第二章 いつかたどり着く場所①
視界に広がるのは一面の荒野。
地平線の彼方まで黄土色の地面が広がっている。建造物も樹木すらない。
そんな場所に、朝日小羽根という名の新米スペースガールズは立っていた。そして彼女の視線の先には五匹のBIOS。
不快な鳴き声を放ちながらBIOSが迫ってきたのを確認して、小羽根は自身の身体を覆う戦闘兵装スペースフレームを駆動させて空へと飛翔。
空中を飛行しながら対BIOS用ライフルを連射する。
「たあああああああああああああ!」
一発では死に至ることはない奴らだが、胴体を何十箇所も撃ち抜かれれば話は別。
やがて一匹が真っ赤な血を流して動かなくなった。残りのBIOSが死体の上に乗り、空に浮いたままの小羽根へと知性の欠片もなく手を伸ばして、虚空を何度も引っ掻く。
BIOSは宇宙空間を自由に遊泳できるものの、重力に逆らって空を飛び続けることはできない。対して、スペースガールズに一人一機ずつ配備される
このまま空を飛びながら銃弾を撃ち込み続ければ残り四匹のBIOSも駆逐できるはずと考えた小羽根だったが、しかしそれは甘い考えだった。
「――――ッ!」
視界の隅に、こちらへと猛スピードで飛来してくる物体を確認して、彼女は回避行動をとる。しかしわずかに間に合わない。
飛来した岩石が身体に直撃し、彼女は地面に叩きつけられた。
スペースフレームはあらゆる条件下でBIOSと戦闘することを想定して造られた兵装であり、使用者を保護するための不可視シールドが常時展開されている。そのシールドは外部からの放射線や熱エネルギーを遮断し、戦闘時においては物理的衝撃すら緩和してくれる。
そのおかげで地面に叩きつけられても小羽根は大したダメージを受けなかった。しかしこの状況はまずい。彼女が顔を上げると、目の前に四匹のBIOSが迫っていた。
恐怖に身を竦ませながらも、小羽根はスペースフレームの収納部から一本の槍状の武器を引き抜く。
対BIOS用に開発された近接武器――メインウェポン。
それを必死に振り回し、近寄ってきたBIOSを突き刺そうとする。
が、しかし、そこで彼らに異変が生じた。それまで統率性もなく猛獣のように襲ってきていた彼らが、小羽根を囲みながら徐々に距離を縮めるという連携を見せたのだ。
「えっと、これは……まさか?」
目を凝らすと、少し離れた丘の上に別個体がいた。
目の前のBIOSたちとは異なり、身体が小さい代わりに下半身には強靭な四本脚が生えて、胴体には二本の長い腕が伸びているケンタウロスのような個体。
――BIOS・レベルⅡ。
詳細は未だ不明であるものの、BIOSは何らかの外的要因を獲得することで進化することが知られている。レベルⅡの個体数はBIOS全体の〇.一パーセントと非常に少ないものの、幼少期の人間と同程度の知能を有し、レベルⅠを統率・指揮することができる。
ごくり、と生唾を飲み込んで、小羽根は槍状のメインウェポンを構えた。
「このままじゃ負けちゃう。お願い、発現して、わたしの能力……」
意識を集中させるが何も起こらない。
一方、BIOSたちは一匹が囮として正面から小羽根に襲い掛かり、その間に残りの三匹が背後から攻撃を仕掛けて、その不意打ちが失敗すれば一旦後方に下がる、という統率のとれた戦法で無理をせず確実に小羽根の体力を奪っていく。
不可視シールドが衝撃を緩和するとはいえ、それだけでは物理的な攻撃を完全に防ぐことはできない。BIOSの強靭な爪が右肩に突き刺さって小羽根は顔を歪める。
その瞬間、遠方に控えるレベルⅡが投擲した岩石が小羽根の身体に大きな衝撃を与えた。地面に転がった小羽根の身体にBIOSの強靭な腕が迫り――。
「お願いだから、発現して! わたしの能力!」
けれどその願いも空しく、BIOSの腕が小羽根の胴体を深々と貫いた。
***
プシュー、という音とともに画面が暗転し、シミュレーター装置の座席が機械の外部に放出される。小羽根はため息を長く吐きながら頭部を覆うVR装置を取り外した。
「はぁー、また駄目だったぁ……」
先ほどまでの戦闘は、全てシミュレーション装置が描く仮想現実。
実際に今、彼女がいるのは何もない荒野ではなく、地球の衛星軌道上に建設された宇宙で二番目に大きい建造物・衛星軌道前線基地の一区画だった。
