴らした後に、小羽根の手を取って立ち上がらせた。

 そして二人で、前方に立つ化け物――真っ白な肌が美しい少女を見据える。


 小羽根のスペースフレームは壊れて、シャネルの身体は能力の連続行使で限界。アヌシュカ・ミルザも攻撃を受けすぎて満身創痍に近く、マリアは戦闘向きの能力ではない。


 真っ白な肌の美しき化け物は瞳を紅く輝かせながら、背中から第六、第七の触手を展開した。触手たちを操りながら彼女は宣言する。


「コレで、ノノの勝ち」


 そして七本の触手が動き出す。


 死、という単語が小羽根の脳裏をよぎった。

 ああもう助からないかもと瞼を閉じたとき、彼女は凄まじい熱気を感じた。熱風とかのレベルではない、全身の肌が一瞬にして焼けてしまうのではないかと錯覚するほどの――まるで、太陽がその場に現れたかのような灼熱。


 その直後、小羽根の目の前に、切断された七本の触手がどさりと転がった。


「……え?」


 と、小羽根は上空に浮かぶ一つの光源に注目する。

 太陽のように眩しくて、はっきりとは視認できない。しかしその光源は間違いなく人型だった。

 スペースフレームに搭載されたセンサーによって、その人物の正体を先に知ったシャネルが驚きの声を漏らす。


「ウソでしょ? どうして、あの人がこんなところに」


 一体誰なんだろうとは小羽根は思わなかった。

 知っていた。こんなにも凄まじい熱を放てる人物を。自分たちでは一切刃の通らなかった触手をいとも簡単に斬り落とせる人物を。


 空に浮かぶ人型の太陽は周囲に放つ熱量を弱めながらゆっくりと地面に降り立った。地に足を下ろすと同時に土に含まれる水分が一気に蒸発する。


「久しぶりだね、小羽根。もう大丈夫だよ。私がきたからね」


 太陽のように情熱的な朱い長髪。

 紅蓮のように燃え滾る紅い瞳。

 その場にいる全ての人間を魅了する、美しい立ち姿。


 誰もが知る、全人類の憧れ。

 スペースガールズにおいて最強の称号を冠する者。


 灼熱の英雄――アレクシス・アッカーソン。


 スペースガールズたちにとって太陽と称される人物が、そこに立っていた。

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