第29話 sideレイア


 ロイドとアンドレイが話していると、執務室にノックの音が響いた。

 ドアを開け顔を出したのは、件のアンドレイの妻、レイアだった。


「アンディ。ロイドはもうお疲れよ、そろそろ解放してあげて。さぁ、リラックスできるようにブランデー入りの紅茶を持ってきたわ」

「なんと今回の立役者のお出ましだ。ありがとう義姉さん。これ好きなんだ。わざわざ義姉さんが持ってきてくれたの?」

「家業の話を使用人に聞かせる訳にいかないもの。いいのよロイド。それに今回のことも、本当にたまたまだっただけなの。ロイドの力になれたのなら良かったわ」


 レイアはロイドとアンドレイの前にカップを置き、アンドレイの頬にキスをした。


「いや、今回は本当に君のおかげさ。流石は私の自慢の奥様だ」

「アンディはいつもロイドに無茶ばかり言うんだから。少しはロイドのことも労ってあげて?」

「本当に今回は助かったよ、義姉さん。それにしても、よく国境境に行った商人に出会えたね?」


 ロイドは柔かな笑顔でレイアに尋ねる。

 その言葉に一瞬、レイアの口元が引き攣りそうになる。が、レイアは表情を崩すことなく、答えた。


「本当に運が良かったわ。何でも、いつも通る道が先月の嵐で通れなくなったままだったそうなのよ。たまたま別の道を通った時に、偶然に見つけたらしいわ。本当にこんなこともあるのね」

「へえ、じゃあ本当に偶然なんだ。義姉さんは幸運の女神だね」


 そう言ってロイドはにこりと微笑み、紅茶を一口飲んだ。


「それにしても、ジュリア・ウォルナットがホルツにやって来たのは僥倖だったな。他国に比べて詳しい情報が入りやすい」


 アンドレイも紅茶を一口飲み、美味しいよとレイアに笑いかける。

 レイアはそれににこりと返した。

 そんな2人をよそに、ロイドは笑みを消して、かちゃりとカップをソーサーに戻した。


「あの……そのことだけど兄さん。ジュリア・ウォルナットは、このままなのかな」

「どういうことだ?」

「ガウス・ウォルナットは彼女を毛嫌いしている。彼女の方もガウスを好んでいる様子はない。それに、ガウスは未だに愛人たちと切れていない。ガウスが彼女に手を出すにしろ、出さずに婚姻が白紙に戻るにしろ、彼女はこれからどう」

「ロイド」


 ロイドの言葉を、アンドレイは敢えて遮った。

 そして、ロイドの兄の顔から、ビルマチーク伯爵家当主の顔へと切り替わる。


「それと今回の件はどう関係がある。しかも彼女の生命が脅かされている訳でもない。確かに彼女は被害者だ。だが、私たちに彼女をどうこうする権限はない。そうだろう?」

「……はい。承知しています」

「ならいい」


 そう言ってアンドレイは一口紅茶を飲み、大きく息を一つ吐いた。

 表情を和らげ、またロイドの兄の顔へと戻る。


「どうした弟君。らしくないな。そんなに魅力的なのか? ジュリア・ウォルナットは。惚れたか?」

「いや、そんなんじゃ……。……そうだとしても、仕事に私情は挟まないよ。そんなことでやっていける仕事じゃない。覚悟はとっくに決めてる」


 ロイドは紅茶を手に取り、一気に飲み干した。

 まるで、自分の中の葛藤も飲み込むように。


 そんなロイドをアンドレイはしばし見つめた後、椅子をくるりと回してロイドに背を向け、窓の外の月を見上げた。


「この件が全て片付いたら。そして彼女がウォルナット家を出るような事があれば。その後たまたま出会ったビルマチーク伯爵家の男が彼女を見染めたとしても、何もおかしくはあるまい。そうは思わないか? レイア」


 月から視線を外さずにそう言うアンドレイに、レイアは微笑みと共に答えた。


「ええ。そうね。彼女の方が応えてくれるかは、分からないけれどね?」


 ロイドは2人のことを驚愕の瞳で見つめ、思わずと言うように顔を綻ばせた。


「ありがとう、兄さん……」


 ロイドは顔を両手で覆い、そして髪をがしがしと乱した後、立ち上がった。


「兄さん。必ず、成果を出してみせます。今晩はこれで。失礼します」


 ロイドは一礼し、ドアを開けて執務室を去っていった。




「アンディも随分弟に甘いわね。泣く子も恐れるビルマチーク伯爵様ですのに」

「あいつには苦労をかけている。滅多に自分の望みを言わないやつだ。たまの望みくらい叶えてやりたい」

「ええ、それはそうね」


 レイアは微笑み湛え、もう一度アンドレイの頬にキスをした後、カップをトレイに載せてドアへと向かう。


「リアムの様子を見てくるわ。あなたもほどほどにね」

「ああ。悪いが先に休んでいてくれ。もう少ししたら寝室に行くよ」

「ええ。わかったわ」


 そう言ってレイアは、1人執務室を出た。

 リアムとは、今年4歳になるアンドレイとレイアの一人息子のことだ。

 カップを途中メイドに預け、リアムの寝顔を確認した後、寝室へと戻った。



 レイアはボフンとベッドに身を投げると、緊張の糸を解くように、はーっと息を吐いた。


「あーびっくりした。ロイドに怪しまれたかと思っちゃった。

 だって嘘つくしかないじゃん。あの花とシガレットはイベントの時にしか手に入らないレアアイテムだとか。花はミニゲームで合成して香水にして、シガレットは葉巻好きの男性にプレゼントするっていう裏技使うと魅力度が倍増するとか。

 そんなの言ったら一気に頭のおかしな人になっちゃう。あの店の近くを通る商人が見つかってよかった……」


 レイアは寝転んだまま、両手を頭の後ろに組んで天井を見つめる。


「会ったことないけど、ヒロインのシャーロット、絶対逆ハールートからのシークレット狙いよね。何としても阻止しなきゃ。略奪戦争なんてまっぴら!」


 レイアは独り言ちると、ごろごろとベッドを転がった。


「話にも登場しないモブに転生した時はどうしようかと思ったけど、アンディはイケメンでスパダリだし、ロイドは可愛いし、リアムは愛しいし、ストーリーを補正できそうなポジションだし、ラッキーだったわ。がんばれアンドレイ! がんばれロイド!」



 レイアが1人勝手に盛り上がる声は、広い寝室に消えて行ったのだった。

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