第三章 そして、再会②
二〇人近くを惨殺したあの日から、鈴蘭とノノはいろいろな旅をした。
最初はホテルに泊まっていたが途中からお金がなくなったのでテントで野宿するようになった。食べ物を買うお金もなくなったので、深夜に盗みを働くようになった。
そして盗みを働いた夜は、決まって鈴蘭とノノは唇を重ねた。
「大丈夫、スズランのコトはノノが守るから」
悪いことを受け止めるのでもなく、忘れるように甘える行為は良くない。
そう思いながらも頼れる者がノノしかいない鈴蘭は彼女に溺れていった。
「んっ……ふぅ、はぁ」
キスをするたびにノノは蛇のように細長い舌を鈴蘭の喉奥までねじ込んで唾液を啜り、それが済むと細長い舌から液体を分泌した。
ごくり、と強引に液体を飲まされた鈴蘭は口元を拭いながら眉を顰める。
「毎回思うけど、なんであたしにも唾液を飲ませてくるの? そんな趣味ないんだけど」
「スズランはノノの唾液、嫌い?」
「えっと……それは、その……」
鈴蘭の頬が僅かに赤くなる。
言えなかった。彼女が分泌する液体はなぜかとても甘く蠱惑的で、喉を下すたびに身体の内側が作り替えられるように火照ってくる。つまり、嫌いではないどころかわりと好きではあったが、そんなこと言えば調子に乗せてしまうのは明白だった。
もじもじと口籠っていると、ノノがずいっと顔を寄せた。
美しい白髪と紅くて蠱惑的な瞳。そして端正な顔つきが迫り、鈴蘭は思わずその美しさに息を呑む。
ノノは人差し指で鈴蘭のお腹をすーっと撫でて、天使のように微笑んだ。
「スズランの身体を、書き換えてるの。ノノの赤ちゃんを、産めるように」
えっ、と絶句した鈴蘭へと彼女は笑顔を見せる。
「ジョーダンなの」
「あ、あははは、冗談か……。なんだ。ちょっと、びっくりしちゃったじゃん!」
***
その後、彼女たちは人気のない自然公園の広場にたどり着いた。
そこにテントを張って就寝の準備を一通り整えた後に岩へと腰をかける。そして二人で手を繋ぎながら、頭上に広がる無数の小さな星々を見つめた。
「ね、どうしてノノは一緒にいてくれるの? 最初はあたしを食べようとしてたでしょ? それなのに今は守ってくれる。あたし、ノノから色んなものを貰ってばっかりだよ」
「いろんなものをくれタのはスズランのほう。スズランはいろんなコトを教えてくれタ。人を殺すのは良くないコト、家族や街のコト。服を着せてくれて、学ぶ手段を与えてくれタ。スズランはとても大切なの。だから、ノノはスズランに幸せになってほしい」
純白の少女は、宇宙を見上げながら儚げに微笑んだ。
「前に話しタ、波長理論を覚えてる?」
「何だっけ、世界はいろんな波が重なり合ってできていて、違う波長の物体はお互いを認識できない、みたいな話だっけ?」
「そう。宇宙はとても広くて、ノノたちじゃ到達できないぐらい遠くまで続いている。大きな宇宙なのに物質同士の波が違うせいで、ニンゲンはたった5%の物質しか認識できない。多くの物が互いを見つけられない中で、ノノとスズランは出会った」
彼女はいつになく真剣な瞳で、鈴蘭のことを見据えた。
「初めて出会っタとき、殺しちゃいけないと思ったの。そのときはよくわからなかっタけど、今なら分かる」
二人の肩がそっと触れ合った。
「――波長が合った。二人の仲に流れる波が、ノノとスズランを惹き合わせてくれタの」
「なんだかロマンチックな言い方だね。どこで覚えてきたの?」
「今のはオリジナルなの!」
ぷんぷんと怒る彼女を見て鈴蘭は噴き出した。
そして二人して大声で笑い合う。お腹を抱えて転げまわって、ようやく落ち着いた頃、ノノは宣言するように夜空へと告げた。
「スズランのこと、大切にしたい。スズランはノノにとって唯一無二の存在だから」