窓ガラスの外に広がる宇宙空間と無数の星々、そして青くて美しい地球を見つめながら彼女は再度ため息をつく。
「どうして、うまくいかないんだろう」
BIOSと戦うためにスペースガールズたちは自らの身体にBIOSの細胞を注入し、常人を遥かに超える身体能力と特殊能力を獲得している。そのおかげで彼女たちは過酷な宇宙空間でもBIOSと互角以上に戦うことができる。
しかし、朝日小羽根はBIOSの細胞を注入し、スペースガールズの認定試験にも合格したものの、未だに自らの特殊能力を獲得していなかった。
「ううう、他の子たちはみんな学園にいる時点で能力に目覚めているのに! どうしてわたしだけ何の能力も発現しないんだろ。いろいろ頑張ってるんだけどな――っっ!」
落ち込む小羽根へと、研究員の女性が落ち着いた様子で告げる。
「スペースガールズ唯一の無能力者としていろいろ言われているのは知っていますが、焦る必要はありません。貴女が認定試験に合格したのは将来性が正当に評価されてのことです。さあランチタイムです。気持ちを切り替えておいしい食事を楽しんできてください」
***
一〇年前に考案された波長理論をもとに重力操作装置が開発されたことで、衛星軌道基地には地球と同じような重力が働いている。そのおかげで、基地で働く人々は自らの脚で廊下を歩くことができるし、ラーメンのような汁物だって問題なく食べることができる。
食堂のテーブルに着席した小羽根は、そういった技術の進歩に感謝しながら一人で黙々と醤油ラーメンを食していた。そう。一人で、黙々と。
ちらり、と彼女は周囲を伺う。
食堂のテーブルは半分ほど埋まっていて、スタッフあるいはスペースガールズ同士の仲良しメンバーで集まり、談笑しながら食事をしている。
「いいなあ……」
その光景を羨ましく思いながら、彼女はラーメンをすする。
通常、スペースガールズになるためには〝学園〟へと入学し、そこでBIOSの血液を馴染ませる処置を受けながら候補生として訓練に励んで、定期試験に合格して初めてスペースガールズに任命される。
同時期に合格したメンバーは三期生や四期生などのように同期という扱いを受けるのだが、小羽根は定期的に開催される試験ではなく、臨時試験にたった一人だけ合格してデビューしたという経歴を持つ。
それゆえに彼女は同期もおらず、友達も作れずにいるのだった。
「友達、欲しいなぁ」
そんなことを思いながら食事を終えて立ち上がると、背後を歩いていた誰かにぶつかってしまった。「あわわわ、ごめんなさい! 大丈夫だった?」と小羽根が振り返ると、そこにはラーメンの残り汁を頭から被った少女がいた。
シャネル・アダムズ。
美しい金髪と小柄な体型が特徴的な、七期生のスペースガールズ。
「………………チッ」
「ご、ごごごご、ごめんなさい! ほんとうに! い、今、タオル取ってくるね!」
駆け出そうとした小羽根へと、シャネルは眉間に皺を寄せながらガンを飛ばす。
「やってくれたわね、七.五期生。戦闘で足を引っ張るだけじゃ飽き足らず、こんなところでもアタシたちの邪魔をするつもり?」
七.五期生。
それは七期生のデビュー直後にたった一人だけ臨時でデビューした小羽根のことを示す、蔑称のような呼び方だった。
「そ、そんなつもりじゃ……!」
「アンタなんか所詮、コネでデビューした無能力者でしょ。アンタみたいなのがいるとスペースガールズの顔に泥が塗られるのよ。アタシたちは、BIOSを一匹残らず殲滅するために勇気をもって戦っているの! 何のためにスペースガールズになったか知らないけど、チヤホヤされたいとかお金が欲しいだけならさっさと辞めちゃえば!?」
(――違う、そんなつもりじゃない。わたしはただ、みんなを守れるようになりたいと思って)
そう告げたかったが、小羽根はその言葉をぐっと飲みこんだ。
こんなタイミングで言っても信じてもらえるわけがない。無能力者で、まだ何も役に立てていないのに。
押し黙った彼女を見てシャネルはふんと鼻を鳴らした。
そして彼女は、後ろにいた褐色肌の長身の女性と、あらあらと頬に手を当てている女性へ声をかけた。
「ほら、行くわよ、アンタたち。午後だってミーティングで忙しいんだから」
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