第三章 そして、再会③

「ありえん。何だこれは。計器の故障じゃないのか?」


 偽りの月の作戦指令室にてスペースガールズたちの様子をモニタリングしていた戦略局長補佐は、画面に表示された値を一瞥して近くにいた職員に尋ねた。


「いいえ。一つだけならまだしも、MRN値をはじめとした複数の計測値が基準を大幅に超えています。彼女は、間違いなくBIOSです」

「だが、彼女はどう見ても人間だぞ。我々の知るBIOSとは姿形が違いすぎる」


 そのとき、作戦指令室に繋がる廊下からコツコツという何者かの足音が響いてきた。戦略局長補佐が視線を向けると、そこにはISAの開発局で開発局長を務めるノヴァ・フォン・ブラウンという名の常に笑みを絶やさない杖をついた老女がいた。


「何だい坊や、その目つきは? まるで厄介者を見るようじゃあないかい」

「私を坊やと呼ぶのは止していただきたい、ノヴァ開発局長」

「くく、坊やは相変わらず堅いねぇ。まあそれは置いておくとして。モニターに映る彼女が何者か、この私が答えてあげようかねぇ」


 ISAにおいてBIOSについての研究や兵器開発を担っているのが開発局であり、そこの最高責任者である局長とはつまり、BIOSの生態・性質に対して最も詳しい者を意味する。


 そんな彼女が皺がれた声で滔々と語る。


「坊やも知っているだろうけれど、BIOSは獣程度の知性しか有しないレベルⅠの状態で産まれて、特定の条件を満たすことで幼少期の人間程度の知能を有するレベルⅡへと進化する。今のところ確認されているBIOSはこの二種類だけさね。だけれど、我々はそこから更に進化した第三の種がいると推測していた。映像に写っている彼女は、その発生が予想されていながら今まで一度も発見されなかった、レベルⅢだろうねぇ」

「レベルⅢだと? 馬鹿な」


 言葉が理解できないように眉を顰める戦略局長補佐とは反対に、ノヴァ・フォン・ブラウンはちっとも笑っていない瞳でモニターをじっと見つめながらにやりと口元だけを吊り上げた。


「待ちに待ったレベルⅢ。くくく、どんな能力を発揮するのか、拝見させて貰おうかねぇ」


 ***


 小羽根のデバイスへと、戦略局長補佐からの通信が入った。


『君の目の前にいるのはレベルⅢである可能性が高い。じきに七期生の三人が現場に到着する。レベルⅢがどれほどの戦闘能力を有しているかは未知だ。味方が到着するまで戦闘は行うな』


 小羽根はちらりと前方を見つめる。

 そこには、鈴蘭を抱きしめるようにしてこちらへ威嚇している白い地球外生命体の姿があった。


「でも、鈴蘭ちゃん――民間人が人質にされてるんです。彼女だけでも救出しないと」

『報告書に記載されていた宵野鈴蘭という少女か。残念だが無茶な戦闘は許可できない。命令は変わらない。味方がくるまで戦うな』


 小羽根は強く唇を噛みしめた。

 そして鈴蘭のことを真っ直ぐに見つめる。


「だめって言われても、見捨てられるわけないよ。もう月の悲劇みたいに誰かを失いたくないもん。怖いけど。あんまり自信はないけど。でも、わたしが守らなくちゃ!」


 槍状のメインウェポンを構えた小羽根は、デバイスへと向かって「ごめんなさい。シャネルちゃんたちが来る前に鈴蘭ちゃんだけは救出します!」と告げた後に、スペースフレームに搭載された推進装置を駆動させて浮遊した。


「たあああああああっっ!」

「グルルルルル――っっ!」


 赤く発光する槍を白い獣へと向かって突き出す。対するノノは背中から伸ばした触手でその槍を弾く。金属同士が擦れ合うような甲高い音が響いた。


「待って! 駄目、戦わないで!」


 鈴蘭はそう叫ぶが、二人の耳には届かない。


 小羽根は対BIOS用ライフルを取り出してノノへと狙いを定めて引き金を引く。白き獣の胸部に銃弾が的中するが、しかしノノは痛がる素振り一つ見せずに蠅を叩き落すかのように触手を振るう。信じられない威力と速度を有する触手が小羽根の身体へと接触し、彼女は地面に叩きつけられた。

 がはっ、と小羽根が苦悶の声を漏らす。


 単純な戦闘能力だけならば、ノノが勝っている。

 しかしスペースガールズには奥の手がある。

 彼女たちはBIOSの細胞を注入することで、強固な肉体と各々固有の特殊能力を得ている。その能力ゆえに、彼女たちは世界中の人々から憧れられると同時に、強く畏怖されているのだ。


 しかし、それから数分間経っても小羽根の特殊能力は発揮されなかった。


「どうして?」


 理由を知る由もない鈴蘭は首を傾げるしかない。

 先ほどから小羽根は何度も立ち上がってノノに挑み、そのたびに反撃されている。小羽根の表情と負傷具合からして、もう長く戦えないことは素人目にも明らかだった。


 戦況は明白で決定的。

 なのに小羽根は未だに能力を発動しない。


「……ノノたちの邪魔をするヤツは、許さナイ」


 地面に倒れた小羽根へと向かってノノが触手を振り下ろす。

 しかしそれが小羽根に当たることはなかった。突如その場に現れた金髪ツインテールのスペースガールズが、間一髪のところで小羽根を抱きかかえて救助したのだった。


「何者なの、オマエ?」


 ノノが問いかける。

 それに対して、突然現れた乱入者は腕の中に抱きかかえていた小羽根を乱雑に地面へと投げ捨てると、赤く発光する二つの短剣を手のひらの上でくるくると回した。


「アタシはシャネル・アダムズ。ISA所属のスペースガールズ七期生で――アンタたちBIOSを一匹残らず葬り去る者よ」


 更にその場に二人のスペースガールズが舞い降りる。

 褐色肌が美しいアヌシュカ・ミルザと、優しい顔つきのマリア・ハーパコスキ。

 計四名のスペースガールズを眺めながら、ノノは不思議そうに鈴蘭へと目配せした。


「スペースガールズ? コイツらも?」

「うん、そうだよ。宇宙を駆ける、人類の英雄」

「そう。負ける気がシないの。さっさと倒して逃げよう、スズラン。無事に勝ったらとびっきりのご褒美欲しいの」


 鈴蘭へ見せつけるようにノノが舌なめずりをした。

 間違いなく邪なことを考えているに違いなかったが、正直今だけはその下心がたくましかった。

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