第三章 そして、再会①

 戦略局長補佐から呼び出された朝日小羽根は会議室の前で息を呑んでいた。

 戦略局長補佐と言えば、スペースガールズを統括する世界宇宙防衛機関ISAの戦略局で二番目に偉く、小羽根のような下っ端と話す機会などほぼない人物だった。


「まさか……ついにクビ!?」


 もしそんなことを告げられたら泣き喚いてでも猶予を下さいと直訴しようと腹をくくって、彼女は会議室の扉を開けた。


 床には高級そうな絨毯。壁は全面ガラス張り。

 部屋の中心には大きな円卓が置かれていて、そこに、先日食堂でラーメンをぶっかけてしまった少女――シャネル・アダムズと、そのとき彼女の後ろにいた二人の女性、褐色肌が美しいアヌシュカ・ミルザと、穏やかな表情と細目が印象的なマリア・ハーパコスキが座っていた。


 部屋を間違えたんじゃないかと一旦退出して確認する。

 しかし、残念ながら間違ってはいない。


 小羽根はもう一度会議室に入ると気まずさを覚えながらも笑顔を浮かべた。


「わ、わあ! 三人も同じ用事で呼び出されてたんだね! よろしくねっ!」

「ええ、小羽根ちゃん。こちらこそ、よろしくね」


 マリアが穏やかな笑顔でひらひらと手を振ってみせた。それに続いてモデルのように身長の高いアヌシュカ・ミルザが身体を縮こませながらぼそぼそと挨拶する。


「……こ、こちらこそ……よろしく、小羽根、さん」


 何とか会話ができそうで、ぱあっと表情を明るくした小羽根だったが、


「こんなコネ採用と話すのはやめなさい、ミルザ、マリー」


 シャネルが放った鋭い一言によって完全に場の空気が凍る。

 マリアは小羽根へとこっそり謝罪するようなポーズをとり、アヌシュカ・ミルザは場の空気に怯えて更に縮こまる。


(……き、気まずい)


 そんな空気のまま数分待っていると、扉が開かれて三〇代ぐらいに見える割には高圧的な雰囲気が強い男性――戦略局長補佐が入室してきた。


「全員揃っているな。早速だが諸君らに特別任務を課す。今から詳細を説明するのでそれを聞き終わり次第、出発準備を整えて夕刻には出発したまえ」

「随分と急かすのね。そんなに急ぎの任務なの?」


 戦略局長補佐を前にして背筋を正したシャネルだが、それでもほんの少しだけ不満を滲ませた声音でそう問いかけた。それに対して戦略局長補佐は無機質なトーンで尋ね返す。


「不満かね、シャネル・アダムズ隊員?」

「時間に対して文句はないわ。アタシたちスペースガールズは宇宙を守る使命を背負っていて、ときには緊急の出動も必要になる。これまでも急な任務は何度もあったもの。でもそうね、人選には不満があるわ」


 そう告げると、シャネルはキッと鋭い瞳で朝日小羽根を睨みつけた。


「特別任務を課すって、もしかしてこいつとチームを組めってこと!? こんなコネで採用されただけの七・五期生と?」

「え……あっ、えっと……」


 突然向けられた敵意に小羽根は狼狽えるしかなかった。

 彼女が戸惑っている間に戦略局長補佐が毅然とした態度で言葉を発する。


「憶測で物を語るな。彼女は素質があると判断されたからここにいる。コネでスペースガールズになれはしない」

「どーかしら? だってこいつ何の能力も使えないんでしょ? アタシたちスペースガールズはBIOSと戦うために憎き敵の血を注入して強靭な肉体と能力を獲得しているわ。なのにコイツはスペースガールズでただ一人だけ何の能力も持っていない。そんなので宇宙の守護者の一員を名乗るなんて、図々しいにもほどがあるわ!」

「そ、それは……」


 断じてコネではないと否定したかった。

 しかし、一人だけ何の能力も使えないのは紛れもない事実。


 押し黙った彼女へと向かって、シャネルは更に追求しようとする。


「それにこいつは、あの灼熱の英雄アレクシス・アッカーソンの――」

「そこまでだ、シャネル隊員。どれほど言い争いしたところで任務に変更はない。これ以上の問答は不要だ。当任務は監査室との事前協議によりCランクの判定を受けている。よって規定により四名以外の編成はできず、また他の任務遂行状況からして諸君ら以外にこの任務に就ける人員はいない。嫌でも諸君ら四人で行動してもらう」


 そこまで念を押してようやくシャネルは折れた。

 どかっと椅子に腰かけてため息を吐く。


「チッ、しょうがないわね。で、任務地はどこなの? 宇宙? それとも偽りの月?」

「いや、そのどれでもない。地球だ。日本のとある地方都市でBIOSの痕跡が発見された。地球にBIOSがいるなどありえない話だが、万が一の可能性もある。現地へ赴き、その調査を行いたまえ」


 そして戦略局長補佐はモニターへと一人の少女の顔写真を表示した。


「BIOSの痕跡が発見された箇所で目撃された少女だ。現在、行方不明になっている。もしかすると何か情報を握っているかもしれん。調査過程で彼女を見つけた場合は保護したまえ」


 その少女の顔写真を見て、小羽根は瞳を大きく開いた。


「鈴蘭ちゃん……?」

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