「ふふ、ありがとう。ね、ノノ。もっといっぱいいろんなところへ行こうね。クルーズ船に忍び込んで海を航海して、いろんな国を渡り歩いて、そして、もちろん宇宙にも!」
しかしその想いは、可愛らしい少女の声で遮られた。
「う、動かないでください!」
振りかえると、そこには小柄な一人の少女がいた。
年齢は鈴蘭とほぼ同じぐらい。
緊張しているのか表情が若干強張っていて、身体は藍色のボディスーツと金属製の翼、そして複数の銃火器によって武装されている。
その姿を見て動揺する鈴蘭をよそに、武装した少女はデバイスを操作して何者かに連絡をはじめた。
「こちら朝日小羽根です。鈴蘭ちゃ……じゃなくてえっと、対象者を発見しました。周囲にBIOSの姿は見られません。これから対象者を保護します。あと、座標データを送るので応援をお願いしますっ!」
通信を終えると、栗色の柔らかい髪が特徴的な可愛らしい少女は笑みを浮かべた。
「えっと、宵野鈴蘭ちゃん? だよね? 久しぶり! 覚えてる? 月から帰還するロケットの中で一緒に過ごしてた――」
「うん……覚えてる。朝日小羽根。ロケットで一緒に過ごしてた」
「そう! また会えるなんて! すっごい嬉しいっっ! 元気だった、鈴蘭ちゃん!?」
子犬のような明るい笑顔を浮かべながら、小羽根が両手を広げて鈴蘭に抱き着いた。降りかかる体重を感じながら、鈴蘭はまだ整理が追いついていない頭を動かして質問を投げかける。
「あたしはまあ色々あったけど元気だよ。小羽根はえっと、どうしてここに?」
その質問をうけて小羽根は何か思い出したように身体を離して、「そうだった!」と言いながら鈴蘭の顔を真正面から見つめた。
「えっと私ね、あのとき交わした夢を叶えてスペースガールズになったの! でね、日本でBIOSの痕跡が発見されたって連絡をうけて調査しにきたの。しかも、BIOSの痕跡があった場所の近くで鈴蘭ちゃんが目撃されて、行方不明になっているって聞いて、連れ去られたんじゃないかって探してたんだ。本当に、無事でよかったよっ!」
目尻に涙を浮かべて、小羽根が大切そうに鈴蘭を抱きしめる。
対する鈴蘭は、心臓が冷え込んでいくのを感じながら生唾を飲み込んだ。
(断片的だけど彼女が語った情報を整理すると――やっぱりノノはBIOSだった。そして、彼女を探しにスペースガールズたちが集ってきている)
ちらりとノノを観察すると、彼女は獣のように鋭い瞳で小羽根を睨みつけていた。
その視線に気づいたのだろう、小羽根が首を傾げる。
「あの、そういえばこっちの子は一体?」
「……スズラン、奪うの、許さない。グルルル」
「えっ、なんでそんなに威嚇されてるのかな!? なにか気に障ることしちゃった?」
慌てた様子で小羽根は両手を振り、そして一歩、ノノへと近づいた。
「えーっと、とりあえずこんな山奥じゃ危険かもだから、安全な場所まで案内するねっ!」
そして彼女が手を伸ばした瞬間、彼女が纏ったスペースフレームから警告音が鳴り響いた。
『BIOS接敵。不可視シールド自動展開』
「え、うそ……」
瞳を丸くしながら小羽根が大きく後方へと退く。
赤い輝きを放つ槍状の武器――メインウェポンを取り出しながら、彼女は眼前に展開されたホログラムデータを見つめる。
「え、どうして、あなたからBIOSの反応が出てるの?」
驚いた様子で、小羽根は目の前にいる真っ白な肌の少女を直視する。
「――ほ、本部。応答をお願いします。BIOSの反応を感知したんですけど、相手はどう見てもただの女の子です! これはその、何かの間違いですよね?」
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